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第4話 吐き出した力 -ガネント-

 



 ……これで終わり?


 俺は継承があまりにもあっさりと終わったことに戸惑う。

 身体を軽く動かしてみる。手を握る開くを繰り返す。足首を浮かせてぷらぷらさせる。腕をくるりと回してみる。……特に変化は無い。


「……なあ。これでその……魔力ってヤツが身体の中に入ったのか?」


「知らん」


 サザデーは懐から取り出した煙管に火を入れながら、サラリと答える。


「はあ!? 知らんってなんだよ! そんな無責任があるか!」

 

「急くな、馬鹿者。それは今から分かる」


 唖然とする俺に目もくれず、彼女は急に部屋の奥に向かって歩いていく。そしてそこの壁に取り付けてあった大きなレバーを、ガシャンと音を立てて下ろした。


 すると突然、部屋全体が地響きを上げて揺れ始め、天井から砂やら石やらがパラパラと降ってきた。上を見てみると、天井が左右にゆっくりと開いていっている。少しずつ広がるその隙間からは外の光が差し込んできていた。

 天井が完全に開ききり、青い空が姿を見せる。雲ひとつない爽やかな空だ。そして今度は地面のみが振動し、金属が擦れているような不快な音を部屋中に巻き散らかしながら、その空に向かって徐々に上昇を始めていく。


「ちょ、ちょっとおい!? 何してんだ!?」


 部屋奥のサザデーに向かって叫ぶ。しかし彼女は煙管を吹かすだけで、こちらには見向きもしていない。

 部屋の中央に拘束されている怪物は周囲の音に興奮し、暴れに暴れまくっている。


 やがて地面の上昇が止まる。到着した場所は、これまでの薄暗いものとは真逆の空間だった。


 とにかく広い。サッカーコート3つ分はありそうなその空間は、地表の全てを芝生で覆われている。周囲を低い木で囲まれ、そこからはスズメに似た鳴き声が聞こえてくる。

 空を見上げるとそこには太陽があった。……いや、ここがもといた世界でない以上、太陽のようなもの、という表現が適切なのだろう。実にのどかで、静かな場所だった。


「さて、ユウヤ君」


 景色に見惚れてぼんやりとしていた意識が、いつの間にか背後にいたサザデーの声で呼び戻される。


「今からここで、お前への最初の訓練を始める」


「は……? 訓練?」


「目的は2つ。ひとつは、お前にきちんと魔力が受け継がれているかどうかを確認すること。2つ目は、お前に魔術を使う感覚を掴ませることだ」


「……え、いや、訓練って……いきなりすぎだろ」


「お前には1日も早く使い物になってもらわなければ困るのだ。できることはさっさと済ませておきたいのさ」


「でも俺魔術の使い方なんて知らねぇけど……。もう使えるようになってんのか?」


「それを今から確かめると言っているのだ。で、肝心の訓練内容だがーー」


 サザデーは、上ってきた床の中央でいまだに暴れている怪物に指を差す。


「あれと戦い、そして倒してもらう」



 

 ……………………え?




「……いや。いやいやいやジョーダンだろ」


「本気だ。だが安心しろ。奴はガネントといってな、魔狂獣(ゲブ・ベスディア)の中では最も戦闘能力が低い個体だ。お前にちゃんと魔力が宿っていれば、別になんてことのない相手さ」


「ちょ、待てっての!! まずは魔術の使い方ってやつを教えろよ!! じゃなきゃ話が始まらねーだろ!?」


「できん」


 彼女は即答する。


「あ、ああ!? なんだそりゃ!! この世界に残るっつったのは俺だけど、連れてきたのはあんただ!! それくらいのことはしてくれなきゃ、こっちだってどうにもならんでしょーが!!」


「ユウヤ君。お前が、生まれて初めて立って歩いたのはいつだ?」


「は!?」


「いいから答えろ。いつだ」


「なんだ急に!! 知らんッ!! そんなの覚えちゃいねぇよッ!!」


「まぁそうだろうな。では質問を変えよう。お前は自分の脚で立って歩くことを、誰から教わって修得した?」


「俺の質問どこいったのよ!? てかそんなの他人から教わるようなことじゃねぇだろ!! 気付いたらできるようになってたさ!!」


「そう、それだ」


「はあ!? なにが!?」


「この世界の人類にとって魔術を使うというのは、立つ・歩く・走るといったことと同じなのさ。生まれて時間が経てば、誰でも自然に身につくもの。つまり誰かに教わる・教えるといった前提、マニュアルが存在しない」


