第60話 シフィナ・ソニラ
カワイイのではない。美しいのだ。
シフィナ・ソニラーー兵士たちにそう呼ばれた彼女の身長は、目測で170弱。それも171センチの雄弥よりわずかに高い。脚も長く、スタイル抜群。……胸はさすがにユリンほどではないが。
切れ長で細い、金色の瞳。右の眼尻に大きな切り傷の痕がある。アルミでも貼ったかのような輝くセミロングの銀髪を3つに分けて結び、そのうちのひとつは首筋に沿わせる形で背中側に垂らし、残り2つは首の両脇から前に垂らしている。
赤いキャミソールの上に袖を通さずに白のカーディガンを羽織り、グレーのホットパンツ、および黒いフラットシューズをはいている。
ホットパンツの下には黒のストッキングを身につけているが、それに覆われているのは右脚だけ。左脚は素肌を露出させ、その全面にかけて稲妻を思わせる大きな刺青が彫られていた。
その派手な格好といい凄み溢れる眼つきといい、彼女の放つ雰囲気は不良学生のように非常に近寄りがたいものがある。
そんなシフィナ・ソニラは、廊下の両脇に並んだ兵士たちの前を腕組みをしたまま早足で歩いていく。
「副長!! お荷物お持ちします!!」
「副長殿ッ!! お水をどうぞッ!!」
「副長〜!! シャワー室を貸し切りましたッ!! 存分に汗を流してきてくださいッ!!」
その道中、何人もの兵士たちが彼女に対してあからさまなご機嫌取りを仕掛けている。しかしシフィナは彼らに一瞥もやることはなくーー
「全部いらない。鬱陶しいから静かにして」
バッ……サリ。いくらなんでもあんまりだ。
だがそう言った直後、急にシフィナの足がピタリと止まった。
彼女の視線は、廊下の壁の窓に向いている。
「ところで……ここの窓を最後に掃除したのは誰かしら」
ーー妙に不穏な空気が漂い始めたのをこの場にいる全員が感じ取った。
「え、あ、じ、自分ですけど……」
彼女の問いかけには、先ほど彼女に水を渡そうとした男性兵士が答える。
「……なるほどね、覚えとくわ。アンタの眼は節穴だ、ってことを……」
するとシフィナは廊下の窓の縁を人差し指でなぞり、指先についたホコリの塊をその男性兵士に見せつけた。
「あッ!! い、いやそのそれは、ちょっと時間が無くて……」
「時間が無い? 常日頃からコツコツと清掃を続けていれば、そんな問題は発生しようがないわ。いい大人がくだらない言い訳しないでくれる? アンタ、今月の給与は3割カットね」
「そ、そんなぁッ!! いくらなんでもひどいーー」
「……なに。文句があるなら言ってみな」
いきなりつきつけられた罰に異議を唱えようとした男性兵士をシフィナはギロリと睨みつける。……無論、男性兵士にそれ以上続けられるはずがなかった。
「な……ななな……無いで、す……。とほほ……」
……不良なんてものではない。彼女のやってることは完全にヤクザのソレだ。
ショックで床にへたり込む男性兵士をほっぽり出し、シフィナはせかせかと階段を上っていく。
目的の場所は……ジェセリのいる支部長室。
彼女の乱暴な蹴りでそこのドアが弾かれたように開くと、中からめちゃくちゃにムリをして作った笑顔を晒すジェセリが慌てて飛び出してきた。
「おお! おおおおかえりシフィナ! い、いや〜帰ってくるならもっと早めに連絡くれりゃよかったのに〜! 出迎えの準備もなーんもできなかったじゃんかよ〜!」
「そんなどうでもいいこといちいちしなくていいわ、ジェス。……それより……」
するとシフィナは支部長室内を探るように、鼻をスンスンと鳴らし始めた。
「…………兵士のものじゃない………知らない女の匂いがする」
……ジェセリの顔から血の気がサーッと引いていく。
