第49話 悪意の急襲
ユリンが手洗いに立った直後。汽車がトンネルに入り、車内はごうごうという反響音で溢れる。
この汽車は機関車と薪を積んだ車両を除いて、10両編成。雄弥とユリンが乗る一等車両はその最後尾、すなわち10両目に位置している。トイレがあるのは3両目と7両目。無論、ユリンが向かったのは7両目の方であった。
そのひとつ手前の8両目。ユリンはそこの通路を歩いて行く。
両脇の座席はいっぱい。大勢の人々が座っている。きゃっきゃとはしゃぐ子供、しかめ面をしながら新聞を読む老人男性、いびきをたてて爆睡するスーツ姿の中年男。
ユリンは彼らの横を通り過ぎ、 7両目へと入って行く。
ーーそんな彼女の後ろ姿を、席に並んで座りながらじっと見つめる、同じ格好をした3人組がいた。
「……レイドおにぃちゃぁ〜ん、女の方が出てきたよぉ〜。トイレに行くみたぁ〜い」
そのうちの1人、通路側にいるショートヘアでスタイルの良い女性が、自身の右隣に座る長身の辮髪男性にそう声をかける。周囲に聞かれないよう、極めて低い声量で。
「よぉし……やっと1人になってくれたな……。カリスァ……あの女を沈めてこい。殺さん限りはいくらでも痛めつけて構わん」
「りょお〜かぁ〜い」
そして今度はレイドと呼ばれたその男が、自身の右隣、すなわち窓際に座る小柄の坊主頭の男の方に顔を向ける。
「ギレン……お前は一等車両に残っている男の方をやれ。だがいいか、絶対に殺すなよ。特にお前は興奮し過ぎると何をするか分からんからな……」
「おおッ!! 任せてくれあんちゃんッ!! 殺さなきゃいいんだろッ!?」
「だからぁ〜! 声大きいよギレンおにぃちゃあん!」
ぎょろりとした両の眼をギラギラと輝かせるギレンに、カリスァがうんざりとした顔で注意する。
「……ったく……いいからさっさと行けてめぇら。他の乗客は俺が押さえておく……」
「はぁい」
「あいよッ!!」
レイドの指示を受け、カリスァはユリンを追って7両車へ、ギレンはその反対の一等車に向かってそれぞれ歩いて行った。
* * *
「ふぅ」
ハンカチで手を拭きながら一息つくユリンは、トイレから出ようと扉のノブに手を掛けようとする。
ーーしかしその時。
「!?」
彼女はノブに触れる直前に強烈な殺気を感じ取り、とっさに扉から離れた。
直後、木製の扉が外から蹴り壊された。
「きゃッ!!」
小さく悲鳴を上げる彼女の全身にバラバラになった扉の破片が機銃の如くぶつけられ、それと同時に、何者かがトイレ内に突入。怯むユリンの顔に右手で掴みかかると、そのまま彼女を壁に叩きつけた。
「こぉ〜んにぃ〜ちはぁ〜」
言うまでもなく、その襲撃者はカリスァである。
「な……なん……ですかあなたは……!? い……いきなり……!!」
壁に後頭部を打った痛みに顔をしかめながら当然の質問を投げかけるユリンに対し、カリスァは妖艶とも醜悪ともとれる笑みを見せる。
「おにぃちゃんからは殺さなきゃ好きにやっていいいいって言われてるからぁ〜……とりあえず腕と脚くらいはもらっちゃうよぉ〜……!」
「ああ〜……ヒマだなぁちきしょ〜」
ユリンが手洗いに行ってすでに20分。だだっ広い車両の中1人待ちぼうけをくらっている雄弥は、テーブルに突っ伏しながらあくびを繰り返す。
すると、彼の背後で扉が開く音がした。
「ユリン〜俺もトイレ行きたいんだけど、どこにあるんだ?」
手洗いに立ったユリンが戻ってきたのだろう。雄弥はそう思い、そう声をかけた。……が、返ってきたのはーー
「はアッ!? 誰だソレッ!? 俺はギレンだよッ!!」
男性の、いやにやかましい声だった。
「あ?」
振り返った雄弥の眼に映ったのは、眼力がやたらと強い、身長160センチに満たないちんまりとした男。無論、ぜ〜んぜん知らない人物である。
「ちょ、なんだあんた? 勝手に入ってくんなよ。ここは貸し切りだぜ」
雄弥は席から立ち上がり当然の抗議をするがーー
「なんだじゃねぇだろッ!! 謝るのが先だろッ!? 人の名前間違えるなんて失礼だろーがッ!!」
「えぇッ、今の俺が悪いの!? いや、あの、別にあんたの名前を間違ったワケじゃ……」
「うーわ、ゴマかすのかッ!? ダッセェッ!! みっともねぇぜ言い訳なんてよッ!! 男ならグダグダ言うんじゃねーよッ!!」
ーーこの通りギレンと名乗ったその男には、全く話が通じない。
「あ、う、え〜……す、すみません……でした……」
「よぉしそーだッ!! 男だけじゃねぇッ!! 謝れる素直さってのは、誰もが持ってなきゃあいけねーんだッ!! 覚えときなッ!!」
「は、はい……おっしゃるとーりで……あります」
支離滅裂ながらも妙な正論を述べるギレンに、雄弥はすっかりタジタジであった。
「ーーで、その〜あんた……じゃなくてえーと、ギレンさんは〜……俺に何用でしょーか……?」
「んッ!? ああッ!! てめーをブチのめしにきたッ!! 覚悟しなッ!!」
「は!? え、え、なんで!? ちゃんと謝ったのに!!」
「バーカ、それとはカンケーねーよッ!! 最初からてめーらのことはそうするつもりだったのさッ!! 列車に乗った時からなッ!!」
「ちょ、ちょっと待てよおい!! 言ってる意味が分かんねーよ!! ちゃんと説明しーー」
その時何かに気がついたのか、完全に焦りかけた雄弥は一気に冷静さを取り戻した。
「……おい。今あんた……"てめーら"って言ったか……?」
雄弥が怖々とそう聞くと、ギレンはその彫りの深い顔を、にぱっ、と無邪気に笑わせた。
「ああッ!! てめーのツレの女なら、今頃俺の妹に潰されてるだろーよッ!! なぁに心配すんなッ!! 殺しゃあしねーからよッ!! 今はなッ!!」
ーーギレンのその一言は、事態の異常性を把握するには十分であった。
彼を見る雄弥の瞳に、ギラリとした敵意が宿る。
「……そうかい……!! てめぇが何者なのかは知らねぇが……とりあえず、ぶっ飛ばしてもいいクソ野郎ってことだけは理解したぜ……!!」
彼はそう言うと両の拳を強く握り締めつつ身構え、眼の前の男に対して戦闘の意志を示す。
「へへェッ!! 楽しませろッ!! せいぜい俺様をッ!!」
ギレンはそれに応えるように、すぐさま雄弥に飛びかかった。
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