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第191話 筋肉か、大地か




 ーー憲征領、ダダ地区。


 公帝領と陸路で隣接する土地である。

 戦争状態となってしまった今、こんな攻めやすい場所が狙われないハズはなかった。


 ゆえに今日、ここは戦場となった。日の出とともに何千もの公帝軍兵士たちがなだれ込み、攻略に乗り出したのだ。

 

 現状、すでに憲征軍側は壊滅寸前だった。

 猊人(グロイブ)たちは無論必死に応戦した。あらかじめ中央から増援兵を送り込んで守りを固めていたし、兵器も十二分に用意していたのだ。


 しかし、ぜーんぶ無駄だった。なぜならよりによって敵の総大将が、〈剛卿(ごうきょう)〉グドナル・ドルナドルだったからである。


「はッはァーーーッ!!」


 白のチュニックを返り血で真っ赤に染めながら、グドナルは暴れ散らかす。腕の一振りで何十人もの猊人(グロイブ)の肉体を粉々にし、人体をまるでスナック菓子のように握り潰していく。


 彼には何も効かない。魔術も、剣も、銃も、バズーカも、ミサイルも。その上『褒躯(ほうぐ)』を解放し銀色のオーラを纏ってしまえば、もはや彼は災害も同然であった。

 彼を止めれる者も、兵器も、ここには無い。いや……世界中を探しても見つかるのだろうか。


「ぎッ、ぎ……!! ぎぃいがぁああーーーッ!!」


 また1人の憲征軍兵士が死んだ。グドナルに胴体を鷲掴みにされ、雑巾しぼりのように捻られ、胴体をぶちりと真っ二つにちぎられた。


「あァ〜あッ、つまんないの〜ッ! 見渡す限りのゴミ、ゴミ、ゴミ! せっかくギルサナちゃんと派遣先を交換してもらったのに、なーんにも楽しくなァいッ!」


 その死体をポイッと捨てるグドナルはウンザリと愚痴を吐く。


「せめてナガカ国境でやりあったあのコたちみたいなのがいればなぁ〜……。時間の無駄だし、もうこの地区は完全に落ちたし……帰っちゃおっかなぁ」


 『褒躯』はとっくに解除。周囲を猊人(グロイブ)の死体の山に囲まれながら、ぷらぷらと歩きまわるグドナル。

 そんな彼のもとに、白制服を着た部下の兵士たちが歩み寄ってくる。


「グドナルどの! すでにここは陥落したも同然です! 敗残兵の掃討は我々にお任せください!」


「あ、ホント? 飽きてきたしちょうどいいや。じゃああとはキミたちだけで頑張って〜」


「はッ! よォしお前ら!! 敵は1人たりとも生かして返すなッ!! 行くぞォォォ!!」


「おおおおーッ!!」


 1人の号令に続き、大勢の白制服たちが意気軒昂に走り去る。

 彼らは今、"戦おう"としていない。いうなれば"狩り"、あるいは"ゲーム"。勝利を確信しているがゆえの圧倒的な油断がある。


 

「うわあぁあぁあああぁあァァァーーーッ!!」


 ーーだからその直後、彼らは一気に全滅した。



「…………あーん…………!?」


 背後で轟いた部下たちの断末魔に、この場を去りかけていたグドナルはゆらりと振り返る。


 彼の眼に映ったのは、ほんの今言葉を交わしたばかりの部下たちの串刺し死体だった。

 彼らはみな、()()()()()()()巨大な(とげ)に全身を貫かれ、即死していた。数百の兵士たちを一瞬でまとめて葬り去るほどの無数の棘である。

 明らかに魔術。それも、凄まじい規模の力だ。


「……あらあら、あらら……ッ!? なんだよ、いるじゃない……!! まともなのが1人……ッ!!」


 グドナルは笑う。真っ白な歯を剥き出して。もう帰る気なんてさらさら無い。

 

 いつのまにか棘の山の上に、1人の男が立っている。グドナルの視線は、意識は、この者に集中。

 その者こそが、この棘山の術者。他とは比べものにならない大パワーの持ち主。彼はそれをすぐに悟ったのだ。


「……はは!! あーはははは!! いやー危ない危ない!! もう少しで帰っちゃうところだったじゃないか!! ヒトが悪いなぁ、今まで隠れてるなんてさァ!! んで!? ボクのハートを見事に射抜いたキミは、いったい誰なんだいッ!?」


 歓喜の笑いとともに、グドナルはその者に問いかける。


 1本に結われた桜色の長髪。一点の濁りも無いグリーンの瞳。

 女性のように繊細で見麗しい顔に、野獣のような殺気を宿した男……。

 


「慌てるな、クズめ。名前ならあとで教えてやる。貴様のもうひとつの心臓(ハート)を、しっかりと撃ち潰したらな……!」

 