「んな……!?」


「だからそこだけはお前自身に感覚で掴んでもらうしかない。『魔術を使う』ということ。それさえ身体で覚えてくれれば、そこから先の応用などはいくらでも教えられる」


「感覚って……!」


「心配することはない。この世界では生まれて1年も経たずに魔術を使い始める者がざらにいる。難しいことはなにもない」


「あ、の、なッ!! それはまた話が違ーー」


 俺が怒るのを無視し、サザデーはガネントとかいう怪物の側にいき、そいつの背中に回り込んだ。


「ではな。頑張ってくれたまえ」


 そう言うと彼女は、そこについていた錠前を握り潰した。するとみるみるうちに、ガネントを拘束していた無数の鎖が緩み始める。


「な!? おい待て待て待て何してんだよ!!」


 俺が狼狽(うろたえ)るのも束の間、ガネントの腕が鎖から外れる。続いて胴が、腰が自由を取り戻し、そいつはとうとう立ち上がる。最後に足首に巻き付いていたものを手で引き千切りーー



「ウギャアアアァァオオオォオオォォォ!!」



 天を裂かんばかりの、荒々しい咆哮を上げたのだった。




*  *  *




 サザデーは木の枝の上に立っていた。ガネントの拘束を解除してすぐに、芝生のグラウンドを取り囲む木の1本に移動したのだ。ここからはグラウンド全体が見渡せる。成り行きを見守るにはうってつけの場所だ。


「……さぁて、どうなることやら」


 サザデーは妙に"ワクワク"した様子で呟いた。



 雄弥はなおも雄叫びを上げ続けているガネントを前に震えることしか出来ずにいた。恐怖で背筋が曲がり、脚は内股になっている。その姿はまさに蛇に睨まれたカエルである。

 急にガネントが咆哮を止める。天に向いていた顔を下す。そしてーー4つの眼玉をぎょろりと動かし、雄弥を視界に捉えた。

 彼は無意識に後退(あとずさ)りをする。ゆっくり、ゆっくりと。1歩……2歩と。そして、3歩目が地についたその瞬間。


「ガァアアアアァァアアァァァッ!!」


「うわあああああぁあーーーッ!!」


 ガネントは、飛び跳ねたように彼に向かって走り出した。

 雄弥は必死に逃げていく。しかし化け物はどんどん迫る。飛び出した瞬間からそのスピードは明らかに時速60キロを超えており、2秒と経たぬうちに雄弥のすぐうしろに到達した。ガネントはその巨大な口を思い切り開け、目の前を走る人間を丸呑みにしようとする。

 

「ぐぅぅッ!!」


 間一髪、雄弥はこれを右に飛んで回避。しかしガネントはすぐさま方向を変えて追う。

 重い足音を立てながら走る怪物の身長は2メートル弱、対して雄弥は171センチ。その差は人間の頭1.5個分ほど、そこまで大きな違いはない。それでもその怪物から放たれる存在感の大きさは、頭100個どころの話ではない。埋めようのない、生物としての格の差がそこにはあった。


「ちっくしょお!! いったい何をどうしろってんだあッ!!」


 走り回り過ぎて彼の体力は底をつきかけている。今手を打たねば殺される。どうにかして魔術とやらを発動させない限り、彼が助かる道は無い。しかしどうすればできるのか。

 そもそも彼は『魔術』がどういうものなのかが分からないのだ。使ったらなにが起こるのか、それすらもまるで見当がつかない。戦えというからにはある種の攻撃能力を持つのだろうが、その効果が一切不明なのである。


『爆発か、切断か、刺突か、殴打か!! 何が出てくるってんだ!?』


 しかし、考えている余裕など無かった。


 化け物はあっというまに距離を詰め、右手で彼の背中を殴りつけた。

 凄まじいパワーである。雄弥は20メートル以上もぶっ飛ばされ、顔面から地面に向かって思い切り激突する。


「が……ッ!!」


 彼の視界が真っ白に染まり、続いて周りの音が聞こえなくなる。地面に擦り付けた腹部からは、日に焼けた皮膚に熱湯をぶっかけられたような激痛が奔る。肋骨は確実にへし折られた。

 三度(みたび)ガネントが接近。地面にうつぶせに倒れる彼を、長い爪で串刺しにしようとする。それが背中に刺さるギリギリで雄弥は意識を取り戻し、身体を転がしてどうにかかわしーーきれず、(かす)った左脇腹の肉の一部が抉り取られてしまった。


「うぐああぁああ!!」


 彼は腹を押さえて転げ回る。しかしすぐに我に帰る。恐る恐る上を見ると、手を伸ばせば触れてしまう位置に、鼻息を荒げた怪物のおぞましい顔があった。

 ガネントは口を開け、雄弥を頭から捕食しようとする。口先の牙が身体に届く寸前に、彼はそれを腕で止め、汗と血に塗れながら必死に抵抗しようとする。


「ぬぎぎぎぎぎ……ッ!! く、くそが……!! ふざ、けんなよぉ……ッ!!」


 しかし筋力の差は歴然。徐々にその牙が額に近づく。


「ぐっ……ううぅ……!!」

 

