第164話 ナイトメア・イブ
楽しい。毎日が、楽しい。
「おーすイユ! おはよー!」
朝5時に起きてくるユウヤは、私を見つけると毎回笑顔で挨拶してくれる。自分が眠いのをそっちのけで、私の眠気を吹き飛ばしてくれる。おかげで1日を頑張れる。
「イユちゃ〜ん、一緒にお菓子食べよ〜。今日のは宮都から取り寄せたとっておきだよ〜」
寮長リラさんは、いつも私を気にかけてくれる。最初は、ずっと無表情だからちょっと怖かったけど、今はそんなこと全然思わない。低い声でのんびりと、あったかい言葉をかけてくれるヒト。
お姉ちゃんがいたらこんなかんじなのかな、なんて考えたり、亡くなったお母さんを思い出すこともあるくらい。
「いいッ! カワイイッ! 素晴らしくお似合いですわ、イユさん! やっぱりスカートを使ったガーリー系でまとめるのが良さそうですわね! ああでも、1度クール系も試してみましょうッ! こちらの本革ジャケットなんてステキだと思いますわ〜♪」
とある休みの日は、セレニィさんがショッピングに連れて行ってくれた。
ブティックで、私に店中の服を取っ替え引っ替えに着せていき、1度着替えるごとに眼をキラキラさせて褒め回してくれる。しかも彼女は私が気に入った服を全てプレゼントしてくれた。申し訳ないから断ったのに、半ば強引に……。
気が引ける部分はあったけど、彼女がニコニコしながら渡してくれた新品・ピカピカの服がぎっしり詰まる紙袋の重みは、永遠に抱えていたいほどに心地よかった。
今は、夜中。今日も1日の仕事を終えて、もう寝る時間。
今夜の外は生憎の大雨で、雷もゴロゴロ鳴っている。だけどそんなことは関係無く、私の気持ちは晴れやかだ。
寮の自分の部屋で、パジャマに着替える。その最中、自分でも気づかないうちに鼻歌をくちずさむ。
早く明日にならないかな。明日はどんなことがあるだろう。明日はみんなと何を話そう。
ああ、楽しい。楽しい。
楽しいなぁ……。
「楽シイカ?」
「うん。楽しい……」
その時。誰かが、イユに話しかけた。
「貴様ハ今、幸セカ?」
「うん……! すごく……幸せなの……!」
部屋の中にいるのは、彼女1人だけ。他には何者の姿も無い。
「ソウカ……。ソレハ何ヨリダ。喜バシイコトダ……」
「あなたも、喜んでくれるの?」
だが彼女には、確かに聞こえてくる。雨音と雷鳴に混じり、無機質な……機械のような声が聞こえてくる。
「クック……当然ダ。貴様ガ強イ光ヲ得レバ得ルホド、私トイウ闇モ成長デキルノダカラ……」
「嬉しい……! 私もあなたからの祝福が1番嬉しい。やっぱりあなたは私の、」
ピカッ。
部屋のガラス窓の外で稲光が瞬き、空が崩れたような雷鳴の轟音が響く。
「私の、」
「……私の、私、わ、わた、し、たわ、あ、あ……あ……………………ッ???」
知らない。
イユは、こんな声は知らない。こんな相手は知らない。彼女はそのことにようやく気づいた。
「…………え…………ッ? だ、誰…………? 私…………今、なにを…………」
また稲光が奔り、ひとつの雷が落ちる。
彼女は慌てて部屋をぐるぐると見回すも、やはり誰もいない。
「ソウ……私ハ貴様ダ。貴様ノ半心……貴様ノ"魂"ノ片割レダ……」
だが声だけは聞こえ続けている。
すぐ近くからだ。彼女の耳元どころか、まるで、頭の中から喋りかけられていると感じるほどに近くだ。
「だ……誰……!? あなた誰……ッ!? 誰なのッ!? どこにいるの!?」
狼狽するイユの姿が、窓ガラスに映る。肌も、髪も、唇までもが真っ白な少女の姿が。