「あたしのいない間にお招きした部外者は……11人……いえ12人。そのうち2回以上来たのが5人……」
「あ、あはあは……。せ……正解ぃ〜! へ、変だな〜さっき部屋中磨いたんだけどなぁ〜……」
もはや冷や汗どころではない。ジェセリは全身から滝のように焦燥の証を漏れさせ、脚もガッタガタに震わせている。
「ーー残念ねジェス……。あたしがいなければ……バレなければ、何をしてもいい……。アンタがそこまで卑怯な男だったなんてさ……」
「い、いや〜自分で言うのもなんだけど、割と今さらな話じゃない……かな〜?」
「……………………クズが……………………ッ」
……ここでシフィナの形相が、ついに鬼のモノになった。
同時に彼女の身体が金色の光ーー魔力に包まれる。それはバチバチと音を立てながら火花を散らし、眼球を押し潰しかねないほどの強烈なスパークとなる。
「死ねェッ!! このケダモノーーーッ!!」
怒声と共に、シフィナの身体を覆うその魔力から一筋の雷撃がジェセリに向けて一直線に放たれた。
「びぇえエエエエエエエエーーーッ!!」
モロにくらったジェセリは鳥の断末魔の如き金切声をあげて卒倒。身体からぷすぷすと煙を出し、髪はアフロになってしまう。
「このクソバカの手足と股間をキツく縛って、裏の物置にブチ込んどいて!! 朝まで出すんじゃないわよッ!!」
「は、はいーッ!!」
彼女の怒号によって周りにいた兵士数名が脊髄反射のように動き出し、黒コゲになったジェセリをかついで一目散に去って行った。
「か、帰って早々元気だねシフィナ」
そんな中、タツミ・アルノーが恐る恐る彼女に話しかける。
「タツミ……アンタももう少ししっかりして。そんなだからあいつがやりたい放題なんでしょうが」
「ま、全くだ。ホンットーに面目ない」
「……ま、あんなカスのことはもうどうでもいいとして……ユリンは? ユリンはどこ? 帰ってるんでしょ?」
「あ、ああ! あいつなら今朝から民間病院の助っ人に行ってるよ。夕方には戻るってさ」
話題を変えられたことにあからさまに安堵するタツミは、食い気味でその質問に答えた。
……すると一瞬だけではあるが、シフィナの顔がひどくガッカリとする。
「……そう、ありがとう。ーーじゃあ、あの子が教育したっていう元帥ご自慢の期待の新人サマはどこにいるの?」
「えーっと……あ、彼だよ」
タツミが手を向けた先にシフィナが眼を向けると、支部長室の入り口で、身体を壁から半分だけ出して隠れるように部屋の中の様子をうかがっている雄弥がいた。
『げッ!! こ、このタイミングで俺かよッ!?』
まさかのご指名を受けてしまった雄弥はとっとと逃げなかったことを後悔する。
「……ふーん、アンタが……」
シフィナはゆっくりと彼に歩み寄った。
彼女はしばらく雄弥のことを値踏みでもするかのようにジロジロと眺めていたが、やがて彼に自身の右手を差し出す。
「挨拶がまだだったわね。初めまして。第7駐屯支部副長、シフィナ・ソニラよ」
「あ……? ……あ、ああ! ユウヤ・ナモセです。よろしくお願いします」
彼女が握手を促していることにワンテンポ遅れて気付いた雄弥は、慌ててその手を握り返した。
ーー次の瞬間、シフィナはその握手した手を軸にして雄弥の身体を持ち上げ、振り上げ、彼を背中から床に思いっきり叩きつけた。
「は? ぐぁあァァァッ!!」
あまりに突然の出来事に雄弥は受け身も全く取れず背面からの衝撃をまともに感受してしまい、しばらくの間全身を小刻みに震わせてひどく悶える。
……そして当のシフィナ本人はなぜかひどく戦慄した様子で、仰向けに倒れる彼を見つめていた。
「…………ウソでしょ…………?」
