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第6話 ユリン・ユランフルグ




 2日後の朝。俺はガネントに追っかけ回された場所、例の芝生の広場の中央で、足を伸ばして座り込んでいた。

 どうやらここは標高約200メートルの山の頂上であり、俺が療養した施設もこの山の中にあるものだった。聞くところによればこの山全体があのサザデーの私有地らしく、俺はしばらくここで生活することになるらしい。


 右手の薬指が無くなってしまった以外は、身体の怪我はほぼ完全に治りきっている。あのユリンという女の子の治療のおかげだ。


 一口に治療と言ったが、その際も俺には全く理解できないことが起こっていた。たとえば右腕の切り傷を治す際、ユリンはそこに自分の手を置くのだ。そして彼女の手がかすかに光ったかと思うと、その3秒後には傷はぴったりと閉じ、跡も残さずに消えてしまっていた。確かに怪我は治ったのだが、俺はそのあまりにも奇妙な現象に軽い吐き気を覚えた。

 聞いたわけではないが、おそらくあれも魔術の1種なんだろう。どうやら魔術には攻撃の他にも様々な使い方があるみたいだ。


「それにしても……今日は何すんだろうな……。またあんなバケモンと戦わされたらたまんねーぜ……」


 そもそも、俺が今ここにいる理由。

 怪我が治った途端サザデーが、今日からとっとと訓練を進める、と言ってきたからだ。


 1日目の訓練であの女にいきなり殺されかけた俺からすれば、今日はいったいどんな目に遭わされるのか気が気じゃない。俺は冷たい汗をタラタラと流しながらサザデーを待った。

 


「おはよーございまーす、ナモセさん」



 ……が、やって来たのはサザデーではなかった。


 背後から突然声をかけられ、俺はびくりと振り返った。

 そこにいたのは、濃いオレンジ色の髪、真っ赤な瞳、160ほどの身長、そしてこの2日間ベッドの上にいながら聞き続けたものと同じ声を持つ女の子。


「……んあ?? ユリン……さん?」


 俺の怪我を治してくれた、ユリンである。俺は慌てて立ち上がる。


「な、なんであんたがここに?」


「え? なんでって……サザデーさんから聞いていないんですか?」


「聞くって……今日は2回目の訓練をやるからここで待ってろ、って……」


「へ? それだけ?」


「はぁ、そんだけ」


 それを聞いたユリンは呆れたようにため息をつく。


「全くあのヒトは……いっつも大事なことばっかり伝え忘れるんだから」


 そう言うと彼女は上体を起こし、羽織っているコートの襟をぱたぱたと整えつつ、俺に正面から向き合う。背丈の関係から、俺が見上げられる形になった。



「サザデーさんの(めい)で、あなたへの術科指導を請け負いました、ユリン・ユランフルグです。改めてよろしくね、ユウヤ・ナモセさん」



 そう言うと彼女は右手を差し出す。握手? へぇ、この世界にも握手の文化があるんだーーって、え?


「術科……指導って……あ、あんたが!?」


「はい」


 彼女はにこりと笑いながら答える。


「い……いやいやいや! あんた医者だろ!? 戦い方なんて教えられるのかよ!」


「私は正確には軍医なんです。医師の資格を持つ前から軍に所属しているので、戦闘に関するいろはもひと通りなら教えられます」


 彼女から出た言葉は、俺が勝手に抱いていた彼女のイメージとは明らかに違う。

 ぽわぽわとしたあたたかく柔和な雰囲気、俺と同じかそれ以下にしか見えないほどに幼い顔つき。純度100%の偏見ではあるが、戦いどころか虫の1匹すらも殺したことがなさそうなのに……。


 ……が、これはむしろ俺からすれば死ぬほどラッキーだ。

 てっきりこれからの訓練もあのサザデーに監督されるものとばかり思っていた。あんなワケの分からん気まぐれ女にいいように弄ばれるなんて考えただけで生きた心地がしなかったが、この人はヤツとは違いそうだ。というか、もうあの女じゃなければ誰でもいい!


 俺は差し出されたユリンの手をガシリと握る。


「こっちこそよろしくッ! あんた……俺の救世主だぜ……ッ!」


「へ? は、はあ……??」


 ユリンは眼をぱちくりさせて困惑。こうして、俺の魔術訓練が始まった。





「さて、まずはあなたの今後のことについてお話しします」


 俺は再び地面に座りながら、眼の前に立つユリンの説明を受けていた。


「あなたの訓練期間は全部で1年半です。それら全てが修了したのち、あなたには私の所属する軍に一兵士として従軍してもらうことになります」


「軍隊? 俺が? なんで?」


「それが我々にとってあなたを1番管理しやすい方法であり、またあなたにとっても最も動きやすい立場であると判断したからです」


「管理……? 誰がそんなことを……」


「サザデーさんです」


「! あれ……さっきもユリンさんは、サザデーさんの"命令"で俺の教官を引き受けたって言ってたよな。あんたにとってサザデーさんってなんなんだ?」


「彼女は、私が所属している軍の元帥、最高責任者です。つまり私にとっての上司にあたります」


 俺は心底驚いた。あーんなテキトーかつ勝手極まりない人物が、一大組織の頂点に立っているというのだ。 

 だが、サザデーのあの女性とは思えないほどに引き締まった身体が軍隊由来のものだとすれば、そこだけは納得がいった。


「それと、ユリンさんなんて呼び方はやめてください。歳だって同じ16なんですから。ユリンでいいですよ」


「……ん? ……俺、自分の歳言ったっけ?」


「サザデーさんに聞きましたよ。あなたの名前と一緒に」


「あ? ……あ、ああなるほど。そーよね」



 ……あれ? 俺、アイツに歳教えたっけ?



