第43話 哀れな傀儡
ーー冗談じゃないわ!! あんたみたいな人の出来損ない、息子でもなんでもないわよ!!
ーー施設に行きなさい。父さんはお前のために言っているんだ。
ーーバイラン? えぇ〜やだよ、あいつと遊ぶの。だってあいつ眼が見えないんだろ? なんもできねぇじゃん。気ぃ遣うのも面倒くさいし。
ーーおい、あいつのことこっそり誘導して、池の中に落としてやろうぜ。
ーーえ? 自分だけ食事が他の子よりも少ない? あのねぇ、バイランくん。君が見えていないだけで、量はちゃんと同じだよ。よくないな、そうやって自分の障がいを盾にとって言いがかりをつけるのは。
ーーまったく……なんとか消えてくれんものかね……。病気でも事故でも飢え死にでもいい……。ただでさえ、この施設は経営難だ……。改装だのなんだの……あいつのためだけに余計な費用がかかるのはもううんざりだよ……。
……なぜだ。なぜそんなに私を嫌う。なぜ、私を受け入れてくれない。
私が"普通ではない"からか? 当たり前の身体ではないからか?
私の眼が見えるようになれば、私を愛してくれるのか。私の瞳が濁ってなければ、私を抱き締めてくれるのか。
ーー私が"普通"であれば、私は幸せになれるのか。
もう私の眼に光は宿らない。ならばどうすればいい。私が"普通"になるには……。
ーーそうか、分かったぞ。お前らだ。私が"普通じゃない"のは、"普通"のお前らがいるせいだ。
お前らの眼が見えているから、見えていない私は"普通じゃない"のだ。『眼が見える』ことが"普通"だから、見えていないことが"普通じゃない"のだ。
ならば……お前らの眼を潰せばいい。『眼が見えない』ことを"普通"にすればいい。
他のことも同じだ。
私に親がいないのだから、他の者にもいるべきではない。
私は眼が見えんのだから、他の者も見えるべきではない。
……私は不幸なのだから、他の者も幸福であるべきではない。
そうだ。上があるからいかんのだ。皆が下に堕ちれば良い。一緒に、仲良く、手を取って。
誰かが骨を折ったのなら、全員が同じところを折ろう。
誰かの親が死んだのなら、全員が自分の親を殺そう。
誰かが破産したのなら、全員が財産を投げ捨てよう。
痛みは同じく、害を分かち、破滅の渦まで横並び。
見せてやる。綺麗事でも建前でもない。本当の意味での、『平等』を……。
「……………………ぐ……………………」
暗く深い森の中……その土の上に倒れていた老人は、呻きとともに意識を戻す。
「…………なんだ…………ここは…………? 私は…………どう、なって……」
全身、特に頭と腹部の痛みに脚をよろよろとさせながらもなんとか立ち上がり、自身の置かれた状況を知ろうとする。
「ひでぇザマだなァ〜……ええ? ジジイ……」
「!?」
そんな最中、バイランは突如自身の背後から飛んできた声にぎょっとする。
「その声……!! き、貴様!! なぜここに!?」
バイランはその声の主を知っているらしく、ひどく焦った様子で声のする方に身体を向ける。
森の中の暗さもあり、その人物の姿は捉えられない。だが声質からしてーーどうやら男性のようだ。
男は、バイランのすぐ背後にいた。大きな岩の上に膝を立てて腰かけており、膝の上に右腕を乗せて気怠げな振る舞いを見せている。
「どうして、だァ……? 言ってくれんじゃねぇか。散々お膳立てしてやったっつーのに結局何から何までパーにしたマヌケの尻拭いに、わざわざ来てやったんだぜェ……?」
「なに……!? どういう意味……はッ!!」
男の言葉に、バイランは気絶する前の記憶を鮮明に引き戻した。
彼は再認識した。エドメラルを倒され、ディモイドを失い、挙句の果てにゼメスアを嬲り殺しにされたことを。……自身が、完膚無きまでに敗れ去ったという事実を。
「そ……そ、そ、そ……そぉ……んな……馬鹿な……!? な……なぜ……ッ!?」
