第198話 ジェセリ、発進
穏やかな海が一望できる、堤防の上。
ベルバロム島の東港だ。
鋼鉄の板で覆われた要塞の壁のようなその堤防の上を、2人の見張り番の男が歩いている。彼らはつい先ほどフラムと談笑していた、あの公帝軍兵士たちであった。
「にしても……立派なヒトだよなぁ、フラム様は」
「ああ、あれでまだ20ちょっとなんだろ? 俺らがあれくらいの時は、もっとガキっぽかったよな」
「ホントだよな……あんな若いコに、こんなオッサンが元気づけられるなんてな……」
片方の兵士は、さっきフラムにも見せていた写真を手に持って眺めながらしみじみと口を漏らす。
彼の隣を歩くもう片方の兵士は、遠き地に置いてきた愛する家族に思いを馳せるその動力に対し、肩をポンと叩きながら明るい笑顔を向けた。
「心配すんなって。フラム様も言ってたが、この戦争はすぐに終わる。お前が赤んぼを抱っこできる日も近いさ」
「……ああ、そうだな」
「それによ、この島に来たってのも、悪いコトばっかじゃねぇさ。海はキレイだし、釣りも思う存分できるし。な、そうだろ?」
「だな。たしかに景色は最高だ。今みたいに、朝日出てくるとこがあんなハッキリと見えるもんなぁ」
そんな会話の流れからか、彼ら2人は一緒に、東側の空へと視線を移した。
そこにはやはり、巨大な太陽。まだ身体の下先をほんのわずかに地平線に触れさせている、太陽がある。
「ああ……やっぱりいいな」
「ホントだ。妻や子どもにも見せてやりたーー……ん?」
「? どした?」
「……いや……なんかヘンじゃないか?」
「ヘン? なにが??」
「ほら……見ろよ。なんか、太陽が……デカくなってないか……?」
「は? な、何言ってんだよ? デカく……??」
1人の兵士が突然不審なことを言い出し、もう1人は困惑しながらも再びじっと太陽を見つめる。
太陽。丸くて白い、光の塊。
……その直径が、確かに巨大化していっている。肉眼でハッキリと捉えられるほどに。
「……ホントだ。たしかにデッカくなってってる」
「だろ? やっぱりそうだよな。なんかの天体現象か……?」
「……いや、ていうかよ……? ありゃあ大きくなってるってより……」
こっちに
近づいて
ーー瞬間。
この2人の兵士は自分たちでも気がつかないうちに、青白く眩く光に呑み込まれた。
「う!? うわぁああああぁああーーーッ!!」
熱さ、痛み、視界の暗転。あらゆる苦痛と恐怖が無理矢理に詰め込まれた光。
2人の兵士は叫ぶ。自身らの脳神経が発する悲鳴を、断末魔の雄叫びへと変換する。
やがて彼らの肉体はものの数秒で骨も残さず消滅。その破壊の光はさらに東港全体をすっぽりと覆い尽くし、船、堤防、兵士など、そこにあった全てを灰燼に帰した。
島全体を、地響きと警報が埋め尽くす。ベルバロム島中央の高台にある守備隊本部もたちまち大混乱に陥っていた。
「これはいったい何事だッ!!」
本部棟内の司令室に血相を変えて駆け込んで来たのは、守備隊の責任者と思わしき初老の男。……そしてこの島の最高戦力、〈煉卿〉フラム。
「し、司令!! 東港が壊滅しましたッ!! 駐留艦被害多数!! 迎撃施設も確認できるものは全て機能を失っておりますッ!!」
「なんだとぉッ!? そんなバカな!! 観測手ッ!! 何をしていた!! レーダーを見ていなかったのかッ!!」
「そ、それが、ほんの一瞬で……ッ!! 一瞬だけ魔力の反応を捉えたのですか、その後すぐにロストしてしまって……!! 速すぎたんです!! だ、弾道ミサイルなどといった兵器ではありません……ッ!! これは……魔術!! 魔力に、魔術による攻撃ですッ!!」
「なにィ!? あ……ありえん!! すると何か!? 何者かがレーダーの探知圏外から、魔術を飛ばしてきたというのかッ!?」
「げ、現状ではそうとしか……!!」
「ふざけるな!! 30km以上のロングレンジから、港ひとつ吹き飛ばすほどのパワーをもった攻撃だとッ!? そん、そんなことなど……ッ!!」
