第18話 狂える少女
「まったくもう、ケンカっ早いのは治りませんねユウさん」
「だ、だあってよぉ、アイツが……」
「だってじゃないの。あんな人と同じ土俵に立ってどーするんですか」
「わ、わかったよ……悪かったな」
ユリンのお叱りはごもっとも。要は大人になれっつーありふれた説教。……が、どーも納得はいかない。
俺と一緒に彼女に怒られたあのモヒカン男は最後まで挙動がおかしなままだった。ユリンが来た途端に急に静かになり、かと思えばあたりをきょろきょろ。挙げ句の果てに、
「……あ? なんだここ。俺、何してんだ……?」
と、ぽかんとした様子で呟き、その後すぐにどこかへと行ってしまった。あんなメチャクチャに喚き散らかしてすっとぼけて逃げるとはなんてヤローだ。
「まぁ……手を出さなかっただけよしとしますか」
「そーだそーだ、よくガマンしたと褒めてくれマジで。……あの、それはそーとユリン」
「はい?」
「いったいここはどこで、いつになったら孤児院に着くんだ?」
「も、もうすぐそこです! えーっと、今いるところが……」
俺たちは今、街道から離れた人気の無い林道に入り、目的地を目指して歩いているところだ。……40分近くも迷いながら。
「あ! ここですよここ! ここを曲がったらすぐです!」
地図を持ったユリンがはしゃぎ気味に話す。
「……ホントだろーね」
「本当です! 今度こそ間違いないです!」
「そのセリフを聞いたのは多分4、5回目だと思うんだけども……」
「こ、今回が最後です! もう大丈夫です!」
うーん、なぜなんだ。駅員に道を聞いたはずなのになぜ迷う。ここまでひどい方向オンチも珍しい。
疑い半分のままユリンに先導され、道を曲がるとーー
「……あ」
あった。林の中の、ひらけた空間。そこにサザデーさんに見せてもらった写真と同じ、白い建物があった。連続失踪事件の被害者である子供たちがいるという孤児院だ。
「ほら! 言ったでしょう?」
これまで散々間違えまくっておきながら、ユリンはなぜか得意げな顔を見せる。
「あ、ああ。そうね……」
もうなんでもいいや、疲れたし。着けばいいのよ、着けばね。
「こんにちはー、連絡した軍の者でーす」
キンコン、と、玄関にある呼び鈴を鳴らしながら、ユリンが声を上げる。すると中からすぐにパタパタと音が聞こえ、二枚扉の片方がガチャリと開いた。
「やあやあ、お待たせ致しました」
出てきたのは1人の老人男性。
「サザデー・ネーダの使いで参りました、ユリン・ユランフルグと申します」
ユリンがぺこりと頭を下げたので、俺も慌ててそれに続く。
「おお、遠路はるばるようこそおいでくださいました。お待ちしておりましたぞ」
「ごめんなさい、遅くなりまして……」
「構いません構いません、年寄りは気が長いのでね。あ、私はここの院長を務めております、バイラン・バニラガンと申します」
老人はそう言うと、丁寧にお辞儀をする。
ふさふさとした白髪頭で、顔に年相応のシワをつくっている。身長は160弱、少々痩せ気味の男だ。
服は全身真っ白で、その形は俺のもといた世界でカトリック教会などの聖職者の平服として採用されているキャソックと呼ばれるものによく似ている。
ここまではいい。が、ひとつだけ気になる点があった。この人は茶色い瞳をしているのだが、それがどこか濁っているように見えるのだ。おまけに焦点が俺たちにまるで合っていない。
……目が見えていないのか?
