第167話 ユリンの力の本質
「はあ!? ザナタイトが出たァ!?」
オーパルが討伐された後、遅れてシフィナがみんなと合流した。
ユリンからの状況説明を受けた彼女は仰天。そしてすぐさま、沸騰する怒りによってこめかみに太い血管をビキビキと浮かばせる。
「く、クソが……ッ!! 1ヶ月前あたしの留守中の街で散々暴れた挙句、ついにこのあたしの城にまで手ェ出しやがって……!! 殺すッ!! ブチ殺してやる!! ユリン、どこ!? そのクソッタレはどこ行ったのッ!!」
「それが……自分の術にユウさんを巻き込んで、どこかに消えちゃったの。多分、前にセレニィさんが見たのと同じ術だと思うんだけど……」
「……異次元の狭間……亜空間への転送、ってやつかいなぁ? ユウが言ってたやつだな。ていうか、あの、シフィナちゃん? いつからここはお前のお城になったんだい?」
怒髪衝天のシフィナ、口調はしっかりしているが意識がどこか上の空のユリン、そして、1人だけ変わらずすました様子のジェセリ。
他の兵士たちが焼け落ちた寮務員棟の瓦礫の中でイユの捜索に躍起になっている中、彼らは敷地の隅っこに集まって3人だけで話をしていた。
「ジョーダンじゃないわ!! 雄弥1人に任せてらんないわよ!! さっさと助けにいかないと!!」
「まーまー落ち着けって。だいたい助けに行くにしても、敵の術の特性も原理も分からねぇんじゃどーしよーもねぇでしょ。ーーそれよりよ、」
シフィナを軽く諫めたジェセリは、同僚の兵士たちがわらわらと群がっている寮務員棟の焼け跡にちらりと視線を移した。
「俺が気になんのはさぁ……なぁ〜んでイユちゃん1人だけがいまだに見つかんねーのかな、ってことなんだよな〜……」
「……なによ。アンタ、まだあのコのこと疑ってたの?」
「いんや、まぁ……疑ってたっつーかなんつーかね……」
ジェセリは態度を濁しながら、星明かりに煌めく金髪をぽりぽりとかく。
「考えすぎじゃない? 前にあのコとお風呂でおしゃべりしたけど、特に敵意も悪意もなにも感じなかったわよ」
「いやね? 俺のカン違いならそれでいいのよ。……たださっき たっつぁん たちに調べさせたら、どーも寮務員棟の火はイユちゃんの住んでた部屋あたりから発生した可能性が高いらしくてさぁ……」
「! ……まさか……あのコが起こしたっていうの……!? この騒ぎを……!」
「さぁ〜そこまでは。混血児は生まれつきの体質で、体内に魔力を全く持っていないからな……。魔術も無しにあそこまで大規模な火災を起こせるかっつーと疑問が残る部分もある。……あるいは単に、あのザナタイトの協力者、ってこともあり得るがよ」
ジェセリは口元こそにこやかだが、身体から発している空気はそれとは正反対。近づいただけで怪我をしそうなほど、鋭利で刺々しい雰囲気である。
「……あーあッ! それもザナタイトさんをとっ捕まえて聞き出さなきゃ分かんないなーッ! どーにかなんないかしら〜ッ!」
だがそれをあからさまな態度にはしない。彼は腕をぐいーッ、と伸ばしながら、あくまで明朗に振る舞うのだった。
その態度が表面的なものに過ぎないことを知ってか知らずか、シフィナは彼に物憂げなため息を返す。
「あ、の、ねぇ!! アンタが言ったんでしょ!? 亜空間だかなんだかにコソコソ隠れてるヤツを追跡するのは無理だって!!」
「あはは〜そーだよねぇ〜。どーしよーねぇ?」
2人の会話のテンションはどこまでも、とことん噛み合わないままであった。
……その時。
「ーーできるかも……」
ここまでずっと黙って何かを考え込んでいたユリンが、ようやく口を開いた。
