第192話 第7支部への命令
公帝軍の宣戦布告から、すでに2ヶ月。
今日のヒニケ地区は天気が悪い。空は灰色の雲で覆い尽くされ、真昼間だというのに薄暗い。ひゅるひゅると吹き込む冷たい風に、木々の枝葉も大きく揺れる。
雄弥は、町はずれの墓地にいた。
強引な皮膚移植を繰り返したことで白、茶、肌色のまだら模様になってしまった顔になんの表情も浮かべぬまま、パーカーのポケットに手を突っ込んで立っている。
この墓地は広い。縦横に整列する墓石の数は、100や200じゃとても足りない。
そんな中で雄弥が見下ろしているのは、その無数のうちでもとりわけ小さな墓石。そこらに落ちているちょっと大きいだけの石を地面に埋め込んだだけ、とすら思えてしまうほどの、簡素な墓だ。
イユ・イデル。
その石に刻まれている、名前である。
「……ユウさん」
そこに、カツ、カツ、という足音を鳴らすユリンがやって来る。左手で杖をつく彼女は吹き荒れる風になびく髪を耳の上に寄せ、イユの墓前から動かない雄弥を静かに呼ぶ。
「……。……ん。……ああユリンか」
雄弥は、自身のすぐ隣に歩み寄ってきた彼女の存在に、少し遅れて気がついた。
「もう1時間もここにいます。風邪ひいちゃいますから、戻りましょう。一昨日やっと回復しきったばかりじゃないですか」
「……1時間? ……そか。どーりで寒ぃワケだ」
雄弥の口調は、暗く重い。それを受け止めるユリンの耳が、鼓膜が、潰されてしまいそうになるほどに。
「悪かった。わざわざ迎えに来させちまって。まだ歩くのも大変なのに」
「んーん、そうでもないですよ」
そう言うとユリンは左脚を上げ、そこの長ズボンの裾をめくって見せる。
……顕になった彼女の左足首から下は、棒状の義足となっていた。
骨と肉の足首は、完全に失くなっていたのだ。
「取り付けて3週間ですから。もうだいぶ慣れました。この杖も明日あたりから使わないようにしてこうと思ってます」
「はは。ジェセリやシフィナ見てっと忘れそうになるけど、やっぱお前も十分イカれてんな……」
雄弥の乾いた笑いは、その場を通過していく風にあっという間にかき消されていく。
「……ユリン」
「? はい……?」
「……あんときはごめん。イユが死んだとき……俺、お前にひでぇクチきいちまった。八つ当たりにもならねぇことを……。……ごめん」
「なに言ってるんです。そんなの全然気にしてませんよ」
「お前のその足だって……俺を庇ったりしなけりゃそんなことには……」
「あなたのせいじゃない。それに私が助けたかったのはあなただけじゃなく、イユさんもです。あなたが謝っちゃったら、天国のイユさんにまで余計な罪悪感を与えることになるでしょ。私のケガは、私の責任です」
「……ッ」
ちょこちょこと火傷の痕を残す顔をにこりと微笑ませるユリン。
しかし、雄弥は到底納得できていない。
顔をうつむかせたまま、薬指を丸ごと失くした右手と、人差し指と小指の先端を欠損した左手をギリギリと握り締める。
『ーーいや。……ユリンじゃない。そうだ、違う。責任があるのは、あるとしたら。……悪いのは……ッ』
「ユリーン!! ユウくーんッ!!」
そこに、新たなお客人が向こうからやってきた。
桃色のマッシュヘアと、ガリ勉メガネ。……タツミ・アルノーである。
「たっつぁん? どうしたんですかそんな慌てて」
自分たちの前まで駆け込んできてぜぇぜぇと息を切らす彼に、ユリンが問う。
「たっつぁんて呼ぶなッ! ああじゃなくて、2人ともすぐ戻って! 総本部から第7支部に、戦域への出撃命令が下りてきた! 今からみんなで緊急会議だッ!」
「!! ……わかりました。ユウさん、急ぎましょう」
「あ、ああ……!」
返ってきた答えに、ユリンと雄弥はすぐさま心を切り替え、墓地を出ていった。
一方、同日同時刻の宮都。
憲征軍総本部施設の廊下を、1人の女性が歩いている。
サザデーではない。彼女と同じくらい高身長だが、彼女よりひとまわり若い女性だ。
「それで? "あーくん"の容体は?」
三つ編みにした青髪ポニーテールを揺らして歩くスーツ姿の彼女は、自身の1歩うしろをついて歩いてきている2人の部下にそう質問する。返答するのは、そのうちの片方。
「は。"ルナハンドロ三位"は今朝、ようやく意識を回復されました。しかし〈剛卿〉との戦闘によるダメージは大きく、むこうしばらくの参戦は見込めないとのことです」
「そう。……あ〜よかった。生きてるならいいのよ。あんな性悪でも、憲征軍にとっては大事な戦力だものね。死んだりしたら困るわ」
それを聞いた青髪の女性は、なんとからからと笑いだした。
そのあまりに不謹慎な物言いに、彼女の背後にいる部下の男たちはドン引き。前にいる彼女に聞こえないよう、2人でヒソヒソと会話する。
「相変わらず容赦無ぇな〜……」
「だな……いくらケンカ別れした元旦那とはいえ、そんな言い方せんでもなぁ……」
「てかそもそも、このヒトの意地の悪さってルナハンドロ三位と大差無いよーな気がするけど……」
「似たモノ同士なんだよ。だから1回は結婚までいっちまったのさ……」
「それ以上余計なこと喋ってるとひっぱたくわよ」
残念。しっかり聞こえてました。
「もももももも申し訳ありません! ルナハンドロ参謀総長!」
「その名字で呼ぶなっつってんでしょ!! ワザとか、ワザとやってんのかアンタたちッ!!」
「は、はいーッ! 申し訳ありません、メノム・テネーペ参謀総長ーッ!」
大慌てで謝る部下たちに、青髪の女性……メノムは、さらにお怒りである。
「し、しかし参謀長……ホントによろしいのですか? 第7支部の前線投入を決めてしまって……」
「そうですよ。第7支部は界境守護の要ではないですか。ただでさえダダ地区の陥落以来、我々憲征軍の戦況は悪化の一途を辿っているのです。その上ここでヒニケの守りを手薄にするというのは、あまりにも……」
「ええ、そうね。確かに私たちはとっくに崖っぷちよ。でもだからこそ、今のうちに打てる手は全て打っておくべきだわ。追い込まれつくしてどうにもならなくなってからでは遅いのよ。ギリギリまでリスクを踏まなければ、この状況は覆せないわ」
「ですが本気なのですか!? "ベルバロム島の攻略作戦"というのは! あそこの守りは鉄壁! 自殺行為です! おまけに現在あそこの守備隊には、敵の最高戦力の一角が控えているのですよ!?」
「くどいわね。"やるしかない"。そう言ってるのよ。それに部下の命にいちいち気ぃ遣っていたら、戦争なんてできないわよ」
メノム・テネーペ。憲征軍 参謀総長。
彼女はすました様子で、あっさりとそう言いきる。
言ってる内容自体は的を得ているものではあるが、なんとも冷徹さを感じずにはいられない。それは部下の男たちにも同じであった。
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