1.色褪せ令嬢は似合わない婚約を破棄したい。side E
「私は今ここで、貴方との婚約を破棄するわ!」
私、エミーリアは学園の裏庭で宣言した。相手はもちろん、私の婚約者だ。
彼は微動だにせず、人形の様な笑みを浮かべて私の後方を眺めている。
「婚約破棄の理由は、また本当に心から好きな人ができたから?」
「そ、そうよ!」
「これで、7回目だけどさ、今回の相手はどこ?」
きれいな笑顔のまま、小首を傾げる様も絵になるし、彼が座っているだけで草臥れたベンチも輝いて見える。
と、そんなことは置いといて、私の連れてきた相手は、どこ行ったの?!
慌てて周囲を見渡して、遠くに走って逃げていくその背中を見つけた。
「え、嘘でしょ?!」
「僕の顔を見て即座に逃げて行ったよ。次はもう少し度胸のある奴を連れてきなよね。まあ、君の相手になってくれる男がこの学園に残っているとは思えないけど。」
「もーー!」
私は我を忘れて地団駄を踏んだ。
彼の横に控えている側近のヘンリックが非難するような視線をこちらに向けてきたが、構うものか。
くっくっと彼が笑っている声が聴こえてくる。本当に腹立たしい!
この国の第2王子である彼は、誰もが振り返る美しい相貌に、ふわふわの短めの淡い金髪に同じく薄青の瞳の柔らかい印象の男だ。そう、外見もちゃんと王子様。
それに引き換え私は、侯爵令嬢という身分に反して、家族の中で一人だけくすんだ灰色の髪と目でぼんやりとした印象しか持たれない。
陰で色褪せ令嬢と呼ばれているのを知っている。
見た目だけでそんな風にいうなんて、全く失礼な話よね。私はこの色が好きだし、ちゃんと自分にあったドレスを着れば、令嬢として何もおかしくない姿になれるわ。
そう、自分に似合うものであれば、おかしくないし、そうそう陰口も叩かれないはず。
でも、私は物心ついてからずっと陰口を叩かれている。色褪せ令嬢、分不相応、似合わない、と。
その原因が、この目の前にいる婚約者。
整った顔立ちに学園の成績もトップクラス、既に兄王子の補佐として政治にも関わっているとか。
見た目も中身も文句のつけようがない。
結婚後、公爵になるけれども、それでもご令嬢達にとってかなりいい結婚相手には違いない。
それが、第1王子より先に5歳で婚約者が決まり、なおかつ、相手が権力があるわけでも、それを欲しているわけでもない日和見主義の侯爵家の次女。
しかも、飛び抜けて賢くも美人でもない、色褪せ令嬢ときた。
そりゃもう、小さい頃から会う人毎に色々言われたし、学園に入学してからは物理攻撃まできた。
足を引っ掛けられたり、物を隠されたり、放課後呼び出されたり。
でも、そんなことに私は負けない。
伸ばされた足は鍛えた反射神経で飛び越え、隠された物は好きな推理小説を参考に探し出し、呼び出しは無視した。
大体、忙しい彼とは婚約してからも年に一度しか会えなかった。
その際、目も合わせてくれず、ろくに会話もせず、二人で出かけたこともない。
13歳で貴族が通う学園に入学してから、同じクラスになり毎日会うようになった。
それでも、常に目を逸らされ、挨拶は会釈のみ、話すといえば今日のように婚約破棄を談判する時だけ。
そんな王子の態度を見ている限り、私のことが好き、などという幻想も抱けない。
結局、今でも婚約相手が私である理由も、婚約破棄に応じない理由もわからないままだ。
愛のある結婚に憧れはするが、貴族である限り、現実になるとは思っていない。
思ってはいないが、ここまでお互い似合わない相手と結婚するのも嫌だ。
結婚してからも、夜会やお茶会で嫌味や理不尽な意地悪をされ続け、目も合わせてくれない相手と暮らし続けるなんてまっぴらごめんだ。
だから、結婚適齢期になってくだらない嫌がらせがエスカレートしてきた一昨年、彼が帰るところを無理矢理、捕まえて言った。
『貴方と婚約破棄したいのだけど。』
息せききってそう言った私と、初めて目を合わせた彼は・・・・・・逃げた。
次の日、側近のヘンリックを通して
『エミーリア様が学園の生徒の中から本当にお好きになった方を連れてきて、王子に認めさせたら、婚約破棄に応じるとのことです。』
とだけ、伝えられた。
それから3年間、手当たり次第に学園の男の子に声をかけ、応じてくれた人を連れて王子の元へ連れて行っては、返り討ちにあった。
私は恋も愛もわからない。
5歳で婚約させられて、なぜか恋愛に関することから遠ざけられてきた、その弊害だ。
だから、今から誰かに恋しようなどとは思わず、とにかく誰でもいいから偽の恋人を作って婚約破棄したかった。
あのキラキラした王子と私では似合わなさすぎる!
