第171話 交渉合戦
「ーーアイツらの上陸を認めよう。こっちとしても、分からねぇことが多すぎる。公帝軍の知ってることを可能な限り聞き出して、状況を整理してかにゃあな……」
支部長ジェセリのその判断により、フラム麾下の公帝軍使者はヒニケ地区への上陸を許可された。
派遣された使者はたったの7名。フラムを含めた他の公帝軍兵士たちは戦艦マルデゥクに乗船したまま海上で待機し、使者たちのみ、小型艇に乗り換えて上陸を果たす。
憲征軍側の窓口として対応するのは、ジェセリ,シフィナ,タツミの3人。
かくして両軍の代表は、バルダン海岸防衛砦の応接室にて、接見することとなった。
「ーーで? アンタたちこんなところまで何しに来たワケ? その……"ユウヤ・ナモセ"と"イユ・イデル"について、何を話したいのかしら」
机を挟む形で向かい合って座る公帝軍使者たちに対し、シフィナは腕組み・足組みをして思いっきりふんぞりかえりながらハナシを切り出す。そのあまりに怖いもの知らずな態度に、彼女の右隣に座るタツミはハラハラしっぱなしだった。
「……単刀直入に申し上げましょう。我々の要求はただひとつ。ユウヤ・ナモセとイユ・イデル。この2人を、我々に引き渡していただきたいのです」
彼女の問に答えたのは、公帝軍使者の代表の男。右眼にルーペをつけて黒スーツをビシッと着こなす、高貴な気品を漂わせる30代前後の男性である。
「へぇ……引き渡す? その2人を? なぜそんなことをあたしたちに?」
「無論、その2人の人物が、現在あなたがた第7支部の庇護下にあるという情報を得たからですよ。……まず失礼ですが、あなたは……シフィナ・ソニラ様でありますね? ユウヤ・ナモセとともにナガカ国境付近で〈剛卿〉グドナル・ドルナドルと交戦なさったお方に、間違いありませんね?」
「!! ……ちッ、なるほどね。それでユウのヤツがあたしの……第7支部の仲間だって当たりをつけたワケね」
「お話が滞りなく、幸いでございます」
「じゃあなんでアンタたち、ユウを欲しがってるのかしら。その理由を聞かせてもらいたいわね」
「ユウヤ・ナモセ……そしてイユ・イデル。この両名には、公帝領マヨシー地区を攻撃し、その住民全てを虐殺したという、悍ましい疑惑があるのです」
『! マヨシー……たしか、ユウがイユちゃんに助けられてしばらく滞在したっていう……』
シフィナは使者の話を聞いてすぐに雄弥の言っていたことを思い出す。口には出さないが、彼女の両隣のジェセリとタツミも、察しをつけた表情になっていた。
「公帝陛下の治むる土地とその臣民にそこまで非道な仕打ちをされたとあっては、我々とて静動に徹するわけには参りませぬ。そして、人間であるユウヤ・ナモセを……公帝領民を、公帝が定めた法のもとに裁くのは至極当然、合理的なことであります」
「ゆえに我々は、我々の国家に仇為した反逆者である彼らを連行し、我々の定めた司法によって取り調べ、裁きをくだす……それを"強く"望んでおります」
「……お分かりですかな? 我々には、あなたがたと一戦交えることになろうともこの要求を貫こうという"覚悟"と"準備"があるということです。そして、ユウヤ・ナモセが憲征軍の一員である事実は、もはや言い逃れも叶いません。どうか……慎重に、懸命なご判断を……」
代表の男の表情は変わらない。口調も至って穏やかなもの。
だが、その言葉の裏に隠れた圧力は、とっくに紳士などではなかった。彼は今、自分が"脅迫"をしているということを完全に自覚している。その上で、それをシフィナたちにぶつけているのだ。
彼の強固な姿勢に、タツミどころかシフィナすらも言葉に詰まってしまう。確かにもう雄弥が憲征軍兵士であることはゴマかしようがない。
しばらく、沈黙が続いた。そのうち公帝軍使者の中には自分たちの優位を確信してニヤニヤする者まで現れ始めていく。
ーーその時。
