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第166話 支部長からのお叱り -オーパル-




「がッは…………ッ!!」


 全身に重傷を負い、着ているパジャマを自分の血で真っ赤に染める雄弥。


 漆黒の三太陽が天に鎮座する異次元亜空間にて、|彼は、4体の黒騎士からの総攻撃……リンチに晒されていた。

 敵の黒騎士ザナタイト"たち"の連携攻撃には、一瞬たりともつけ込む隙が見当たらない。全く同じ思考と戦闘能力を持った集団なのだから当然と言えば当然だが。


 前回と変わらず、雄弥には此奴(こやつ)らの考えていること、その動きの大体が読める。だが相手が4人に増えたということは、雄弥自身の思考と動きの何もかもを4倍にしなければ、ついてはいけないということ。

 ……いくらセラとの修行の後とはいえ、そんなもの間に合うハズがなかった。いや、むしろ修行をしたからこそ、彼はまだ生き延びていられているのだ。

 

「ザアッ!!」


「や……っろぉおおああッ!!」


 "2体"のザナタイトが雄弥に襲いかかる。左右両方の腕から魔力の(つるぎ)を生やした2体だ。

 『褒躯(ほうぐ)』解放状態の雄弥は、その"4本"の剣撃に自身の肉体のみで立ち向かう。1人の刺突を手の甲で受け止め、もう1人の斬撃を宙に飛び退いて(かわ)す。だがーー


「ぐあああああッ!!」

 

 空中に飛んだ彼に、機関銃のごとき勢いで無数の魔力光弾(まりょくこうだん)が撃ち込まれた。

 もちろん射撃者は、残り2体のザナタイトである。この2体は両前腕部の砲口を射撃武器として運用し、常に雄弥から一定の距離を保って攻撃してくる。


 つまり、近距離から2体、遠距離から2体。お手本のような前・後衛の戦闘態勢を、この4体のザナタイトたちはとっていたのだ。


「ぎ……ぐ、ぐ……ッ」


 『褒躯(ほうぐ)』を発動していなければ身体を粉々にされていたであろう威力。地に叩き落とされた雄弥はそのダメージに苦悶しながらも、なんとかふらふらと立ち上がった。


 そんな彼を、4人のザナタイトが取り囲む。相変わらず仮面で表情は一切確認できないが、全員間違いなく、雄弥に対する嘲笑をたくわえていた。


「ホウ……(イマ)ノヲ()ケテ尚立(ナオタ)ツカ。ヤハリ貴様(キサマ)ノ『褒躯(ホウグ)』、(ミガ)()カレテイル。マッタク素晴(スバ)ラシイ練度(レンド)ダ。……ダガーー」


 すると、ザナタイトたちに変化が起こった。


 此奴(こやつ)らの姿形(すがたかたち)が、黒き(よろい)が、メキメキと音を立てながら変わり始めたのだ。

 (ひじ)(ひざ)、肩などについている尖った装飾が、より大きく、より鋭くなってゆく。鎧表面の模様がもっと禍々しいものとなり、仮面の表情もさらに邪悪に歪んでいく。



「クック、()ロ!! 最早(モハヤ)ソノ(チカラ)貴様(キサマ)ダケノモノデハナイ!!」


 鎧の変形が終わる頃には、そのザナタイト1人1人から感じられるパワーは、今までとは比べものにならないほど増大していた。『褒躯(ほうぐ)』を解放した時の雄弥のように。



「…………ちくしょう……ッ。俺にできることは……てめぇにもできる、……ってか…………ッ?」


貴様(キサマ)(チカラ)直接(チョクセツ)()レラレタオカゲダ……。……アア……ヤハリ、"(ナマ)ノデータ"ハイイ……! 新鮮(シンセン)ナル進化(シンカ)実感(ジッカン)ハ、100(ネン)()カセタ ワイン ヨリモ芳醇(ホウジュン)ダ……ッ!」


 雄弥の成長した『褒躯』の力を自らの身体の中に複製し、うっとりとする4人のザナタイト。 

 これで個々の戦闘力が雄弥に並んでしまった。雄弥は、本当の4倍パワーと戦わざるをえなくなったのだ。


『もうすぐ俺の『褒躯(ほうぐ)』の制限時間も尽きちまう……!! どうする!? どうすれば……どうすればいい……ッ!?』


 究極に(くつがえ)(がた)い圧倒的不利状況。傷だらけで立つ雄弥は無意識のうちに、その脚を小刻みに震えさせていた。


 彼1人では無理だ。


 1人では。……1人では……!