 術の主は最高戦力3番手、アルバノ・ルナハンドロであった。



「ああ…………ッッ♡ イイ……ッ!! キミすごくイイ……ッ!! 格別だ……ッ!! 強さも、人柄も……!! その冷たい瞳をもっと見せておくれ……ッ!! ……ああ……頭が……ふわふわしゅるよぉ……ッ♡」


「…………キモ。死ね。ホントに死ね。今すぐ死ね」


 40近くのゴツいオッサンが、(よだれ)を垂らしながら身体をクネクネ。なんとグロテスクな光景か。

 棘山の上から彼を見下ろすアルバノは胃袋の中身を逆流させかけるほどの不快感をさらなる殺意へと変換。サファイアのように青い魔力を解放し、完全な臨戦態勢へ。


「『展翅開帳(てんしかいちょう)』……"惹耕揚葉(じゃこうあげは)"ッ!!」


 彼が両手を振るったのと同時に、グドナルの足元とその周囲の地面が突然、"砂"と化した。

 今の今まで、かたい土の地面だったのである。そこの構成物が全て、小麦粉よりも小さな砂に変わったのだ。

 これでは液体となんら大差ない。地上にできた、底無し沼である。


「おおうッ!? なんだこりゃ!?」


 驚くグドナルは、たちまちずぶりとその砂沼に沈んでいく。上がろうとして足を動かすも、砂粒が細かすぎて踏ん張れない。

 抵抗の全てを退けられた彼はものの数秒で、頭のてっぺんまで砂の沼に溺れてしまった。

 

『これで少しでも時間を稼ぐ……!! どのみちこの地区はもう放棄するかない!! どうにか、生き残った兵だけでも逃さなければ……!!』

 

 アルバノはこう考えていた。

 彼は今のでグドナルを倒せるとは思っていない。初めて対峙する相手とはいえ、そのくらいのことはすぐ判断できる。


 しかし、〈剛卿(ごうきょう)〉の力は、そんなアルバノの想像すらも遥かに凌駕していた。



 ドンッ、と、地下から黒い影が飛び出す。

 グドナルである。砂沼に呑み込まれてからまだ数十秒しか経っていない。だが、グドナルである。



「!? なに!? 脱出した!? どうやって!?」


「こーいう……ことさァァァ!!」


 空中にまで高く飛び上がっているグドナルは、愕然とするアルバノに向けて、口から大量の何かを吐き出した。

 それは、砂であった。何百、何千リットルと知れない量の砂を、腹の中に含んでいた。彼はその全てを吐き出したのだ。


「ちィッ!!」


 空中から降り注ぐ砂並は、滝壺を急降下する水流のよう。アルバノはすぐさまその場を飛び退き、これを回避する。


『バケモノめ……!! 自分を溺れさせようとする砂を、逆に全部飲んでしまったというのか!!』


 この吐き出された砂が答えなのだ。アルバノは避けながら、グドナルの脱出方法を理解した。

 要は、『水の中で溺れたく無いのなら、水そのものを無くしちゃえばいい』ということ。グドナルはあまりにも強靭な自身の胃袋に全ての砂を詰め込むことで、自分を引きずりこもうとする底無し沼を丸ごと消してしまったのである。


「逃げんなよォ!! もともとキミの術で作った砂じゃぁああんッ!!」


 地上に着地したグドナルは『褒躯』の銀オーラを解放し、後退するアルバノへと突撃。あまりのスピードにより一瞬で彼との間合いを削り、破滅の筋肉でもって襲いかかった。


「"御児痩摩(おにやんま)"ッ!!」


 アルバノはすかさず次の術を発動。土や草木で構築された巨大な2本腕を地面から生やし、これを迎え撃つ。


 グドナルは拳骨を打ち出す。

 アルバノも"御児痩摩(おにやんま)"のうちの1本で殴りかかる。


 常人の何倍も太い肉腕と、それよりもっとビッグサイズな土の腕。やがてこの両者が、正面から激突した。


「どぇああぁああああぁああァァァ!!」


「ぬぅうぁああああああああッ!!」


 互いの拳骨がぶつかった瞬間、周囲半径数百メートルに渡って真夏の台風のような衝撃波が拡散。あまりの風圧に、地表がめくれ上がってその下の岩盤が丸見えになってしまう。


 小細工なしのパワー比べ。


 勝敗は……互角であった。


「おぅうッ!!」


「ぐうッ!!」


 互いの力が拮抗していたことで、グドナルは打ち込んだ腕を大きく弾かれ、アルバノは"御児痩摩(おにやんま)"を破壊される。


「はは……ははははははッ!! サイッコーだ!! もう確信した!! キミならできるッ!! キミなら、ボクに"痛み"を与えられる!! キミはボクの女王様になれるんだァァァッ!!」


 狂喜するグドナルは、さらに大きな銀のオーラを解放。同時にその場から姿を消し、いつのまにかアルバノの眼と鼻の先にまで移動していた。


『!! 速いッ!!』


 いよいよテレポートと勘違いするほどのそのスピードには、さすがのアルバノといえど反応が遅れた。回避を試みるも間に合わすことができず、頭上から振り下ろされた鉄拳に(ひたい)(かす)らせてしまう。

