2.色褪せ令嬢は似合わない婚約を破棄したい。side L
踊るような足取りで、校舎の角を曲がって消えてゆく、色褪せ令嬢の背中を忌々しげに見送った私は後ろを振り返る。
そこには片手で顔を押さえてうずくまる、我が主人がいた。
無言でハンカチタオルを渡す。
すぐに王子の鼻にあてられたそれは、みるみるうちに赤く染まった。
「リーンハルト様、いい加減、エミーリア様と会うたびに鼻血吹くの止めてくださいよ。結婚したら、1日で失血死しますよ?」
「だって、ヘンリック、エミーリアの顔、真正面から見ちゃったし、笑顔までとかもう、僕、昇天しそうなんだけど・・・鼻血で済んでるだけまだマシでしょ・・・。」
私はぐっと言葉に詰まる。
「まあ、小さい頃はエミーリア様にお会いになる度に高熱を出されるので、年に1回しか会わせてもらえませんでしたからね。正面から目を合わせて、笑顔までご覧になって鼻血だけで済んでいるのは奇跡かもしれませんね。」
そう、実はこの王子、婚約者のエミーリア嬢のことが好きすぎて、子供の頃から目を合わせれば正気を失って鼻血を吹き、笑顔を見れば失神し、話せば高熱を発して3日間は寝込んでいたのだった。
学園に入るため、毎日絵姿で訓練し、ここまでにこぎつけたが、やはりまだまだ結婚は無理だと私は思う。
主の健康を損ねるような婚約者は害でしかないと、ずっと婚約破棄をするよう勧めていた。
だから3年前に、エミーリア嬢が破棄したいと言ったと聞いたときは、心の中で快哉を叫んだものだった。
主は久々に高熱を発し、死にそうになって苦しんでいたが、これも最後だと思うと嬉しかった。
なのに、この王子は、他のことでは物分りがいいくせに、エミーリア嬢のことだけは頑として譲らないのだ。
そして、先程エミーリア嬢と結婚するためだけに、主はとんでもない嘘をついて自分の首を絞めた。
「今度こそ婚約破棄すればよかったのに、何であんなとんでもない嘘ついてまでご自分を不幸にするんですか?」
「え?エミーリアに結婚を承諾させたんだから、不幸じゃないよ?これで彼女は3ヶ月後に僕の妻になるんだよ!もう偽の恋人と手をつないだり仲良くする彼女を見なくて済むんだ!この3年間本当に辛かった・・・!」
でも、それは主がエミーリア嬢が本当に幸せになれるならと、格好つけて言い出した条件じゃないですか・・・。
彼女が婚約破棄の為に男を連れてくる度に、格好いい王子を演じて、男を撃退するまではいいけれど、その後帰りの馬車の中でぐずぐず泣いて寝込むの繰り返し。
最初にエミーリア嬢が連れてきた男は主の知り合いで、彼女に主の態度を聞いて理由を聞きにきたのだが、好きすぎて目も合わせられないという泣き言を聞くと、頑張れとだけ言って帰っていった。後3人も同じような感じで。
5、6人目は、なんとびっくりエミーリア嬢の身体目当てで、激怒した主が本気で排除していた。
あんなに怒れるんだなと、感心させられたが、次の日、倒れた主に代わって私が小1時間ほどエミーリア嬢を説教する羽目になった。
しかも、どれだけ言っても彼女は自分が一応うら若き乙女で、そういう対象になり得るということを理解してくれなかった。
まあ、うちの主はエミーリア嬢のこと以外ではものすごく優秀な方なのだが。
そんなに苦しむなら、いっそ好きだと本人に伝えれば?と言ったのだが、『彼女に伝えた瞬間、返事を聞くのが恐ろしすぎて心臓が止まるかもしれない。』と訴えられて、確かに現実になりそうだったので断念した。
鼻血も止まってきたのか、起き上がった主から血塗れのハンカチタオルを受け取り、用意の袋に片付ける。
毎度のこととはいえ、ため息がこぼれる。
「王子、なんであんな変な令嬢がいいのですか?ぼけた灰色の髪に同じ灰色の目で全体的にぼんやりして地味という印象しか抱けない、特別美しくもない、頭も性格もさほどいいわけでもなく、極々普通以下の方に貴方がこれほど執着する理由が、全く何度聞いても私にはわからないのですが。」
愚痴のようにいつもの台詞を吐くと、向こうからもため息が聞こえる。
「何度同じことを言われても、僕も同じことを繰り返す以外にない。僕は、エミーリアに4歳で出逢った時、彼女の満面の笑顔に惚れたんだよ。可愛かったなあ!兄の誕生日会で皆、兄にばかり愛想よく話しかけていたのに、彼女は僕にだけ笑いかけてくれたんだよ?しかもあの前向きなタフさ、最高だよね!」
いつもの返しに私は無言で眼鏡を押さえて返す。
「で、捨て身の作戦で大好きな婚約者の満面の笑顔が見れた感想はいかがですか?」
その言葉に、王子は再度膝から崩れ落ちて両手で顔を覆う。
「思い出しちゃったじゃないか。もう死んでもいいくらい、可愛かった!できるならもう一度見たい。」
何、矛盾したこと言ってんだ、こいつは。と思ったが、口には出さず、棒読みで言う。
「良かったですね、3ヶ月後には運が良ければ毎日見られるようになりますよ。」
主は頭がお花畑になったようで、幸せそうだが、ここで頭を冷やして差し上げる。
「大好きなエミーリア嬢から、男が恋愛対象の無害な男認定されて、一生触れることも叶わず眺めるだけでいいんですね?」
「うん?まあ、最初はそれでいいんじゃない。僕も彼女と一緒に暮らすのに慣れなきゃいけないし。警戒されずに、お互い一緒にいることに慣らして気がついたら僕のものって計画なんだけど。」
にっこりと言われて、私は目を瞬かせる。
今、主の後ろに何かすごく黒いものが見えなかったか?
うちの主がいつの間にか婚約者並みに前向きにタフになっている。
しかもエミーリア嬢にはない、腹黒さまで身につけている。いつの間に?
私は3ヶ月後から始まる2人の結婚生活に恐怖を感じた。
未来の公爵家で働くの、辞退してもいいですか?
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6/20誤字報告ありがとうございました。直しました!