11.婚約者は魔法使いのち王子様?
■■
sideE
王妃様とのお茶会当日、朝。
私は悩んでいた。
「どうしよう。来ていくドレスのことなんて何も考えていなかった。さすがに、制服はまずいよね・・・。」
ここ数年、制服以外で外出しなかったので、着ていく服がない。
私の持っているドレスは3年前に姉が譲ってくれたものが最新だ。間違いなく、流行遅れとやらになっている。
王妃様からお茶会の招待状が届いたときも、母からは執事を通じて行っていいという言葉以外なかったし、私も着ていく服のことなんて頭になかった。
どうしよう・・・。
すっかすかのクローゼットを前に立ち尽くしていると、扉をノックする音がした。
「はい。えっと、ちょっと待って。」
慌てて手近にあったピンクのワンピースを掴んでさっと着替え、髪を1つにまとめて結ぶ。
呼吸を整え、扉を開けると、仏頂面のヘンリックが立っていた。
「?!なななんで、ここに貴方がいるの?!」
「お静かに。私は城からの使いで、エミーリア嬢を迎えにきました。その格好で登城なさるおつもりですか?」
ヘンリックの容赦ない言葉に、私は一気に開き直った。
「いえ、まだ着替える前よ。王妃さまとの約束の時間にはまだ随分早いのではない?」
着る服がないことはさておき、予定の時間より2時間以上早いのはどうしたことか?
ヘンリックが面白くなさそうに眼鏡を押し上げ、そっぽを向いていった。
「主からこの時間に城へお連れするように言いつかっております。さ、そのままの格好でいいので、行きますよ。」
「え、ちょっと待って、こんな格好で良いわけ無いでしょ?!」
「どんな格好をしていてもいいので、連れてくるようにとのことです。」
「え、え、ええーー?!」
そうして、本当にそのままの格好で私は王家の馬車に放り込まれ、気がつくと城の一室にいた。
どうしよう、本当にこの適当すぎる格好でお城にきちゃったよ。
何でピンクなんて手にとっちゃったんだろう。こんなことなら、似合わない色の服は捨てておけばよかった。・・・いや、それをしたらクローゼットから制服以外無くなりそうでやめたのだった。
そういえば、卒業したら制服は着られないのよね。帰ったら再度見直しして、1着か2着だけでもなんとかましな服を探そう。
などと現実逃避をしていたら、部屋の扉がノックされ、侍女を数人連れたリーンが入ってきた。
「おはよう!休みの日にもエミーリアに会えるなんて嬉しい・・・あれ?」
「なんで貴方がここに来るのよーー!見ないでー!」
私はとっさに目の前にあった1人掛けの大きな椅子の背に隠れて叫んだ。
こんな格好で好きな人と会うなんて拷問だ。
もう帰ろう、帰るしかない。
今度父に土下座でも何でもしてドレスを買ってもらおう。休みの日に彼に会うのはそれからだ。
涙目で頭を抱え、しゃがみこんで小さくなっていると、上からリーンが覗き込んでくる気配がした。
私はもうこれ以上はできないというまで縮こまった。
「あー、ごめんね。君がそこまで格好を気にするとは思ってなくって。」
「気にするに決まってるでしょ、好きな人の前なのよ!・・・あ。」
「・・・え。それはどうも、僕のために気にしてくれてありがとう?好きな人って僕だよね?」
「そんなの聞かなくてもわかるでしょーー!」
「はい、ごめんなさい。」
そう謝りながらもリーンの声は嬉しそうだ。
彼は椅子を避けて私の前にやってくると、膝をつき、頭を撫でながら慰めてきた。
「僕はさ、君がどんな格好でも好きだよ。でも、王妃と会うとなると君が気にするかと思って、勝手にお茶会に着ていくドレスを用意させてもらったんだ。よかったら着てくれる?」
それを聞いて私は涙目のまま顔をあげて、正面の彼の顔をまじまじと見てしまった。
もちろん、彼はぱっと目をそらしてしまう。
それは私達の間では仕方がないことだけど、この時はそれが少し寂しいと思った。
でも、私はこの人が好きなのだから、いつか治ると思って我慢するしかない。
そうだ、私からも積極的にいって慣れてもらおうかな。
とにかく今は、ドレスを用意してもらえたことが素直にありがたかったので、その感謝を笑顔に乗せて彼の顔を覗き込む。
「リーンが、私にドレスを用意してくれたの?嬉しい。私、お城に着ていけるようなドレスを1着も持ってなくて、本当は朝から困ってたの。貴方、お伽話に出てくる魔法使いみたいね。ありがとう。」