「さ、どうぞお入りください」
バイラン、と名乗ったその老人に促され、俺とユリンは玄関の扉をくぐった。
施設内も実に綺麗だった。最低限の家具や物しか置かれていない、シンプルな空間が続いている。
バイランさんについていく形で廊下を歩いていると、窓から外に庭があるのが見えた。
そこには、5、6歳ほどの子供たちが10人ほど集まっており、きゃっきゃと楽しそうに遊んでいる。なんてことのない光景のはずなのだが、その遊び方は明らかにおかしい。
1人の子が手から水を出して目の前の子をずぶ濡れにしたかと思うと、今度はその子がお返しとばかりに、地面から細い蔓を生やして相手の子をそれでくすぐり始める。
魔術を使って遊んでいる、という解釈でいいのだろうか。新鮮というか、奇抜というか……とにかく、妙にしっくりこない光景だ。この世界じゃ当たり前のことなのかもしれないが。
「楽しそうですね」
俺の隣を歩くユリンがそう言うと、前のバイランさんが口を開く。
「……あの子供たちは全員、今回の連続失踪事件の被害者なのです」
「え!?」
俺とユリンは同時に声を上げた。冗談じゃない、そんなことがあるのか!?
再び庭に目を向ける。子供たちは全員、笑顔だ。明るく無邪気ないい笑顔なのだ。ある日突然親がいなくなったことへの悲しみ、恐怖、孤独感。そんなものが誰からも一切感じられない。
そこには違和感がまるで存在しない。それが、俺たちに強烈な違和感を覚えさせた。
「子供たちが、事件当時のことも含め両親についての記憶を失っているというのは、本当なんですね……」
ユリンが、悲しみとも怒りとも取れる表情を見せながら呟く。
「ええ……ひどい話です。いったい誰がそんなことをしたのか……」
バイランさんもやるせないといった口調だ。
俺も2人と同じ気分だった。モヤモヤする。心の中に、ものすごく嫌なものがごうごうと渦巻くのを感じる。
すると急にバイランさんが立ち止まって振り向き、俺に顔を向けた。が、その瞳はやはり俺を見ていない。
「ところでお聞きするのを忘れていたのですが、あなたはどちら様で?」
「あ、菜藻……じゃなかった、ユウヤ・ナモセといいます。まだ訓練兵なんですが、サザデーさんに今後のために付いていくよう言われまして……」
「おお、そうなのですか。ご立派ですな。軍の訓練というのはやはりきついでしょう?」
「あ、はい、まぁ……」
「しかしご無理だけはなさらぬようにね。未来ある若者なんですから」
「あ、ありがとうございます」
目を細めてにっこりと笑うバイランさんの言葉に、俺は照れ臭い気持ちになる。その物腰柔らかな佇まいはどこかユリンと似ているものがあった。
「それともうひとつよろしいですかな? 失礼ですがあなたのその目……ご病気かなにかで?」
「え」
そうだ、俺サングラスしっぱなしだった。すげぇ失礼なことしてるな。
「あ、えーっと……」
「はい、そうなんです。彼は電気性眼炎にかかっておりまして、紫外線遮断のためにサングラスをつけています。失礼は重々承知ではありますが、どうかこのままで……」
「へ?」
俺が答えあぐねていると、わきからユリンがそんなことを言い出した。いや、なんでそんなウソつくのよ。
俺ももうだいたい分かっている。このサングラスは俺の黒い瞳を隠すためのものだ。この世界に転移して1年が経つが、街に行ってみても俺と同じ色の瞳を持った者が誰もいなかったのだ。つまり俺の黒い瞳を周りの人々に見られるとまずい、ってことだ。
だがその理由はさっぱり分からない。ユリンに聞いても訓練が終わったら教えるの一辺倒だったし。
「ああいや、全然構いませんよ。そうだったのですか」
信じちゃったよ! くそぅ、何でこんな余計な後ろめたさを感じなきゃいけないんだ!
「それにむしろ、その方が良いのです」
え?