「この話は、今はとりあえずこのくらいでいいですね。それじゃあーー」


 ふいにユリンがコートを脱ぎ、綺麗にたたんで地面に置く。下の服装は、上下白のジャージだった。


「さっそく、始めていくことにしましょう」


 ついに来たな。といっても例の如く、どんなことをするかは見当もつかねーけど。

 俺は地面から立ち上がり、緊張をほぐそうと息をひとつ吐く。


「ふふ、そんなに固くならないで。ではナモセさん、まずあなたにはやっていただくことがあります。4日前にあなたはこの場所で、魔狂獣(ゲブ・ベスディア)ガネントに対して魔術を発動しましたね? それに至るまでのことをよぉく思い出してみてください。できる限り、細かいことまでしっかりと」


 言われた通りにしてみる。あの恐怖を忘れるわけがない。今でも思い出すだけで汗と震えが止まらなくなるんだ。

 車と変わらないスピードで走る化け物。そいつに後ろから喰われそうになる。そいつをなんとか避けてしばらく逃げたあと、太い腕で殴られてブッ飛ばされる。お次は避け損なった爪で腹を抉られる。そしたらいよいよワニみてぇな口がーー


「うッ!?」


 その時突然、右腕に妙な違和感が奔る。この感覚には覚えがあった。見てみるとやはり。右の肘から(てのひら)にかけて、うすぼんやりと発光していた。


「よし、そのまま! そのままですよ!」


 そういうとユリンは急に背を向けて走り出し、俺から50メートルほどの距離をとった。そしてそこから大声で俺に呼びかける。


「ナモセさん! 私にその右の掌を向けてください!」

 

 意味が分からないが、俺は言われるがまま離れた位置にいる彼女に向けて右手をかざす。


「そしたら、また思い出してみてください! 続きからでいいです! 術を撃つまでのことを!」


「おおおお、おいおい!! なんだよ、なにをしようってんだ!?」


 不安が止まることを知らないが、従うしか道はない。俺は再び記憶を辿る。

 デカい口が迫ってくる。抵抗は全く意味を為さず、サザデーは見てるだけで助けてもくれない。牙がおでこに刺さり、頭の骨に穴を開けられそうになる。その寸前に、この手からーー



 最後まで思い出しかけたその刹那、かざした掌から巨大な青白い光線が放たれた。



「!! なあッ!?」


 あの時と全く同じ、大地を揺るがすほどの凄まじいパワーだった。俺は必死に足を踏ん張るがその威力に全く耐えきれず、身体はどんどん後ろに下がっていく。それを放つ右腕はまだ折れてはいないようだが、関節という関節が全て外れてしまいそうなほどの激痛が奔っていた。


「うぐああああああぁあッ!!」


 身体がつんのめり始める。痛みが全身に広がり、腕の骨がみしみしと音を立てる。もう駄目だーー

 

 と思ったのと同時に、光線が止まった。



「ハァッ……! ハァッ……! ハァ……!」


 全身から大量の汗を流し、膝から地面にへたり込む。

 眼前にできあがった光景は実に凄惨だった。光線が通過した部分の地面は抉り取られて深い溝が出来上がっており、その周りの芝生も1本残らず消し飛んでいる。辺りには土煙が宙を舞っていた。

 俺は大きく息を切らしながら、ズキズキと痛む右腕を確認する。……また血まみれだ。1日目の時と同じじゃねぇか……!

 

「いってぇ……!! なんで……こんな急に……ッ!!」

 

 なぜまた魔術が出たのか。記憶を辿っただけだというのに。指示したユリンは、こうなるのを分かっていたのか? ……と。

 そして、俺はとんでもないことに気づく。


「!? そ、そうだ!! ユリンッ!!」


 そうだ、俺はユリンの指示を受けて、右手を彼女に向けていた。つまりあの光線が放たれた先に彼女がいたのだ。

 慌てて顔を上げ、彼女が立っていた場所を見ようとする。しかし周囲に浮かぶ埃のために、50メートル先の地点までは確認できない。


「まッ、まさか……!! いや……いやいやジョーダンだろ……ッ!? お、おいユリン!! ユリーンッ!!」


 焦りは最高潮に達する。立ち上がろうとするが、痛みですぐに転んでしまう。


 どうしよう、彼女は死んだのか? ……俺が、殺してしまったのか!?

 2メートルサイズの怪物の頭が一瞬で消滅したのだ。あんなものを生身のヒトがくらってしまったら、死体だって残るはずがない。


 最悪の未来に視界が真っ暗になりかけた、その時ーー


「あ……?」


 今日は少し風が強い。それに流され、土煙が徐々に晴れていく。景色が少しずつ見えていく。


 すると50メートル先に、透明な壁ができていた。直径3メートルほどの円形の壁だ。そして不思議なことに、その壁から後ろ側の地面は全く抉れていなかった。

 俺が呆然としていると、壁はフッと消えて無くなる。そしてーー



「ああ〜ビックリしたぁ。ホントにすごい魔力ですね」


 たった今俺に殺されかけたユリンが、無傷の笑顔で立っていたのだ。



「は……へ? 防いだ……の? ……あ、そーいうのも……あんのね……」


 俺に与えられたのは、サザデー(いわ)く世界で三指の力。

 俺は安心感より先に、そんなモンを真正面から撃ち込まれてニコニコしているあのユリンに軽い恐怖を覚えた。


 


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