その姿が。ガラス面の中にいる彼女の虚像が、ゆっくり、ぐにゃりと歪みだす。
そして、次の稲光が炸裂するとーー
「ザナタイト……。今日カラノ、新シイ貴様ダ……!」
……窓の中のイユは消え、代わりにそこには、真珠のような複眼を光らせる黒仮面の騎士が現れた。
「……チンアナゴールデンレトリバ〜……むにゃむにゃ」
一方。ナゾの寝言をほざきながらぐーすか眠りこけている雄弥である。
だが彼のその至福の就寝は、思わぬ事態によって妨害されることとなった。
突然近場から雷鳴がかすむほどの爆発音が響き渡り、彼が住むこの寮の建物全体が大きく揺れたのだ。
「んぐぇッ!? ……んな、なんだぁ……ッ!?」
瞬間震度7を超えるその振動によってベッドから叩き落とされた雄弥は、寝ぼけながらもあわてて部屋から出る。
他の兵士たちもとっくに起きており、全員パジャマ姿のままてんやわんやの大騒ぎをしていた。
「いったいどうしたんだ!!」
「寮務員の居住棟が爆発したってよ!!」
「爆発ぅ!? ガス漏れでもしたんか!!」
……それを聞いた途端、雄弥の意識はあっという間に覚醒。同時に顔面の血の気を失い、真っ青な表情になる。
「寮務員……居住棟……!? イユ……イ、イユッ!!」
彼はたちまち走り出した。現場に向かって。友人が無事であることを、心の中で必死に祈りながら。
彼が駆け着いたときには、居住棟は紅蓮の炎に包まれていた。大勢の住人たちが、煙や煤に巻かれた身体を雨に濡らして逃げ惑っている。雄弥は必死に探すも、その中にイユを見つけることはできなかった。
やがて彼は、燃え盛る建物の近くにいるユリンを発見。反射のように彼女のもとに向かう。
「ユリン!! ユリンッ!!」
「! ユウさん!」
ユリンはずぶ濡れになりながら、動かせないほどの重傷を負った怪我人を治療していた。無論その患者も、イユではない。
「どうなってんだよこれは!! みんなは!? みんな……い……イユは無事なのかッ!?」
「……それが……イユさんだけがまだ見つかっていなくて……! 他の人は全員助かったんですが……!」
「な…………な…………なんだと…………ッ!?」
いよいよ頭の中が真っ暗に。雄弥は呆然し、動けなくなった。
そして急に意識を戻したかと思えば、彼は焼け落ちていく居住棟の中に入ろうとしだしたのである。
「!? ちょ、ユウさんッ!! どこ行くんですか!!」
当然、ユリンがこれを止めないワケはなかった。
「決まってんだろ!! イユを……イユを助けるんだッ!!」
「爆発の原因も分かってないのに中に入るなんて無茶ですッ!! もうすぐ消火班が来ますからッ!!」
「んなの待ってられっかァ!! いいから放せッ!! 放せーッ!!」
背後からしがみついてくる彼女を振り払おうと暴れる雄弥。
雨よ、もっと降ってくれ。この火を早く消してくれ。彼は心の中で何度そう念じたか分からない。
「ーー"原因"カ。ナラバ敢エテ言オウ。ソレハココ二イル、トナ」
……彼の祈りを止めたのは、その声だった。
鼓膜の痙攣を引き起こすほどに低い、無機質な声。その割に感情はよく乗っている声。
頭上から聞こえてきたそれに、雄弥はがばりと顔を上げる。
いた。燃え盛る居住棟の屋根の上に、ヤツはいた。
足元は炎で明るく灯し、上半身に雨の雫を纏う者。2つの月と見間違えるような複眼を闇夜に浮かび上がらせる、邪凶の鎧悪魔……。
「ザナ…………タイト…………ッ!!」
自身を見下ろすその敵を、雄弥は激昂の視線で睨みつけた。
おもしろいと感じていただけたら、ぜひ評価やブックマーク登録、感想などを、よろしくお願いいたします。