「え? ユリン? 今なんて?」
「……できるかもしれない。ザナタイトの……ユウさんのところに、行くことが……」
「ほん……? ど、どーゆーことなのでしょーか……?」
シフィナもジェセリも眼をぱちくり。
当のユリンは彼らの困惑などお構いなしに、まるで何かの呪文でも唱えるかのように話を続けていく。
「ーー2人には、前に教えたことあるよね。私の"慈䜌盾"は、特性の分類が不明瞭な技だって」
「本とかでいくら調べても、サザデーに聞いてもハッキリしない。ましてや私と似た術を使うヒトになんて、会ったこともなかった」
「……今までは」
「さっき……私の術でザナタイトの攻撃を受けた時……私の手の中で、魔力が反応したの……! "感覚"があったの……! 長い間生き別れていた家族がようやく再会したような、そんな……懐かしい、みたいな感覚が……!」
「ザナタイトです……あの術です……! あのザナタイトが使う術……私と同じなんです! 同じだったんです! 私、私の……"慈䜌盾"と……ッ!」
「ね、ねぇあの、ユリン?? さっきから言ってることがよく……?」
真剣な顔で縋りつくように訴えるユリンに対し、首を傾げることしかできないシフィナ。彼女には何が何だかわからない。
……だが、ジェセリは違った。彼の顔色は明らかに、話を聞く前までとは別物だった。
「……お、おいまさか……。それが、おめーの"盾"の本質だってのか……? ……ユリン……!」
どうやら彼のそのリアクションは正解だったらしい。その証拠に、ユリンの顔は感激したようにぱっと明るくなる。
「そうッ、そう! そうです! 言い換えれば"壁"という概念そのもの本質なんです! "壁"の役割とはすなわち、空間を隔てること! 私の"慈䜌盾の能力というのは、そういうことだったんですよ!」
「…………は、は……あっはっは。……こりゃザナタイトさんってのは随分とマヌケだぜ。ユウだけじゃなく、お前にまで"成長"を与えちまうとはね……」
ジェセリは呆れたようにからからと笑う。なお、シフィナは……
「ね、ねぇッ! なんなのよぅ! 2人だけで納得してないで、あたしにも教えてよ! いったいなんのハナシをしているのよ〜ッ!」
まだなんのことやらサッパリ理解できず1人だけ置いてけぼりにされ、駄々っ子のようになってしまった。
「ぜえ、ぜえ、ぜえッ、ぜぇー……ッ」
ヒトの胎の中のような異次元空間で戦う雄弥には、もう限界がすぐそこまで近づいていた。
激しい戦闘の末パジャマの上着は消し飛ばされ、つい今つけられたばかりの切り傷や火傷で埋め尽くされた上半身を露わにしている。
『褒躯』の発動時間も残りわずか。状況は最悪である。
「フフ……ヨク足掻イタガ、モウココマデダナ……」
おまけに、敵のザナタイトはまったくのノーダメージであった。しかも、4人全員がだ。
ザナタイトたちは横並びで歩きながら、ざむ、さむとゆっくり1歩ずつ、満身創痍で立つ雄弥へと迫る。
「く…………くそ…………ッ!」
雄弥には逃げる体力もない。いや正確には、ここで逃げればその時点で本当に体力が尽きてしまう。そうなればなにもできなくなる。
かといって打開策があるわけでもない。それほどに、強化されたザナタイトの戦闘力は驚異的だ。1対1ならまだしも、4人相手じゃ太刀打ちできっこない。
ザナタイトたちはどんどん迫り来る。両腕のブレードを、黒く光らせながら。万事休すと思われたその時ーー
……亜空間の赤黒い空に、ひとつの穴があいた。
おもしろいと感じていただけたら、ぜひ評価やブックマーク登録、感想などを、よろしくお願いいたします。