 とうとう、牙の先端が額に触れる。逃れようと頭の向きを変える。その時彼の目に、木の上から傍観しているサザデーの姿が入った。


「お、おい!! 見てねぇで助けろよッ!!」


 助けを求めて声を上げる。しかし彼女は動く気配がない。相も変わらず煙管を吹かし、無表情で雄弥を見つめている。再度雄弥が呼びかけても、全く反応を示さなかった。


「……あ、あの野郎……!! 嘘だろ……ッ!?」


 死んでしまう。何もかもが分からないまま、こんなところで醜い化け物に喰われてしまう。あまりにもあんまりな理不尽である。

 自分を、自分の人生を変えるため、雄弥はこの世界に残ったのだ。しかしまだそのスタートにすら立っていない。いや、スタート地点が何処なのかすら、全く知らぬままなのだ。


 牙が額の皮膚を突き破る。


「……いやだ……」


 頭蓋骨に到達。


「いやだ……!」

 

 めきめきと音が鳴り始める。


「いやだああああぁああぁァァァ!!」



 瞬間。

 雄弥の右腕が突如輝きを帯び、そこから巨大な青白い光線が放たれた。

 それはものの一瞬でガネントの頭部を飲み込み、周囲に大嵐の如き轟音と衝撃波を撒き散らす。地表はめくれ、草花は舞い、木々が根元から激しく揺れる。数秒ののち腕の光は消え、光線は青空のさらに先へと消えていった。



「……ほぉ」


 その光景を見ていたサザデーは、嬉しそうに口元を緩ませるのだった。

 





 ーーえ。


 何が起こったのか。俺の脳は、理解が追いつかない。

 ついさっきまで俺を喰らおうとしていた化け物は今、巨大な口のあった頭部を丸ごと失い、首から真っ青な血を噴水のように吹き出している。しばらくは立ってふらふらとしていたが、やがて仰向けに倒れてしまった。芝生が無くなって剥き出しになった地面に、たちまち青血の水溜りが出来上がる。


「……死ん……だ……?」


 俺は肩で息をしながらもなんとか立ち上がり、状況を整理しようとする。


 ぴちょり。


 ……なんだったんだ。手が光ったと思ったら、こいつの頭が消し飛んだ。あと少しで脳みそを潰されるというところで……。……まさか、あれが魔術……? 発動できたのか? でもなんで、あんな急にーー

 その時、背後で足音が聞こえた。振り返るとサザデーだ。

 

 ぴちょり。


 その姿を見た途端、俺の思考はさっき自分を見捨てようとしたこの女に対する怒りに塗り潰された。


「て、てめぇ……!! いったいどういうつもりだ!? 質問を散々はぐらかして何にも教えないままあんな怪物と戦わせやがって……!! もう少しであのバケモンに頭っから喰われるトコだったんだぞ!?」


 呼吸が苦しいのも忘れて怒鳴り散らす。しかし彼女は黙りっぱなしであり、全く悪びれる様子すらを見せない。


 ぴちょり。


「おい!! 何か喋りやがれこの野郎ッ!!」


 彼女は咥えていた煙管を放し、ふぅ、と白い煙を吐き出す。そしてそれを再び口に咥えながら、俺の右腕を指差して言った。


「……お前それ、痛くないのか」


「はぁ!?」


 まだ話を逸らそうとするのか!? この人でなしめ、どこまでふざけてーー



 ぴちょり。



「……あ、れ」


 その時、俺はやっと右腕の違和感に気づいた。

 重い。腕が重いのだ。肘から下に重りを括り付けられているような気分。それにさっきから聞こえている鬱陶しい音。何かの液体が腕をつたって地面に滴り落ちている。

 嫌な、予感。全身から冷や汗がぶわりと吹き出るのを感じながら、俺は自分の右腕に目を下ろす。


 ……赤い。右腕が真っ赤だ。黒ずんだ赤。これは、血の色だ。


「……あ?」


 一部に白色もある。

 これは骨か? 自分の骨、初めて見た。皮膚と筋肉が裂けて折れた骨が飛び出しており、肘の関節も千切れかけていた。重いのは……このせいだ。


「あ、あ」


 掌はどうだ。

 ……指が4本しかねぇ。どの指が無くなった? ぐちゃぐちゃすぎて分からん。残った指も変な方向に曲がりまくって、指同士でこんがらがってやがる。


「ああああ」


 痛ぇよ。気づいた途端にこれか。見なきゃよかった。そもそもなんで見るまで気づかねぇんだよ、俺。鈍いよ。


「ああ……あ」


 突然雪崩れ込んできた激痛を処理しきれなかった俺の脳は、ぶつりと意識を飛ばした。


 


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