「キィィィィィィィーーーッ!!」


 一方、こちらはもとの世界。

 まだ第7支部兵士寮の敷地内では、オーパルが大暴れしていた。


 無数に並び生える脚で地面を滑るようにして縦横無尽に動き回るオーパルのスピードは、その巨体からは納得ができないほど速い。さらに両腕の(はさみ)の強靭さたるや、一振りでコンクリートをウェハースのように砕いてしまうのだ。

 結果、今やザナタイトが焼き落とした寮務員棟のみならず、他の建物までもが凄惨な破壊に晒されてしまっていた。


 ……が、現在その怪物と相対しているのは、憲征軍(けんせいぐん)の中でも()りすぐりの猛者が揃った第7支部である。

 ユリンを含めた数十人がかりで戦っているとはいえ、彼らはオーパル相手に1人の戦死者も出してはいなかった。魔力量では勝負にならずとも、彼らの持つ経験はそれこそ雄弥など遥かに上回る。これはその何よりの証であった。


「ワイヤー放てぇーッ!!」


 ジェセリの腹心、タツミ・アルノーの号令により、40人以上の兵士たちがオーパルに向かって一斉に拳銃を撃ち込んだ。

 その銃は、鋼鉄製のワイヤーを射出するものだった。発射された数十のワイヤーは空気を切り裂きながら宙を突き進み、甲殻(こうかく)魔狂獣(ゲブ・ベスディア)の脚に、腕に、胴体に、頭に、次々と巻きついていく。


 ……やがてそれら全てがからみついた時には、オーパルの身動きは完全に封じられていた。


「今だ!! やれッ!!」


 この好機を逃すまいと、タツミは即座に攻めを指示。同時にそれに応じた10人余りの兵士たちが次々にオーパルへと飛びかかっていく。

 彼らは狙いを全て、オーパルの上半身のみに集中。さらに首根っこや関節といった甲殻鎧(こうかくよろい)隙間(すきま)を的確に攻撃し、内部の肉にどんどんダメージを与えていった。


「キィィイッ!! ギ、ギッ!! キィィィィィイアアアァアァアアァァァーーーッ!!」


 上半身の(から)の隙間から緑色の体液を噴き出させながら、オーパルはいっそ哀れなほどに悲痛な叫び声をあげる。地面を転げ回りたくなる激痛に襲われているのだろうが、全身を鋼鉄のワイヤーで拘束されているゆえにそれも叶わない。

 

 ダメージを破裂寸前まで蓄積させ悲鳴が弱々しくなってくると、オーパルに取り付いていた兵士たちが即座にその場を離脱。

 それと同時に3人の男性兵士が、魔力を解放した両掌(りょうてのひら)の照準をオーパルへと合わせ、そこから直径2メートルに迫る『波動(はどう)』の光弾をブッ放した。


「キ……!? ギィィ!! キィィィィィィィィィィィーー」


 3発の光弾は全て見事に命中。オーパルの上半身を、木っ端微塵に消滅させたのだった。


「や……やったぁーッ!! やったぞーッ!!」


「バケモンめ、ざまぁねーぜ!! 俺たちの家をめちゃめちゃにした報いだッ!!」


 下半身だけになった怪物の死骸の周りで、第7支部のみんなは歓喜乱舞。勝利の喜びに気持ちよく酔いしれる。



「!! まだですッ!!」



 それが早計であると最初に気づいたのは、ユリンだった。


 オーパルの死骸、下半身が、なんと動き出したのだ。


「!? お、おい!! コイツまだ生きてるぞォォッ!!」


 慌てる兵士たち。しかしもう遅い。オーパルの身体に絡むワイヤーを持っていた兵士たちも揃って気を抜いていたため、暴れ出した下半身はその拘束をあっという間に抜け出してしまった。


「くッ!! 1度距離をとれッ!!」


 一転した事態の中、陣形を立て直そうと指示を叫ぶタツミ・アルノー。

 オーパルの下半身はその男が指揮官であると知ってか知らずか、彼に向かって猛スピードでの突進を始めた。


「!! しまっーー」


 タツミはそれに気づくが、身体が追いつかない。ものの2秒でオーパルは彼の眼前に到達。ユリンの防御も間に合わない。

 この場にいる誰もがタツミが轢き殺される未来を確信し、絶望した。ーーその瞬間。




 ザゥンッ。




 ……オーパルの下半身は、砂粒よりも小さな肉片にまで斬り刻まれ、消えた。

 

 ヒトのまばたきよりも一瞬だった。その間にオーパルの身体は、風に吹かれて舞う粉粒(こなつぶ)の山になってしまったのだ。



「はぁーい、みんな油断しないの。戦うなら、最後までプロを貫こーぜッ」



 その場の兵士たち全員が唖然とする中、無邪気な明るい声がした。

 声の主は腰帯の(さや)にたった今振るったのであろう(かたな)をチン、と納め、まるで飲み会の集まりにでも来たかのような気楽な笑顔を浮かべている。


「んーで? なになに、これ何があったの? あれ? ユウのヤツがいねぇな。こんな時にはいっつも1番乗りに突っ込んでくるのに」


 夜風に和服の袖をなびかせる、ジェセリ・トレーソン。

 オーパルの下手人(げしゅにん)は、彼あった。




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