 わずかに触れただけとはいえ、その攻撃は世界一のパワーの持ち主からのものである。アルバノは(ひたい)の肉を抉られ、噴き出した鮮血で顔を濡らす。


「お……のれッ!!」


 怯みながらもただではやられんと、彼は残った1本の"御児痩摩(おにやんま)でグドナルに掴みかかる。

 しかしグドナル、これを一蹴りのもとに粉砕。そのままバラバラになった土塊(つちくれ)の破片の中をかいくぐると、アルバノの土手っ腹に一際強烈な右正拳突きを見舞った。


「せいりゃーーーッ!!」


「ご……………………ッッ!!」


 聞こえてきた音は、ぼきり、と、ぐちゃ。つまり骨折と内臓破裂。

 身体を"くの字"にひん曲げられたアルバノはその軌跡が視認できないほどのスピードでブッ飛ばされていく。


「はっはっは!! ちゃんと帰ってきてねー!? まだまだ終わってもらっちゃ困るーー……おろ?」


 遥か遠くへとスッ飛んでいくアルバノに余裕たっぷりのセリフを吐きかけていたグドナルは、そこで気づいた。

 たった今拳骨をブチかました自身の右腕に、太い植物の(つる)のようなモノが1本、巻きついているのを。


 その(つる)は、向こうに飛んでいくアルバノの手から伸びていた。彼の腕はいつのまにか、アルバノと繋がっていたのだ。


「……帰る……!? 違うな、マヌケめ……!! 貴様が来るんだッ!!」


 すかさず、殴り飛ばされている最中のアルバノが、自身とグドナルを連結するその(つる)を思いっきり引っ張った。


「うぃいいッ!?」


 すっかり気を抜いていたグドナルは抵抗することもできず、体重200キロを超える巨体を猛スピードでアルバノのもとへと引き寄せられていく。

 フッ飛ばされていたアルバノ、この時点で姿勢を整えて着地し、しなやかな右腕の筋肉をボゴリと膨張。それでもって、自身の射程に連れ込んだグドナルの顔面にこれまた1発の超重量パンチを炸裂させた。


 その細腕からは想像だにできない、隕石落下のごとき殴打により、殴り倒されたグドナルは真下の地面に頭丸ごとを深々とめり込ませる。

 だがやはり、無傷かつノーダメージ。彼はすぐに首から上を地中から引き起こす。


「……ダメか……やはり……!」


 試みの失敗を悟ったアルバノは1度彼から離れた位置に飛び退いた。


「ぶふぁあッ!! いやァユニーク……ッ!! キミはじつに、ユニークな戦い方をする!! 戦えば戦うほどにどんどん愛しさが増してくる!! キミのような相手は初めてだよ、ホントッ!!」


「……いや参ったね。そのむさ苦しい顔をもっと不細工(ぶさいく)にしてやろうと思ったんだが。出血どころか、アザすらできないのか……」


 口の中に入った泥を吐き捨てながら子どものようにはしゃぐグドナル。対して片手で腹部を押さえながら血反吐を漏らすアルバノは、とうとうらしくない弱音まで呟いてしまう。


「…………ちッ」


 それでも、



「こんな変態なんぞに使ってやりたくはないが……」


「……しかたない」


 

 彼はまだ、負けるつもりは皆無。

 アルバノはエメラルドのようなその瞳をギラリと光らせると、両手の指を胸の前で合わせて印を結んだ。



 展翅開帳(てんしかいちょう)(じゅつ)ーー


 " 壊奥(かいおう) 挫厄病繭(くじゃくやまゆ) "



 瞬間、彼の全身から火山噴火のごとき勢いで(あお)き魔力が解放される。

 それはあまりの巨大ゆえに天まで届き、そこに浮かんでいた雲を貫通、ぽっかりと穴をこしらえ、隠れていた青空を露わにさせた。


「!! ……ああ、そうだよねェ……!! あんなのが本気なワケないよねぇえ!! いいぞォッ!! だったらコッチもフルパワーだーーーッ!!」


 その姿を見せつけられては、グドナルもいよいよ興奮MAX。彼も銀の魔力を全開である。その大きさはアルバノとほぼ同等。


 蒼と、銀。2つの魔力が全力で対峙する。

 もはやここは何者も立ち入ることを許さない、彼らだけの空間となっていた。

 



 ーーグドナル vs アルバノ。日暮れまで続いたこの戦いは、結局決着がつかなかった。

 

 アルバノ到着時点ですでに手遅れだったダダ地区はこの日公帝軍に完全占領され、これによって戦局は一気に人間側へと傾くこととなった。

 が、2人の戦いの余波によって土地は再生不可能のレベルにまで破壊し尽くされてしまったため、ダダ地区の経済的価値はほぼ喪失。憲征軍側にとっては、せめてもの救いである。

 



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