12.婚約者を褒めよう!
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sideE
「はい、終わりました。鏡でご確認下さい。お気に召さないところがあれば直しますので、遠慮なく仰って下さいね。」
そう言いながら、侍女達に姿見の前に連れて行かれる。
ここは鏡まで豪華なのねと、金で縁取られたそれを覗き込んだ私は、息を止めた。
鏡の中の人は、灰色の髪を下ろして横だけ編み込み、ドレスと同じ生地の髪飾りをつけている。明るい緑を基調とした裾の広がっていない形のドレスを着て、お化粧のせいか目がいつもより大きく見えて、まつげも増量されてなんだか、スッキリ美人に見えるこれは・・・私であってる?
「いかがですか?」
私があまりにも長く黙って鏡を覗き込んでいたため、不安げに確認されてしまった。
慌てて何か言わねばと口を開く。
「あの、ありがとうございます。初めてしたのですが、お化粧ってすごいですね、こんなに変わるんだと思って言葉が出ませんでした。」
「お化粧だけでそれほど変わりませんよ。エミーリア様が本来持っておられる美しさを引き出すお手伝いをしただけです。」
「やりがいがあったわよねー。」
と頷き合う侍女達に尊敬の眼差しを送っていたら、扉がノックされると同時に赤い塊が飛び込んできた。
「きゃー!貴方がエミーリア様?!まあ、なんて私好みの女の子なの!」
きゃあきゃあと大層お美しい赤い髪の女性が、私の周りを足早に巡って感嘆の声をあげる。
あまりにも唐突なその方の登場に、私は挨拶も忘れて固まっていた。
侍女達はその方に向かって、さっと腰を折り、「王太子妃様、いかがでしょうか?」
と感想を求めた。
この方が王太子妃様?!大変、しっかりご挨拶しないと。
「あ、の、お初にお目にかかります、王太子妃様。エミーリア・ノルトラインと申します。本日は侍女の方達に私のことをさせてしまって申し訳ありません。もう、終わりましたので・・・」
最後まで言う前に王太子妃様が背伸びをして、私の唇に指を当てた。
「貴方が謝る必要は全くないわ。侍女を借りていったのは貴方の婚約者のリーン様よ。私、貴方のことをひと目で気に入ったの。義理とはいえ姉妹になるわけだし、これから末永くよろしくね。早速だけど、エミーリアって呼んでもいいかしら?」
「は、はい、もちろん。どのようにでもお呼び下さい。」
「そう怯えないで頂戴。私と貴方は姉妹よ。」
自信あふれる鮮やかな緑の目に射竦められて、私は頷くだけしかできなかった。
「おっと、いけない。名乗ってなかったわね。私はアルベルタ。よろしくね、エミーリア。あ、アルベルタお姉様って呼んでね。私、妹が欲しくてたまらなかったの!こんな素直そうな妹ができるなんて嬉しくて、貴方を独り占めしたくなるわ・・・。」
うっとりと言いながら、私と両手を繋いで見つめてくるアルベルタ様に腰が引けていたら、開きっぱなしの扉から焦った声がとんできた。
「それはだめです!エミーリアを独り占めするのは私です。抜け駆けはどうかと思いますよ、義姉上。私が1番にエミーリアに会うつもりだったのに!」
その声を聞いたアルベルタ様の手に力がこもる。そのまま、くっと引っ張られて私は彼女に抱きしめられた。
私のほうが背が高いので、傍から見れば抱きつかれているという方が正しいかもしれない。
「義姉上、貴方が女性でなければ絶対に許してませんよ?」
感情のこもらない平坦な声なのに、何故か辺りが寒くなった気がする。
侍女達が1か所に固まってこちらを伺っている。
アルベルタ様は私の背に回した腕に、ますます力を込めると、リーンへ得意げな顔を向けた。
「あらやだ、私の侍女が彼女を美しくしたのよ。その成果を主人である私が1番に確認しないといけないでしょ。大体、私に貴方の脅しは効かなくてよ。女性同士にしかわからないことが世の中にはたくさんあるんですから。私と貴方、二人いないと彼女の助けにならないのよ。わかる?」
リーンはたちまちしょぼくれた。
「それを言われると私は何もできなくなるんですけど。義姉上、お願いですから私にも彼女を見せてください。」
彼はどうやらアルベルタ様には敵わないようだ。