「い、いってぇ……ッ!! い……いきなり何しやがるんだ……!!」
そんな雄弥の息絶え絶えの抗議をまるで無視するシフィナは、これまたどういうわけかこめかみに血管を浮き上がらせて苛立ちを露わにし、再びタツミへと振り返った。
「タツミ!! どういうことなのか説明して!! この雑魚はいったいなんなの!?」
「ええ!? せ、説明って何を!?」
「聞いてた話とまるで違うっつってんのよ!! すぐ眼の前にいる相手の殺気すらもロクに感じ取れない、こんな素人の鼻毛がちょーっと伸びたくらいのヘナチョコのどこがあたしたちのエース様だっていうの!?」
……彼女の言ってる内容そのものは理解不能でも、ワケも分からずブン投げられた挙句雑魚だのヘナチョコだの呼ばれてしまえば……相手が誰であろうと、あの雄弥が大人しくしていられるはずがない。
「こ、この女……黙って聞いてりゃふざけやがって!! 俺をバカにしてんのか!? それにエースっていったい何の話だ!!」
ようやく痛みを忘れることのできた彼は勢いよく立ち上がると、自身の眼の前に立つ女上司をはち切れんばかりの敵意を込めて睨みつける。
「ふん、威勢だけは一人前のようね。たっつぁん! 今使える練兵場は?」
「その呼び方はやめろってのッ!! ……第2と第8が空いてる」
「ありがと。じゃあ第2の方がいいわね。広いし」
「おい!! 俺を無視してんじゃねぇ!!」
見ぬふりを決められ続けたおかげで雄弥はとうとう激昂し、なんとシフィナの胸ぐらに掴みかかった。
その光景に周囲にいた兵士たち全員が焦りに焦り出し、大慌ての大パニックになる。
「ああッ!! 新人よせッ!!」
「バッカ野郎、死にたいのか!?」
「そ、ソニラ副長!! 彼はまだここに来て2ヶ月も経っていないんです!! どうか許してやってくださいッ!!」
彼らは雄弥を止めようと、シフィナを諌めようと、必死になって口々に叫ぶ。それに対しーー
「うるさい!! 黙れッ!!」
……そう怒鳴ったのは雄弥……ではなく、シフィナだった。
一瞬のうちにその場にいる者たち全てが息まで殺して沈黙し、彼女はその切れ長の瞳で、自身の胸元を掴みながら眼の前に立つ雄弥を冷ややかに見つめる。身長の関係上、わずかにシフィナが見下ろす形になる。
「……あたしはね、何でも自分の眼で確かめなきゃ気が済まないタチなんだよ。良くも悪くも、誰が何にどんな評価をしようが知ったこっちゃないわ。たとえその評価を下したのが元帥であっても……ユリンであってもね」
「ああ!? そりゃどういう意味ーーぐッ!?」
その時、雄弥が顔を苦痛に歪ませた。
理由は、シフィナが自身の胸ぐらを掴み続けている彼の手を、逆に握り返してきたからだ。
それはとんでもないパワーだった。雄弥の手首は握り締められて血流が止まったことで皮膚がどんどん真っ赤に染まっていき、骨からもメキメキという音が鳴り出す。
『な、なんだこの力は!? 女のモンじゃねぇ……ッ!!』
「ちいッ!!」
危険を感じた雄弥はどうにか彼女のその手を振り払い、3歩ほど後退りした。
「ーー来な。アンタが使えるヤツかどうか……このあたしが直接見定めてあげる」
シフィナはそう言いながら、今の今まで彼の腕を握っていた手の指をゴキリと鳴らす。
その仕草によってこれから何をするのかを理解した雄弥は、来ていたパーカーを乱暴に脱ぎ捨てた。
「人をモノみてぇに言いやがって……!! 上等だ!! 女だからって手加減なんかしねぇぞッ!!」
「あ、そ。心配しなくても、あたしは手加減してやるよ」
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