司令官は部下たちからの報告を現実として受け止めきれていない。それは報告した部下本人でさえも同じことだろう。
だが、"彼"は違う。この場において彼1人だけは、何が起こったのかを全て理解した。
「…………ヤツだ…………!!」
歯と拳からぎりりと音を鳴らしながら、フラムは忌々しくそう呟く。
「は!? フラム様、なんと!?」
「ヤツだ……こんなことができるのはヤツしかいない……ッ!! ヤツが……来たんだ……ッ!! おのれ……よくも、よくもこんな……ッ!!」
「や、ヤツ……!? ヤツとは!?」
「わからないのか!! これは憲征軍による攻撃だッ!!」
烈火の怒りに顔面を歪ませるフラムは混乱する司令官を一喝すると、そばにいた通信士の席を奪い取り、そこのマイクの回路を開いた。
「あ! ちょっと勝手に……」
「守備隊全軍に告ぐッ!! たった今島の東港が壊滅した!! これは敵からの、憲征軍からの攻撃である!! 猊人どもによる姑息な不意打ちであるッ!! 総員ただちに東港に集結、守りを固めろッ!! 敵は近い!! 人間の誇りに賭け、1人たりとも生かして帰すなァァッ!!」
部下からの諫言も押し除けたフラムはスピーカーを通して島中に檄を飛ばすと、彼自身も司令室から駆け出して行った。殺意の熱気を漏らしすぎるあまり、廊下の壁や床を少しずつ溶かしながら……。
「おのれ……おのれ!! どこまでこの僕に煮湯を飲ませれば気が済むんだッ!! ユウヤ・ナモセぇえええッ!!」
一方、海上の憲征軍。
最大出力で『波動』を撃ち放った雄弥は船首部で床にしゃがみ込み、反動で血まみれになった右手を押さえている。
そして同時に、彼の乗るこの艦の後方から、さっき別れた残りの艦隊が追いついてきた。
「司令!! 後続艦隊、合流しました!!」
「ベルバロム島への損耗達成率、観測可能範囲で、84%ですッ!!」
「よし、上出来だ!! よくやったぞユウヤ・ナモセッ!! これよりフェーズ3始動ッ!! 各艦の飛空隊はただちに出撃!! ジェセリ・トレーソン指揮のもと、作戦行動に入れッ!!」
艦橋から指示により、甲板に乗組員たちが……飛空部隊兵士たちが集まる。
飛空隊とは、飛翔魔術を使える兵で構成された部隊である。彼らみな、甲板に設置されたカタパルトに足を固定し、次々と射出されていく。戦闘機ではなく、ヒトを飛ばすためのカタパルトだ。
そしてその中には、和服の上で無数のアクセサリーをチャラチャラと鳴らすジェセリもいた。
「ジェス、気をつけて……」
「あいよー。お前も、ちゃんとユウの腕治してやってな」
見送りに来てくれたユリンにウィンクしたのち、ジェセリは飛び立った。
朝空を飛翔する飛空部隊兵士は、彼を含め総勢600人あまり。等間隔をとって陣形を展開する彼らの影は、空に浮かぶ黒雲のようにも見える。
「みんな〜! 分かってると思うけど、俺たちはあくまで囮だ! 前に出過ぎるなよ〜ん!」
ベルバロム島を目指すその集団の先頭を飛ぶジェセリは、背後の仲間たちに向かって叫ぶ。
「なぁジェセリ! 今回のこの作戦の発案者はお前だって聞いたんだけど、ホントに大丈夫なのか!?」
「さぁね〜?〈煉卿〉が俺の思った通りの性格なら、うまくいくんじゃない?」
「じゃない? って、お前なぁ……!!」
「おっと、おしゃべりストップだ。……来たぞ」
自身の隣にいた仲間の不安をテキトーにあしらったジェセリは、正面の景色に敵影を捉えた。
まだはるか遠くのベルバロム島から迎撃に打って出てきた、公帝軍兵士たちである。憲征軍側と同じように飛空部隊を展開し、その後方から艦隊が続く。
人影がまだゴマ粒程度にしか視認できないほどの距離があるが、その敵意・殺意はすでに十二分に伝わってきていた。
「さ〜て、やりますか……」
瞳を静かに、しかし鋭く光らせるジェセリは、いよいよ左腰の刀を抜く。
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