「じゃ、戸籍を見せてくれ」
ここまでずっと黙っていたジェセリが、その口を開いた。
「……なに? ……なんですって?」
代表の男は唐突のあまり、彼の言葉を聞き逃す。
「ユウの戸籍だよ。あるんでしょ? 出してくれ、今すぐ。この机の上によ」
「は……? ユウヤ・ナモセの……戸籍……?」
しかし聞こえても、その内容は理解できないようだ。
困惑する彼に対し、ジェセリはいつもの澄ました様子で堂々と話を続けていく。
「いやいや、アンタがさっき言ったんでしょ? 『公帝領民を公帝が定めた法のもとに裁くのは至極当然で、合理的なことだ』、って。そりゃあその通り。俺だってそう思う、大賛成だよ」
「ただよ〜? それがアンタの言い分なら、このユウヤ・ナモセが公帝領土のどこの出身で、どこに籍を置いているのか、もしくは置いていたのか。アンタらはそのことを、もちろん証明できるんだよな?」
「!! …………ぐ…………!」
代表の男の顔色が、変わった。
「"人間"であることと公帝領民であることは、別にイコールでもなんでもない。つまり、ユウヤ・ナモセが公帝の支配下にある人物であることを証明できなければ、アンタの理屈は通らない。俺らがユウのヤツを引き渡す道理も無い。そーだろ? ……さ! 早く見せてくれ。ユウが、アンタら"人間"の法で裁かれるべきだという、根拠をさ」
…………何も答えなかった。使者たちの誰1人として、ジェセリのその要求に答える者は出てこなかった。7人全員が、バツが悪そうに顔をうつむかせているのだ。
「……そもそもよ。アンタら、そのマヨシー地区の襲撃をやったのはユウヤ・ナモセだ、……っていうことへの根拠も、まだ見つけられてねーんだろ?」
「だから、問答無用で俺たちに攻め込むんじゃなくて、こんなメンドーなお喋りの場をわざわざ設けさせた。ユウが俺たちの仲間であることを突き止めたのはいいが、だからこそ、確信が無いうちは大っぴらな行動には出れなかった。そーだろ?」
「その虐殺とやらをユウがやったという証拠も、アイツをアンタらの手元に置くべきだという主張の根拠も無い。……悪ーけどよ、これじゃあちょ〜っとハナシにならにゃいねぇ?」
追撃を加えていくジェセリはいつも通り、終始にこやか。だがその笑顔からは、使者たちの脅しに真っ向から挑もうという頑強な意志が発せられている。
『……こッ……こ、このガキィィ〜……ッ!! 小癪な目敏さを……ッ!! そ、それに……なんと肝の太い……ッ!! こんな20にもならん小僧が……!!』
代表の男も表情こそ動かさなかったが、その内心はとっくに憤慨の嵐。……同時に、自身の眼の前に座るこの若き支部長への、圧倒的な畏怖と驚嘆を感じていた。
そして結局そのまま、ジェセリの要求に応じる者は現れなかった。
「……よしッ! 終わりーッ! ささ、皆さんどーぞお気をつけてお帰りくださ〜い」
ジェセリはパンッ、と手を叩き、軽〜いノリでその場を締めに入る。シフィナはそんな彼を頼もしそうに見つめ、タツミは緊張が解けて座ったままへにゃへにゃになる。
……が。
「…………待て…………ッ!!」
追い詰められていたはずの代表の男が最後の抵抗に乗り出した。
「イユ・イデルだ……!! イユ・イデルは……別だッ!!」
「……あん?」
ジェセリはわざとらしく、何も分かっていないフリをする。
「イユ・イデルはれっきとしたマヨシー地区の住人……公帝陛下によって治むるる民の1人だ!! この女ならば、私の主張する正当性の範囲!! 勝手に幕を下ろされては困る……!! イユ・イデルだ!! こやつだけは、絶対に渡してもらおうッ!!」
代表の男は、もう感情を隠してはいなかった。ルーペの奥の瞳を真っ赤に充血させ、ジェセリを睨みつけていた。
「……うぅ〜ん……だから、なんでそれを俺らに頼むのかなぁ? ユウヤ・ナモセは確かに憲征軍兵士だ……。でもそのイユ・イデルってコは違うと思うぜ? 少なくとも俺は知らないねぇ。そんな兵士がいるなんて……」
