10.婚約者、奮闘する
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sideL
僕は、ものすごく落ち込んでいる。
エミーリアと想いが通じたと思ったら、途中で気絶するなんて・・・最悪だ。
もっとたくさん話をしたかったし、彼女に抱きしめられるなんていう幸せな時間をじっくり堪能したかった。
だけど、と今度は顔が緩む。
彼女が好きだと言ってくれた。
この彼女にとってあまりにもひどい体質を笑顔で受け入れてくれた。
これからは、バレることを気にせず、彼女の顔を見つめられるし、触れられる(鼻血吹くけど)。
お互いの気持ちがわかったので、一緒にいても嫌がられない(多分)
これまで婚約破棄に走り回っていた彼女に遠慮して僕は何もしなかった。
彼女のことを僕より大事にしてくれる男がいるなら、僕が裏であれこれするのは障害になると思っていたからだ。
でも、残念というべきか、幸運にもというべきか、誰も現れなかった。彼女が本気で誰かを好きになれば、また違ったのだろうけど。
卒業が迫り、彼女も婚約破棄できないことに焦り、僕も彼女を任せられるやつがでてこないことに焦った。
とりあえず、嫌われていようと今は僕が一番彼女を大事にしてあげられると判断し、策を弄して彼女に結婚を承諾させた。(すぐバレたけど)
表向きは自由をあげたい、内心ではあわよくば好きになってもらいたいと思っていた。
それが現実になった今、これからは、僕の全部を使ってエミーリアを幸せにしてあげたいと思う。
ぬいぐるみの件と同時に知った、現在の彼女の侯爵家での暮らしは、思っていたより孤独で寂しいものだった。
本当は今すぐにでもあの家から攫ってしまいたい。
でもそれをすると噂になり、後々社交界などで好奇の目にさらされてしまう。
彼女を僕の手元に置ける何かがあればと思うが、それは同時に彼女が辛い目に遭うことを示唆している。
そんなことを僕は望んでいない。
このまま何事もなく結婚までたどり着けるなら、それが一番いいに決まっている。
なにせ後たった1ヶ月だ。
「でも、もう本当にこの体質嫌だ・・・。」
「ですから、他のご令嬢にされたら良かったんですよ。エミーリア嬢と結婚したら一生それから逃れられないんですよ。」
「何言ってるんだよ。体質だけを理由に好きでもない人と結婚するなんてお互い不幸だよ。この体質だって少しずつ改善している気はするから、エミーリアと一緒に暮せばもっと早く治るかもしれないよ。ああ、彼女ともっと話をしたかったなあ。ぬいぐるみの件も詳しく説明しないと。」
「その件でしたら、リーンハルト様が意識を失っている間にエミーリア嬢から聞かれましたので、私から説明させていただきました。」
「うそ。僕がエミーリアに直接言おうと思ってたのに。彼女、何か言ってた?」
「犯人に心当たりがあるようでしたが、絶対にご自分で行動されないようにとは伝えておきました。」
「ありがとう。彼女も1番関わりたくない相手だと思うから大丈夫だと思うけど、心配だな。とりあえず、彼女が結婚してあの家を出るまでは見張りをしっかり配置しといて。」
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sideE
まさか、私が抱きしめただけで、リーンが気を失うとは思わなかった。
あの後私は、彼を回収に来たヘンリックに怒られた。
主に触るな、笑いかけるな、見つめるなと言われたけど、理不尽すぎる。貴方の主はそれを望んでないと思うんだけどなあ。
きっと一生あの人とはわかり合えないと思うのよね。
それにしても、本当に私だけにあの症状が出るんだろうか?
疑いの目でしばらく観察をしてみたけれど、事実のようだった。本当に不思議。
一種の愛情表現だと思えば嬉しいけど、よくよく考えれば前途多難な気もしてきた。
彼にとって私と結婚して一緒に暮らすのは酷ではないかしら?
それを言うと、リーンはものすごく真剣な顔をして、
「大丈夫、君は何も心配しなくていい。僕と一緒にいてくれたらそれでいいから。君にこれが愛情表現と言われて考えたんだ、別の愛情表現で君に僕の気持ちを伝えていけば治まってくるんじゃないかと。」
と言うなり、私の目を覗き込んで好きだよ、と宣った。
私の顔がぼっと赤くなるのを満足そうに見て、自分はすぐさまタオルを顔に当てる。
それ、本当に大丈夫?
