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第9話 最悪の失態 -エドメラル-




「本部!! こちら4-76952! 現在現場に急行中! 状況に進展あれば、随時報告されたし!」


 ユリンは片手でハンドルを握りながら、無線機に向かって大声を上げる。街にはいまだサイレンが鳴り続けており、雄弥は助手席でオロオロするばかりであった。


「お、おい!! いったい何が起こっているんだ!? ちゃんと教えてくれよ!!」


魔狂獣(ゲブ・ベスディア)が現れたんです!! この警報はそのサイン……!! 今はそのポイントに向かっているところです!!」


魔狂獣(ゲブ・ベスディア)!? ガネントか!?」


「いいえ!! 今回出現したもののコードは"エドメラル"!! 大きさはガネントとそう変わりませんが、戦闘力は別物です!!」


 それを聞いた雄弥は、サザデーの言葉を思い出す。かつて自身を捕食しようとしたあの怪物が、魔狂獣という種族の中では最も弱い個体だ、というハナシを。

 

 なら今回はどうなる。別物エドメラルの強さとはどれほどなのか。雄弥は初戦闘時の恐怖を思い出して身震いした。

 しかし雄弥は同時にこうも思った。自分は、ガネントを一撃で殺したのだ。自分の中にある莫大な魔力。これを使えば、今回のエドメラルと呼ばれる魔狂獣もすぐに倒せるのではないか、と。反動の痛みは辛いが、ユリンがいればすぐに治してくれる。大した問題にはならない、と。


 車を走らせ30分。徐々に人気の無い場所に出始め、しばらくすると大きな森が見えてきた。


「ユウヤさん!! ひとつ言っておきますが、私が戻ってくるまで絶対に車から降りないでくださいね!!」


 ユリンはいつものにこやかな表情とは打って変わった厳しい顔つきで、隣に座る彼に怒鳴りつけた。しかし完全に自分も討伐に加わる気でいた雄弥は愕然。


「え!? なんでだよ!! 俺だって戦えるぞ!!」


「馬鹿言わないで!! あなたはまだ魔術を扱って1週間!! 単純な魔力量が大きくとも、知識や経験が圧倒的に足りません!! それにまだ制御も全く出来上がっていないでしょう!?」


「でも俺はガネントを倒した!!」


「今回のは別物だと言っているでしょう!! そもそもガネントを倒せたのだって運が良かっただけです!! 実戦に博打を持ち込むのは愚か者のすることです!!」


「じゃ、じゃあなんで俺を連れて来たんだよ!!」


「知らない場所にあなた1人を置いて行くわけにはいかなかったからですよ!! いいですか、約束してくださいね!!」



 やがて2人の乗る車は、現場である森の入り口に到着した。

 その森は実に不気味だった。木の形はスギに似ており、かなりの高さがある。やたらと密生しているため、まだ真昼間だというのに中はひどく薄暗かった。

 森の奥からは時々爆音と、獣のような叫び声が聞こえてくる。

 

「いいですね、絶対ここを動いちゃダメですよ!!」


 ユリンは雄弥にもう1度念を押してから車を降り、森の中に消えていった。


 ……それから10分ほどが経過。ユリンが戻る気配は無く、爆発音が聞こえる間隔もどんどん狭くなっている。それとともに木々が揺れ、あたりには地響きが起こる。

 雄弥は車の座席の上でずっとソワソワしていた。状況が気になってしょうがないのだ。



『……ちくしょう……ホントに何もするなってのかよ……!!』


『確かに俺はまだ素人ではある。だが今では、自分の意志で自在に魔術を発動させることができるまでにはなった。反動のケガだって、ユリンに治してもらえばいいだけじゃないか』


『やれるはずだ……俺の魔力なら倒せるはずだ。それは確実に俺の中にあるんだから』

 

『ここで働かなきゃ同じなんだ。もといた世界の、あの惨めな俺と何も変わらない。それじゃダメだ。この世界に残った意味が無ぇ』


『力を得た。俺はもうあの頃の俺じゃない。なんの才能も持たないクズじゃない。それを証明するんだ。訓練で味わった進歩の実感を、より明確なものにするためにも……!』



「……やってやる。俺だって、やれるはずなんだ……!」


 雄弥はとうとう車を降り、森の中に足を踏み入れた。



 ーー森はやはり暗い。進めば進むほどに光は薄れていく。地面はかなりぬかるんでおり、俺の白いスニーカーがすぐにドロドロになった。

 だがそのおかげで、地面にはたくさんの足跡が残っている。先に森の中に入った兵士たちのものだろう。これを辿れば迷わず行ける。


 俺は木の影に入りながら慎重に歩を進める。暗く、生き物の気配がまるでしないこの森の中を。

 どんどん近づいてくる恐怖に急かされるように、呼吸が荒くなっていく。

 

「……ん?」


 しばらく歩いていると、1本の木が目に入った。木そのものは他の有象無象と変わらないものだが、その根本に何かがある。俺は目をこらしてみる。


 ……なんだ、肌色? 肌? 