イユ・イデルという"人物"自体を知らない、とは言わないジェセリ。
彼はウソはつかない。ウソが、交渉の場の駆け引きにおける何よりの愚策であることを、知っているからだ。
するとはちきれんばかりの怒りをガマンしていた代表の男の表情に、再び余裕が戻り始める。
「……兵士……? 兵士……。ふふふ……そう、兵士ではない……。イユ・イデルは兵士ではない。兵士ではなくーー」
そう言いながら彼は自身の隣に座っていた部下からA4サイズの茶封筒を受け取り、その中身を机の上にバラ撒いてジェセリたちに見せつけた。
「ここヒニケ第7支部 兵士寮の、寮務員として働いている……!! そうだろう!!」
……封筒に入っていたのは、何枚もの写真だった。
その全てに写っていたのは、イユ・イデルの姿。雄弥たちが生活する寮で汗水垂らして働くイユの姿が、はっきりと写されていたのである。何枚も、何枚も、何枚も。
「は……ッ!?」
「な、なんで……!! アンタら……どこでこんなモノを……!?」
かすかにすらも想像しなかった事態に、シフィナとタツミは絶句。ジェセリでさえこれは予想外だったのか、彼は写真を見ながら片眉をわずかに震わせていた。
「言ったはずだ……!! 情報を得たからここに来た、と……!! お前たちのもとにこの混血の娘がいることは分かっているのだ……!! とぼけようなどと、思ってくれるなよ……ッ!!」
「…………たまげたな。さすがにこりゃびっくり。しかしアンタら……これをどこで手に入れた? いつ、どこで、どうやって……?」
「匿名の情報提供があった、とだけ教えておいてやろう……ふふふ……」
ジェセリの質問は当然のごとくはぐらかされる。
……その間、彼の隣で写真を確認していたシフィナが、妙なことに気がついた。
『……!? これ……この写真……寮の中で撮られたものばかりじゃない……!』
イユが写るその写真の背景の景色は全て、兵士寮の中のものばかりだったのだ。玄関、食堂、大浴場など……。外で撮影されたものが1枚も無い。
そしてシフィナは、さらなる違和感を見つける。
『この写真……"距離"が近すぎる。被写体のイユちゃんとの"距離"が、あまりにも近すぎるわ』
『この写真を撮ったヤツは、隠れていない……! ドアの影だとか、天井からだとか……そんなコソコソとした盗撮はしていない! 写真を撮ったこと自体には気がつかれていないけど、彼女のすぐそばに堂々と姿を見せている!』
『……つまり……ま、まさかこれは……!!』
兵士寮の中に入れるのは、そこに住む兵士と寮務員だけ。
そしてイユを撮影した人物というのは、寮で働く彼女に対し堂々と接近できる者。彼女に自分の存在を発見されることを、まったく恐れる必要が無い者。
これらから、シフィナが導き出した結論とはーー
『……この写真を撮ったのは……あたしたちの仲間!? 第7支部兵士とその関係者のうちの誰かが、イユちゃんを盗撮し、写真を公帝軍に送りつけた……ッ!? 彼女がここにいることを、敵に知らせるために……!!』
裏切り者がいる。第7支部の中に、敵に情報を流した内通者がいる。
到底信じがたい。信じたくない。しかしこれ以外に可能性は無い。
シフィナは無意識のうちに、自身の両隣に座るジェセリとタツミを、青ざめた瞳でチラチラと眺めた。それは果たして、彼らに対する疑惑のあらわれであったのか……。
兎にも角にも、ここまで確固たる証拠を突きつけられたのでは弁明の余地は無い。
ジェセリたちはイユの引き渡しを拒否することはできず、『総本部と協議した上で結論を出す』としてこの場をやり過ごすのが精一杯であった。
かくして第7支部と公帝軍使者との接見は、一時終了となった。
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