「良い、って? どういうことですか?」
俺が思ったのと同じことをユリンが聞く。
「サザデー殿からお聞きしていると思いますが、今回の事件の被害に遭った子供たちの中で1人だけ、事件当時の記憶を持っているであろう子がおります。今はその子がいる部屋に向かっているところです」
バイランさんは前を向いたまま説明する。
「その子は常に何かに怯えた状態でしてね。布団にくるまって震えてばかりで、話しかけても全く喋らないのです。それだけならまだいいのですが……その子はあるものを見た途端、ひどく錯乱しだすのです」
「あること……?」
俺が聞き返すと、バイランさんは再びこちらに振り向いた。
「眼、です」
「は? 眼?」
「はい。その子は他人と眼を合わせた瞬間に発狂するのです。手がつけられないほどに……」
……なんだ、それは。
俺が訝しんでいると、ユリンが察したように口を開く。
「……つまりその子の恐怖の根源は、眼であると」
「はい、おそらくは」
「事件の時、その子は誰かの眼を見た。それがトラウマになっている。ということは、この事件を解決する糸口はその『眼』にありそうですね」
「だといいのですが……あ、ここです。この部屋です」
話していると、バイランさんが足を止めた。
そこにあったのは青い扉。鍵が3つもつけられている厳重仕様だ。
「ユウヤさんはもう大丈夫ですが、ユリンさん、あなたもこれを」
彼はポケットからサングラスを出してユリンに渡し、俺たち2人に釘を刺す。
「いいですな、部屋に入っている間は絶対に、サングラスを取らないでください。その子に眼を見せてはなりません」
そして扉の鍵穴に鍵を挿し、3つ、ガチャリと回した。
入った途端、俺は絶句した。
中は薄暗く、少し冷んやりとしている。広さは8畳ほどだろうか。危険行為を避けるためなのか、ここにはベッドしか物が置かれていない。
そしてそこにーーその子はいた。
4、5歳ほどの女の子だ。だがその姿は見るに耐えないものだった。
蒲公英色の髪の毛はボサボサで、桃色の瞳は落ち窪んでいる。腕も足もガリガリだ。
「名前は、エミィ・アンダーアレン。今回の事件で4番目の被害に遭った者です」
扉をバタンと閉めながら、バイランさんが話す。
エミィというその子はベッドの上で膝を抱えて座り込んでおり、その小さなを身体小刻みに震わせている。歯もカチカチと音を立てている。また、俺たちが入ってきたというのに何の反応も示さない。
ただ、震えるばかりであった。
「……ッ!」
こんな小さな子供が……こんな……。
言葉が見つからない。それほどに非道い光景だった。不憫、憐れ、同情……断じて違う。もっとだ。俺は今、もっと悲しく、もっと胸糞の悪いものを感じている。
ユリンも同じなのだろう。これまでに見たことのないほどに顔をしかめていた。
しかしすぐに柔らかな笑顔をつくる。そしてその子に近づき、優しく話しかけた。
「こんにちは、エミィちゃん。私はユリン。よろしくね」
ーーエミィ・アンダーアレンは、ユリンのほうにちらりと視線を向ける。
だが、返事はしない。それ以外の反応は返さない。それからもユリンは何度か質問をしていたが、結果は変わらずだった。
「……耳が聴こえていない、とかではないんですよね……」
「はい、それは確認済みです」
俺の問いにバイランさんはすぐさま答える。
ーーその時。
「せんせー! いるー?」
俺の背後で扉がガチャリと開き、そこから5人の子供が入ってきた。さっき庭で遊んでいた子たちだ。
「こ、こら! ここには入っちゃだめだと言ったろう!?」
バイランさんは大慌てで彼らを静止する。……しかし。どうやら、遅かった。
見ていたのだ、扉のほうを。そこから入ってきた子供たちを。彼らの瞳を。
ベッドの上のエミィが、見てしまっていたのだ。
「……ア」
声だ。エミィが初めて声を発した。だが俺にも分かる。これは、まずい。
「ア、ア、ア」
エミィはその窪んだ目を見開き、顔をどんどん歪ませていく。
「君たち! 早くここから出てーー」
「ギャアアアアアアアアアアアアァアアアアアーッ!!」
子供たちを遠ざけようとした俺の思いも虚しく。
少女の悲痛な絶叫が、その場にいた者たちの鼓膜を激しく抉った。
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