最初の4人は上級生で、私のことを王子の婚約者と知った上で、別れるために恋人のフリをしてもらった。
多分、他の女の子達から頼まれたのもあるんだろうと今になって思う。
だが、そういう人達は皆、王子とサシで話すと『エミーリア嬢、君は彼と結婚するのが幸せだと思うよ。』と同情の眼差しを向けて去っていったのだった。
次の2人は向こうから協力すると声をかけてきた。侯爵家へのつながりが欲しいのかと思い、その権限は私にはないと伝えても、それでもいい、というので王子のところへ連れて行ったら、次の日から姿が見えなくなった。
その後、ヘンリックから『いい加減、人を見る目を養ってください。男は皆、狼なんですよ。』と散々お説教された。何の話?
そして今日、連れて行ったのは最近仲良くなった1年生の子で、王子と私の関係を知らなかったようだ。悪いことをした。
こうなったら仕方ない、私は開き直り、彼を正面から見ながら、精一杯ふんぞり返って言う。
「私、貴方の言うように7回も他の男の人に心を移したわ!婚約中にね!これは立派な破棄の理由になるんじゃなくて?」
ちらりと横に控えている王子の側近であるヘンリックの方を見るとしっかりと頷いてくれた。それに勇気を得て、王子に視線を戻すと腕を組んで下から睨みつける。
王子は呆気にとられた顔をしたが、頷くヘンリックを不満げに見遣ると、口元だけ吊り上げた意地悪そうな顔になった。
「何言っているの、エミーリア。君、連れてきたどの男にも心なんて移してないじゃないか。大体、僕にすら心なんてくれてないだろ。君は皆を婚約破棄に利用しようとしただけじゃないか。」
「だったらそれでもいいわ。男を手玉にとった悪女ってことで、婚約者失格ね!」
どんどん破棄の理由が変わっていくが、破棄さえできればこの際なんでも構わない。
相対する王子の方は、どんどん冷ややかな視線になっていく。ついに絶対零度の声で、言い渡された。
「そろそろ無駄なことは止めたら?僕の立場も考えてくれない?」
今度は私が呆気にとられて彼を見る。そういえば、そうよね。私がこうやって破棄したがることで彼の立場を傷つけていたんだわ。
「ごめんなさい。私、貴方のこと考えてなかったわ。そうよね、私から婚約破棄を言い出すなんて貴方の世間体が悪くなるわよね。わかったわ、貴方から婚約破棄を言いたかったのね!さあ、今すぐどうぞ!」
両手を彼の方へ向けて、さあさあ、と促してみたものの、彼はこちらを凝視して固まったままだ。
3年ぶりに視線が合ったわ。
ヘンリックが心配そうに王子に近づこうとしたその時、王子が震える声で言い放った。
「僕は婚約破棄なんて、絶対にしない!」
「どうして?!もうあと3ヶ月しかないのよ?!卒業したら私と即結婚よ?!貴方それでいいの?!」
「そ、それは、」
「それは?」
「僕は男性が好きだから、君と婚約破棄してまた一から女の婚約者を探すのが嫌なんだよ!お願いだから、もう、婚約破棄しようと画策しないで大人しく僕と結婚してよ。」
今、何か凄い秘密を聞いたような?
自分の耳が信じられなくて、ヘンリックを見ると、顎が落ちていた。
普段顔を崩すことがない彼の、一生に一度見れるか見れないかの貴重な表情に違いない。
と言うことは、さっき聞いた、王子は男の人が好きというのは本当の話らしい。
で、私は偽装の妻になるということね。なるほど!やっと、色褪せ令嬢と呼ばれる私が王子の婚約者に選ばれた訳がわかったわ!
結婚することで人助けになるならそれもいいじゃない?
しかも、結婚相手と友人くらいの関係でいい上に、相手が浮気する前提だから相手が増えようが減ろうが寝取られようが、何があっても心穏やかでいられるわけだし。
そんなお飾りの妻で趣味に打ち込む生活もいいわね!
私は素早く頭で計算すると、王子に笑顔を向けた。
「わかったわ!私、貴方のお飾りの妻になる。代わりに趣味に打ち込みたいのだけれどいいわよね!それから、貴方の恋人さんと上手くやるから是非紹介してね!もちろん、表向き妻として振る舞うし、跡継ぎは養子をとって私ちゃんと世話するわね!ああ、こういうことはしっかり書面にして残しておかないといけないのよね。今言ったこと、契約書にして明日持ってくるから、また放課後ここで会いましょうね。ではまた明日!」
私はうきうきとその場を立ち去った。
これで、もう無理矢理、男の子を捕まえなくてもいいのだ。
今まで嫌で仕方なかった卒業後の結婚生活が急にバラ色に変化して、私は踊りだしそうだった。
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