第160話 最高の先生
神経衰弱、2戦目。
セラのバアさんに言われた猶予もこれをいれてあと2戦。……なんの勝機も見出せぬまま、あと2戦!
どーしろっての!? 何が起きてんのかサッパリ分からん!!
2戦目の先行はまたセラさんに譲った。彼女がどんなトリックを使ってるのかを、一刻も早く見極めたかったからだ。
机の上一面に裏向きにされて置かれた、52枚のトランプカード。セラさんはまた、それら全てに対して撫でるような手つきで触れていく。
それが終われば、またもやボーズめくり大会の始まりだ。
ワンペア、ツーペア、スリーペア。中身を見てもいないカードの絵柄を、当たり前のように揃えていく。
そのまま彼女は、今度は8ペア16枚をあっという間に手に入れてしまった。
……そうだ。
さわるだけ。さわっているだけだ。セラはただカードにさわっているだけ。それ以外は何もしてないんだ。
逆に言えば! それしかないんだ! インチキ無しでこのヒトがカードを判別する方法があるとしたら、そのタイミングでしかあり得ない!
てことはまさか……さわっただけで、そのカードが何か分かる……ってのか!? このヒトは!?
ジョーダンじゃない、どうやって!? そもそもそんなことができるなら、最初から俺に勝ち目なんてないじゃないか!
おまけにこのセラさん……『俺にもできることしかやってない』って言ってた……。この言葉が嘘じゃなかったとして……だとしてもだ! 俺にもできるってのはどういうことなんだ!?
俺もさわるだけでカードの中身が分かる、ってことか……!? 俺にも!? なぜ! どうして! どうやって!?
「ーーさぁどうしたの? あなたの番よ。早くカードを選び、めくりなさい」
彼の考えがまとまらないうちに、向かいに座るセラが急かしてくる。雄弥は手をわななかせながらカードを引くが、1発目なのでもちろんハズレ。
その後またセラの番になると、彼女はまた一気に10を超えるペアを手に入れてしまった。
『く……!! や、やっぱり分からねぇ……!! どうすりゃ……!?』
「ハイあなたの番。……ああ、でももう勝ちの目は無いわね。どうする? この勝負はもう切り上げる?」
セラの言う通り、トランプカードの枚数的に雄弥が勝つことはもうできない。しかしなぜか彼女は、わざわざ続行の是非を雄弥に問うてきたのだ。
雄弥はそんな彼女の態度に明らかな違和感を覚えた。
悪意や敵意の類ではない。むしろ何か、彼に寄り添うような……そんな雰囲気が、セラにはあったのだ。
『…………? なんだ? このヒト……俺に何かを気づかせようとしている……?』
確証は無い。だが、現時点では打つ手も無い。
雄弥は自分のカンを信じることにした。
「……いや! 続けます!」
「いいわ、おやりなさい」
改めて彼は机の上に並ぶカードの全てを、眼をガン開きにして睨みつけ始めた。
『ーー落ち着け……1から考え直すんだ! 状況を整理するんだ!』
『セラさんはさわっただけで、裏返されたカードの中身が分かる。そしてそれは、"俺にもできる方法"を使ってる』
『なら、俺にできることとは? 今の俺にできることってのは何があるだろう。その中から、何を選べば……?』
その時彼の脳裏に、勝負の前にセラが述べた言葉が蘇ってきた。
ーーあなたは『褒躯』の術を我が物にしようとしている。……そういう目的ならば、この勝負は今のあなたには最も相応しい……。
『!! ……まさか!! そういうことなのか!?』
雄弥は直感した。"それ"しかないと結論を出し、自分がとるべき手段を定めた。
そっと瞼を閉じる。座ったまま拳をぎりりと握る。同時に彼の身体は、うっすらと淡い光を帯びだす。そして……
「…………『褒躯』ッ!」
カッ、と眼を開くのと同時に、彼は全身から銀色のオーラを立ち昇らせた。その魔力の圧で障子や襖はカタカタと揺さぶられ、机の端に置かれていた空の湯呑みは床に落ちてしまう。
『これが……ユウの『褒躯』……!』
隣に座るシフィナは初めて見る彼の術に、その迫力に、驚きを隠せないでいた。
『セラさんの言葉に乗っかるワケじゃねぇが、他に閃きがあるわけでもねぇ! なら一か八か、『褒躯』で突破口を見つけてやる!』