 より気を引き締めつつそこに向かう。そしてそこまであと2メートルほどのところでやっと気づいた。

 人の……手……!?

 間違いない。5本の指だ。その木の影から人の手が見えているのだ。

 俺はごくりと唾を飲み込む。半ば()り足状態でそこまで近づき、恐る恐る木の後ろを覗いてみた。


「うッ!!」


 そこにあったのは死体。人の死体が仰向けに倒れていた。それは首から上と左腕、下半身が丸ごとなくなっているというあまりにも無残なものだった。


「お……ッげぇえ!!」


 俺は堪らず嘔吐する。

 死体そのもののむごさと、皮膚、いや肉が溶かされているかのような強烈な臭い。なんとか吐き気を抑つけた俺が死体を横目がちに見てみると、その死体は服と皮膚が溶けてぴったりと癒着していた。


「酸でもかぶったみたいだ……! 魔狂獣(ゲブ・ベスディア)に……エドメラルにやられたのか……!?」


 その時。


 再び爆発音がした。大きい。すぐ近くだ。


「ぎゃーッ!!」


 続いて聞こえてきたのは男性の悲鳴。目前に迫る死に対する暴力的な恐怖心が込められた、鼓膜を引き裂くような断末魔だ。


 また誰かがやられた。いったい何人死んでるんだ。


 ユリンは。ユリンはどうなっている。彼女は無事なのか。ここからじゃ分からない。

 ユリンにはあの防御魔術がある。この1週間1度も、俺の魔術を受けてヒビすら入らなかった強力な壁。あれがあればだいたいの攻撃は凌げるだろう。

 だがもし、もし彼女が死んだのだとすれば、エドメラルというのは俺の魔術以上の攻撃力を有しているということになる。考えたくはない。だが可能性はあるのだ。


「くそッ!! 大丈夫だ!! 俺は大丈夫だ!!」


 感情を力任せに無理やり捻じ伏せた俺は、悲鳴が聞こえた方向に走り出した。







「ハァ……ハァ……」


 息を切らしているユリン・ユランフルグの前には、身長2メートル半ほどの化け物が立ちはだかっていた。


 エドメラルは、2足歩行の魔狂獣(ゲブ・ベスディア)

 頭の形はまさにカエルそっくりだ。ただし目玉が異常に大きく、その2つだけで顔の面積の半分を占めている。

 口にはこれまたカエルとは違い、小さな歯が無数に並んでいた。それらは鋭いものではなく、人間の奥歯のようにすり潰すことに特化した平らな歯だった。

 腕の形状はカマキリの鎌そのもの。すでに何人も切り刻んだのだろう。(ひじ)の部分から先が鮮血で真っ赤にに染まっている。そして下半身は膝から下が鳥の脚のようになっており、全身を芥子(からし)色の鱗で覆われていた。


「ゲルルルルルル……」


 エドメラルは涎を垂らしながら、眼だけを動かして周囲をギョロギョロと眺めている。


「……ッ」


 ユリンはそれを睨みながら、この状況を打破する方法を必死に考えていた。


 彼女の防御魔術、「慈䜌盾(しらんじゅん)」は、間違いなく強力な術だった。それはたとえこのエドメラルが何千回と攻撃を加えようとも、表面が削れることすらないほどに。

 しかし彼女は自身の魔術を護りに特化させた分、攻撃系の魔術がほぼ使えなかった。そして今この場にいる兵士が持つ武器にしても、決定打とするには威力が足りない。


『私の魔力も残り少ない……!』


 ユリンは自身の周りにいる兵士を眼で追って数える。


『生き残っているのは私を入れて9人。どうしよう……応援がいつ来るかは分からない。せめて、この人たちだけでも…………ーーッ!?』


 瞬間、考えることに気を取られていた彼女の頭を目掛け、エドメラルが右手の鎌を振り下ろした。

 額まであと数センチのところでそれに気づいたユリンは、左に飛んで辛うじて回避する。鎌の先端が前髪をかすめ、オレンジ色の毛が数本、宙を舞う。


「ユリンちゃん!!」


「この野郎ォ!!」


 彼女の後ろにいた兵士たちがそれぞれ手に持った兵器を次々と乱射する。ライフル、機関銃、バズーカ砲。


 しかしそれらは全て鱗で弾き返され、エドメラルの皮膚を撫でることすら叶わなかった。

 するとエドメラルはユリンを無視し、その者たちを狙って走り出した。あっという間に距離を詰め、兵士の1人に斬りかかる。


「ひいッ!!」


「"慈䜌盾(しらんじゅん)"ッ!!」


 間一髪、鎌はユリンの魔術に阻まれる。しかしエドメラルはそれでやめず、自身の前に現れた円形の壁を両手で何度も斬り付ける。


「く……ッ!!」


 ユリンが絞るような声を上げる。魔力は残りわずかだ。このままでは、防壁はいずれ消滅する。焦りが膨らみ、冷や汗が溢れる。


 どうすればーー



「おい化け物ォォ!! こっちを見ろッ!!」



 突然、何者かの声が響き渡る。エドメラルは攻撃をやめ、聞こえてきた方向に顔を向けた。

 そこにいたのは1人の男。身につけているのは泥だらけのスニーカーと黒ズボン、白いシャツに藍色のパーカー。そして、この薄暗い森の中では明らかに邪魔であろうサングラス。