うふっと勝利の笑みを浮かべたアルベルタ様に私はくるりと回転させられ、リーンと向かい合わせになった。
彼の顔を真正面から見るのは恥ずかしくて、視線を下に向けたら、すかさずアルベルタ様に頭を上向きに固定された。
視線の先には細められた薄青の目がある。
「あの、リーン、素敵なドレスをありがとう。似合ってる?」
「うん、とてもよく似合ってる。綺麗だよ。私の見立ては間違ってなかった。」
嬉しそうに言う彼は、義姉の前だからかいつもと口調が違う。
雰囲気も違ってなんだか、とても照れくさい。
「皆さんにお世辞でも美人や綺麗って言ってもらえて嬉しいです。今日1日で一生分の褒め言葉をもらった気分です。」
私が嬉しくてそう告げるとアルベルタ様の顔色が変わって、リーンの足を思いっきりヒールで踏みつけた。
「痛っ!義姉上?!」
「貴方、早々に5歳で彼女と婚約したことは褒めてあげるけど、その後十数年何をやってたの?!彼女に容姿を褒めて愛の1つもささやいてこなかったの?!」
その鋭い指摘にリーンと私は固まった。
ご指摘通り、私達は婚約から十数年、すれ違って没交渉に近かったので、最近までそういう恋人らしいやり取りはなかった。
私達の様子に何かを悟ったのか、アルベルタ様はため息をついて彼の頬をつねりあげる。
「いいこと、貴方1日に3回以上、彼女を褒めて愛をささやきなさいよ。10回でもいいくらいだわ。彼女の自信のなさは美を曇らせて、悪意を持つ人に付け入る隙を与えるわよ。」
「言われなくてもそうするつもりでしたよ。」
痛そうに頬を押さえて答える彼に、アルベルタ様は満足げに頷くと、私にも忠告をくれた。
「いいこと、エミーリア。貴方は誰がなんと言おうと美人なの。そりゃ小さい頃はかわいいといわれる子の方が幅を利かせていたかもしれないけれど、大人になれば貴方の美しさの方が目立つわ。もっと自信を持って堂々としてなさい。そうしないと、社交界の狸婆達にすぐ潰されちゃうわよ。」
恐ろしい話に私が青ざめるとリーンがすかさず、
「大丈夫。そうならないように、守るから。」
と言ってくれたが、私は不安になった。
「私、引きこもりだし、社交界に出る準備を何もしていないわ。やっぱり、私に公爵夫人は務まらないと思う・・・。」
「そんなこと言わないで。学園でも城から講師が来てマナーだのなんだの勉強してたよね?」
「それなら後は自信を持てば大丈夫よ。私もサポートするから、一緒に狸婆をぎゃふんといわせましょうね!」
え、アルベルタお姉様、ぎゃふんといわせるのが目的なんですか?
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sideL
僕の見立てたドレスを纏って、化粧までしたエミーリアは本当に綺麗だった。
4歳の時に精霊と見間違えたのは当たり前だ。
こんなに美しい女性なのに、周囲の評価がいまいちだったのは、ひたすらに僕の婚約者であることへのやっかみと、着ているものがとことん彼女に似合ってなかったからだろう。
現に紺と白の制服のままでも髪型を変え、差し色でワインレッドのリボンをつけたら、周囲の目が少し変わった。彼女は全く気がついてなかったけれど。
せっかく新しいドレスを着たのに、僕が褒める割に鼻血を吹いたりしないので、義姉がいなくなった後、彼女はお世辞だと思って落ち込んでしまった。
本当に僕のアレを愛情の指標代わりにしているとは嬉しいような、治していいのか悩むような…。いや、絶対治すけど。
今は仕事中に抜け出してきて、王太子補佐という公人としてそのまま接している。感情のスイッチを切ってる状態だから反応しないだけで、心から綺麗だと思ってる、と一生懸命伝えたら、納得してくれた。
その時、彼女が浮かべた、はにかんで幸せそうな笑顔を見た途端、感情を押さえていたスイッチが吹き飛んだ。
慌ててタオルを鼻にあてると、彼女が驚いている。
「だめだ、君といると感情が溢れ出る・・・。」
エミーリアが嬉しいけど困ったような顔で慰めてきたので、もうそのまま片手で抱きしめた。
もう症状出てるし、これで何もしないとか、無理。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
お義姉様の登場です。割と好きなお方です。