彼の気遣いが嬉しくて、心からお礼を言う。
リーンは顔を赤くしながら、頬を膨らませた。
「エミーリア、それだと君はこれから王子様に会いに行くってことになっちゃうよ。僕は他の男に君を会わせたくないんだけど。」
ただの例え話にすら、嫉妬する彼が面白くて私は笑みをこぼす。
「じゃあ、着替えたら迎えに来てくれますか?私の王子様?」
ついにリーンがタオルで顔を覆った。何にかわからないけど、勝った!・・・ような気がする。
「ドレスは時間がなくてほぼ既製品だけど、サイズは合うはずだから。ドレスの着付けが得意な侍女を義姉上から借りてきたから、後はもう任せちゃって。」
リーンはそれだけ言って私と侍女達を引き合わせると、タオルで顔半分を押さえたまま、心配する侍女達に大丈夫だからといいおいて退室した。
扉が閉まると同時に、私は侍女達に取り囲まれた。
「エミーリア様、よろしくお願いします!水の王太子補佐の噂の婚約者様にお会いできることを大変、楽しみにしておりました!」
「リーンハルト様が可愛らしく見える日が来ようとは思いませんでした!」
「あの、えっと、こちらこそよろしくお願いします・・・。あの、水の王太子補佐って、噂の婚約者ってなんですか?」
「ご存知ないですか?リーンハルト様は、王太子補佐として様々な問題に柔軟に対応されるのですが、甘く見ていると急に気配を変えて厳しい処断を下されるので、形を様々に変え、かつ時には被害を引き起こす水に例えられるんです。雰囲気が透明で、いまいちつかめない性格だっていうのもあるらしいですが。まあ、それで、水の王太子補佐と城中では言われているのですよ。」
私の知る彼と全く結びつかない話の内容にぽかんとしていたら、それを察した若い侍女がくすりと笑う。
「先程、エミーリア様の前では随分違うご様子で私達、びっくりしました。いつもはもっと冷たい雰囲気でご自分のことを僕、とはおっしゃいませんしね。きっとエミーリア様の前でだけ素のご自分をお出しになっているのでしょうね。殿下とエミーリア様のやり取り、とっても可愛かったですわ!」
そういえば、全部見られてたんだ。
私は急に恥ずかしくなって顔を両手で覆い隠してしまった。今ほど、リーンがいつも魔法のように取り出すタオルが欲しいと思ったことはない。
「その水の王太子補佐は幼い時に見初めた婚約者のことを、心の底から愛して大事にしているというのも、最近噂になっておりまして。一度お会いしたいと思っていたんです!」
それは一体誰のことを言っているのだろう・・・。私のことだとしたら、もう2度と顔を上げられない。
「わ、私そんな噂されてるなんて知らなくて・・・。想像と違っててがっかりさせましたよね、美人じゃなくてすみません!」
顔を隠したまま、それだけを喉から絞り出すように言ったら、驚かれた。
「何を仰るのです?そんなことはありませんわ。私達、今からエミーリア様を着飾ることに大変喜びを感じていますのに!」
「嬉しいお世辞をありがとうございます〜。」
羞恥で動けなくなっていたら、横に控えていた年嵩の侍女が手を叩いて皆の注意を引いた。
「エミーリア様、顔をお上げになってください。今よりもっと綺麗になってリーンハルト様に見せて差し上げましょう?さあ、あなた達、時間がないわ。おしゃべりは手を動かしながらしましょう。」
はーい、と声を揃えて、若い侍女二人が明るい緑のドレスを持ってきた。
「リーンハルト殿下が嬉しそうに選んでいました。ちょっと明るすぎるかと思いましたが、エミーリア様の髪と目の色にとてもよく合う色ですね。さすが美しい物好きな王太子妃様とウマが合うだけあって審美眼は確かですわ。」
さっきからリーンのことを話しているんだろうけど、私の知らない人の話を聞いているような気分だ。
黙ってされるがままになっていると、髪をほどかれ結い直され、したことがない化粧を施される。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ヒロインの知らないヒーローの姿が暴かれました?
評価、ブックマークをいただけて、ものすごく嬉しいです。今書いている番外編の励みになります。感謝いたします。