「なッ……ゆ、ユウヤさん!?」


 ユリンは置いてきたはずの彼を見て驚愕する。


「な、何してるんですかあなたは!! 来るなと言ったでしょう!?」


「心配するなよ!! 大丈夫だから!!」


 そして雄弥は、カエル頭の化け物に視線を移す。

 醜いなんて言葉では到底足りない、異類異形のその姿。普通であれば見ただけで足がすくむほどの恐怖を覚えるであろうが、今彼が感じているのは安堵だった。


『ユリンが言っていた通り、大きさはガネントとほぼ変わらない。やれる。これならやれるぞ!』

 

 エドメラルはキョトンとしており、動き出す気配が無い。

 好機とばかりに雄弥は右手をそいつに向け、魔術を撃つ姿勢を整える。彼の手はすぐに淡い輝きを帯び始める。


 そして、発射。



『獲った……ッ!!』

 


 ーーしかしそれは(おご)りだった。


 一握りの天才、百戦錬磨のベテラン。そんな者たちにすら、その感情は大きな失敗を引き起こさせる。無論、彼のような青二才の凡人には何があっても許されないもの。

 その気の緩みが、ただでさえ未完成である魔力の制御を疎かにした。



 ……雄弥の肩が、ぼきりと鳴る。



「……え」


 ()()()のだ。脱臼ではない。とんでもない力を加えられた彼の肩関節の骨が、丸ごと砕けてしまった。


「ぐあぁあぁああぁッ!!」

 

 固定部を失った彼の右腕はさながら水を出しっぱなしにしたまま放置されたホースのように暴れまわり、そこから放たれる魔術はその場をでたらめに破壊し始めた。


「うわあッ!?」


「みんな伏せろォ!!」


 兵士たちは狼狽(うろた)え地に伏せる。

 雄弥が放つ巨大光線は周囲の木々を次々と横薙ぎに消滅させ、最終的にエドメラルとはまるであさっての上空に向けて飛んでいってしまった。

 


「あ……が……ッ!!」


 雄弥は右肩を押さえながら地面にうずくまる。

 状況は最悪だった。彼は今の一撃で決めるつもりだったのだ。どこを怪我しようが、あの化け物を倒した後でゆっくり治してもらえばいい。そう考えていた。

 だが仕留め損なったどころか、放った魔術は標的にかすりもしなかった。


「ゲルアアアァァアアッ!!」


 エドメラルは今の派手な一撃を見せつけられたせいかすっかり興奮し切っており、巨大な眼玉は血走って真っ赤になっている。そしてその視線は、完全に雄弥を捉えていた。


「ゲボ……オボゲ……」


 そして突如喉を膨らませたかと思うと、彼に向けて口から黄色い液体を吐き出したのである。


「ぐわッ!?」


 反応が遅れ避け損なった雄弥は、それを咄嗟に左腕で防いだ。

 ……その瞬間、彼の腕の皮膚がジュウジュウと音を立て始めた。


「う……ッ!? あ、あ……がああああぁあぁアアーーーッ!!」


 絶叫を上げ、地面を転げ回る雄弥。


 強い酸性の液体、おそらくはエドメラルの胃液だ。ここに来る途中にあった死体も、おそらくこれをくらったのだ。

 左腕の皮膚はみるみるうちに(ただ)れ、真っ赤に腫れ上がっていく。神経が焼き切れそうになるほどの激痛が絶え間なく彼の脳を襲い、あたりには肉が焼ける強烈な臭いが漂う。


「ユウヤさんッ!!」


 ユリンが叫ぶのも虚しく、エドメラルは苦痛に悶える雄にに向かって飛びかかる。

 両腕の鎌を振り上げ、彼を脳天から真っ二つにしようとしている。ユリンが助けに走ってくるが、もう間に合わない。


「わあああぁあーーーッ!!」


 雄弥は身体を丸め、死を覚悟した。



 

 ーー約10秒が経過。


 あたりは突如として、異様に静まり返っていた。エドメラルの声もいつの間にか聞こえない。


 雄弥が怖々と上を覗きこむと……戦慄した。

 エドメラルが消えていたのだ。いや正確には、膝から上の身体全てが綺麗に消滅していた。


「…………あ…………あッ?」


 身体の痛みのせいで頭もろくに働かない雄弥が余計に混乱していると、彼の背後からざりッ、と音がした。

 そこにいたのは、浅黒い肌、黒髪のポニーテール、白の瞳に高い背丈の女性……


「……ああ……イイ……。()()()()()、出来損ないっぷりだ……ッ」

 

 ……煙管(きせる)から煙を吹かしながらうっとりした表情を見せる、サザデーだった。




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