彼は眼を泳がせ、冷や汗を垂れ流し、自身の置かれた現実のあまりの重さに押し潰されそうになる。
…………何故ですか。何故ですか。どうして…………貴方が勝手にーー
そして彼は何を思ったか唐突に地面にひざまづくと、男に向けて自身の額を土に擦り付けた。
「た、頼むッ!! もう1度魔狂獣を貸してくれ!! 今度はもっと強力なヤツを!! あの……あのアルバノ・ルナハンドロをも下せるような、とびっきりのヤツを……!!」
無論、このバイラン・バニラガンに同情の余地などカケラほどもありはしない。
しかし恥も外聞もかなぐり捨てた痩せっぽちの老人のその姿は、可哀想などという安い言葉では到底片付けられぬほどに矮小であった。慈悲だの情けだのといったものはこの男に与えるためにあるのだと、誰もが思ってしまいそうなほどに不憫であった。
「ダぁ〜メ、だなァ……」
……しかし男が返した答えは、その慈悲や情けとはまさに真逆であった。
「な、なんだとッ!?」
「……俺たちはよぉ〜……言ったよなぁ? 『手を貸すのは1回だけ』……って、ハッキリとよぉ〜。大ッキライなんだよなぁ〜……同じことを2度以上言わされんのはよぉ〜」
「そ、そこをなんとか……!! 次は……次は必ず上手くやる!! やれる!! 今回は……そう!! 運が悪かったのだ……!! それだけ……それだけなんだ!!」
バイランの必死の弁明に対して男は心底呆れたようにひとつため息をつき、凍りつくような冷たい声色で言葉を返す。
「……『人生』ってのはよぉ〜、『1度』しか無ぇんだ……。『失敗』するってぇのが悪いわけじゃねぇがよぉ〜……その限られた『人生』の中で、同じことに2度も3度も挑戦するのは……スゲ〜もったいねぇことだと思うんだよ……」
男は淡々と自論を綴る。
「だから……『1度』なんだ……。『1度』で決めることが大切なんだ……。『1度』が『全て』なんだ……」
すると男は、自身の膝の上に置いていた右手をゆっくりと上げ、その人差し指をバイランに向けた。
「分かるかよ……? てめぇはこの時点ですでに……『全て』を失った。……ゲームオーバーだ……」
男が言い終わったその瞬間、彼の人差し指の先端に何かが集まり始めた。
それはこおこおと音を立てながら、やがてビー玉ほどの大きさの塊に収束。同時に周囲の木々に霜が降り始め、気温が一気に下がりだす。
「!? ま、待て!! 何をする!? やめろッ!! やめーー」
事態の異常性を把握したバイランの説得などまるで意に介さず、男はその塊を彼の顔面に向けて放った。
「ぽえ」
グシャ、という生臭い音、並びに蛙が潰れたような声と共に、バイランの頭部は破裂。残った身体は首から大量の血を噴き出しながらしばらくよたよたと歩き回ったのち、ドサリと地面に倒れ込んだ。
「あァ〜あ、ッたく……手間ばっかりかかるジジイだったなァ」
倒れても尚、陸に打ち上げられた魚のようにビクビクと震える死体を一瞥し、男はゆっくりと立ち上がる。
「ま、良しとすっか……。こっちはゼメスアの戦闘記録さえ取れりゃそれでよかったしよぉ〜」
そして男がふと顔を上げると、空が徐々に白んできていた。……夜が明け始めたのだ。
「……それにしても……ユウヤ・ナモセ、かァ……。……へへ……早く俺も……おしゃべりしてみたいぜ……」
彼はそう呟き、口元を微笑ませた。それは決して無邪気なものではなく、あくまでも冷徹無情であった。
……長き夜が終わりを告げる。地平線の向こうから覗いた陽の光が、男の顔を、全身を照らし出す。
身長180弱。細めの肉体。左側頭部のみ刈り上げたアシンメトリーの鈍色の髪。そして左耳の青いピアス。
ジッパーが多用されている黒のレザージャケットに、Vネックの白い綿製シャツ。ゆるめの黒い長ズボンに、ゴツゴツとした鼠色のブーツ。
そして……この男の瞳は、黒色であったーー
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