とりあえず毎日何某かの愛情表現をして試してみたいらしいので、ここのところ、それに付き合っている。
言葉で表現(愛してるなど)、態度で表現(抱きしめるなど)、空気で表現、物で表現(手のひらサイズの犬のぬいぐるみをもらった!いつも鞄に入れて持ち歩いている)
まあ、その度に症状が出てるけど。よくなってるのかは、私にはわからない。
手を替え品を替え、よくもまあこんなに表現方法があるものだというほど、たくさんの愛情表現を受けた。
彼の症状も少し改善したようだけど、私にも変化があったらしく、ランチ中にアレクシアに指摘された。
「エミーリアはあのマリッジブルー事件以来、すごく幸せそうね。笑顔が増えて可愛さも増してるわよ。貴方がいきなり消えたいって叫んだ時はどうなるかと思ったけれど、結局、雨降って地固まったってことなのね。」
「あの時は本当にご迷惑おかけしました。」
あの日、午後の授業を欠席した私の荷物を持って来てくれた彼女に、何があったか洗いざらい喋らされた。
私は、お互い相手を好きだったのに、すれ違っていたこと。誤解がとけて彼の不審な行動の理由もわかったことをまだ夢の中にいるような気持ちで話した。
リーンの体質に関してはごまかしたけど、そんなふわふわ状態の私の話をアレクシアは最後まで聴いてくれて、一緒に喜んでくれた。
そんなアレクシアが、以前リーンが私を大好きだって言ってたのは、嘘じゃなかった。
ということは私、本当に可愛くなったのかな・・・?
「私、可愛くなった?お世辞?」
「なったなった。こないだまでどこか殺伐として氷の壁を張り巡らせてるようなところがあったけど、春が来たみたいに雰囲気が優しくなって温かい感じになったから。髪型も変わったしね。似合ってるわ〜。」
「ありがとう。こないだ教えてくれたの、練習して自分で出来るようになったのよ。」
「うんうん、私が遊びで貴方の髪型変えたら、それを見た殿下がものすごく褒めてたものね〜。そりゃ出来るように頑張るわよねえ。」
「そ、それが理由な訳じゃ・・・!」
「昔何度か流行りの髪型教えたけれど、貴方自分で覚えてやろうとはしなかったじゃない。いっつも同じ紐で一つ結びするだけ。それが今は、髪を下ろして少し編み込み入れて、かわいいリボンまでつけてるものね〜。恋は人を変えるってほんとよねえ!」
「リ、リボンは、だって、せっかく、リーンがくれたのに使わないと悪いじゃない?!」
「うんうん、ワインレッド色、貴方によく似合ってるわよ〜。殿下のことも今まで頑なに名前呼ばなかったのに、あっという間に愛称呼びだしね?」
「〜〜〜っ!」
あっという間に負けた。
こういうことでアレクシアには勝てない。
私は熱くなった頬に両手をあてて冷やそうと試みた。
自分でも浮かれているのはわかってる。
でも仕方ないじゃないか。
毎日好きな人と会って話せることが嬉しいのだから。
「エミーリア?顔が赤いよ、熱でもあるんじゃない?」
そこへ話題の人物が来てしまった。
「あら、殿下、お昼はもう終わったのですか?エミーリアは元気ですよ。丁度、殿下の話をしていたところなんです。」
「そうなの?僕への不満じゃないよね?」
「殿下、彼女に不満を抱かせるようなことしたんですか?」
「してない、と思いたいんだけど、自信がないんだ。」
「ふふ、安心してください、惚気を聞いてただけですよ。」
「ア、アレクシア、惚気じゃないってば・・・。」
アレクシアがサラリとバラす。相変わらず容赦がない。
最近、彼は食後に私と彼女のところにやってくる。ランチはアレクシアと二人でとりたいと私が希望したからだ。友達と話すこの時間は私の1番の楽しみだから、それは譲れなかったのだ。
リーンは人がいるところでは目を合わせてくれない。でもそれは、例の症状が出ないように、少しでも長く私と話すためだとわかっているので、逆に愛おしい。
ちなみに周囲は急に仲良くなった私達に対して、以前のような反応はなく、呼び出しもなかった。
人目があるところでは目を合わせない代わり、放課後に二人きりで話す時は遠慮なく目を見て話す。
たまにタオルを赤く染めながらの会話になるけれど、その回数も随分減ってきた。
少なくとも二人で会話することには慣れてきたようだ。
「エミーリア、今度の休みに公爵邸に来ない?一緒に住む前に、使用人達とも一度顔合わせしといたほうがいいかと思って。」
「ええ、ぜひ行きたいわ。でも、休みの日の外出は母の許可がいるから出られるかどうか・・・。」
「うん、だから僕の母に君をお茶に呼んでくれるよう頼んで、その後ちょっと寄って帰るなら大丈夫かなと思うのだけど。」
「それはありがたいけど、王妃様とお茶・・・緊張するわね。」
「短時間だし、私的なものだから大丈夫。でも、どうしても嫌なら他の案を考えるよ?」
「いえ、大丈夫。5年くらい前に一度お会いしたことがあるし。貴方によく似た、優しそうな方だったわ。」
「似てるのは認めるけど、優しいというより、面白がりだよ、あの人は。」
ということで、次の休日の予定が決まりました。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
両思いを確認して割と浮かれてる2人です。