一方の雄弥はそんなことに構っていられない。銀の魔力を纏いながら、次の一手を思案する。まずはカードをじっと見つめ直すが、別に変わった見え方はしない。
『……ひょっとして透視みたいなことができるのかも、なーんて思ったけど、そりゃ無理か。ならやっぱ……"さわる"ことに意味があるのか……?』
試せることは試してやろうと、彼は裏向きで並ぶカードのうちの1枚に右手で触れてみた。
『ーーあれ?』
……すると、確かな異変があった。
『なんだ? なんか……何かが違う……? 『褒躯』を発動する前と、何かが……』
指先から伝わる、カードの質感。それが実に妙なのだ。
雄弥はこの違和感を逃すまいと、慎重に、恐る恐るカードの面を指で撫でていく。
『……これは……カードの表面が、でこぼこしてる……?』
もちろんいくら古びたトランプとはいえ、そこまであからさまにボロボロなワケでもない。外見的にはどれがなんのカードかなどまったく見分けはつかないし、無論さっきまでは触れたとしても何も感じなかった。
しかし『褒躯』を解放した途端、今までにないものが浮かび上がってきたのだ。
雄弥は裏向きのカードから伝わってくる凹凸を、指先でゆっくりとなぞっていく。四つ角から、中央に向かって。
するとやがてその凹凸が、ハッキリとした"形"に繋がっていく。
『…………え? ……これ……このカード……スペードの"6"……?』
指で感じる凹凸の線を結ぶと、トランプの記号と数字が浮かび上がってきたのだ。
これがこのカードの中身なのか? 自分の気のせいなのか? 雄弥は半信半疑のまま、カードをめくってみた。
……なんと、正解。彼が触れていたカードは彼の予想通り、スペードの6であった。
「!? あ、当たったッ!?」
思わず声をあげて驚愕。
だが1枚、1枚だけだ。まだ偶然の事象である可能性もある。そう自分に言い聞かせ、雄弥は再び全てのカードに順々に触れていく。
やはり、彼は感じていた。全てのカードから、1枚目のと同じような"でこぼこ"を。そのカードの中身が、表の記号と数字が、まさに手に取るように分かるのだ。
そして見つけた。凹凸が、"6"に感じるカードを。記号はクラブである。……表に返すと、また完璧に正解だった。
ここで彼はようやくワンペアを手に入れたのと同時に、今自分の身に起こっていることをハッキリと理解した。
『ど、どうなってんだこりゃ!? 分かる!! フツーなら1ミリも気づけないレベルの小さな触感が、手から伝わってくる!! 手の……指先の感覚が、めちゃくちゃに鋭くなってるんだ!! こんなどこにでもある市販のトランプカードの、印刷文字の形を判別できるほどにッ!!』
「どうしたの? ペアを取れたのなら、まだあなたたのターンよ。早く次のカードをえらびなさいな」
「は……はい!」
彼は興奮のあまりかセラの言葉に素直に返事し、自分の番を続行した。
次も、そのまた次にめくったカードも、さわっただけで表に描かれた数字と記号が分かった。まさに百発百中。彼はついさっきまでセラが行なっていたボーズめくりを、すっかり自分もやっているのだ。
『ーーそうか……!! 分かったぞ!!』
『これなんだ!! これが魔術特性『褒躯』の、本当の能力……本質なんだ!!』
『ただ筋力とか骨とかを強化するだけじゃない!! これはいわば……"細胞"の強化ッ!! この術を使っている間は、眼球も、粘膜も、皮膚も、神経も何もかも、性能がアップする!! だから指の感覚も鋭くなっているんだ!!』
『考えてみれば……初めてこの術を使った時は身体中に大火傷してたから、感覚なんてとっくになかった……!! ザナタイトの時だって必死すぎてそれどころじゃなかったし、訓練の時も肉体のリミットを気にしてばっかりだったし……!! 俺は、こんなじっと落ち着いた状態で『褒躯』を使ったことなんて、今までなかったんだ!! そのせいで……全然気がつかなかったんだ……!!』
これまで勢いのままに、考え無しに使い続けてきた、魔術特性『褒躯』。彼はたった今、その真髄を骨身で理解したのだ。
そのまま雄弥が残りのカード全てのペアを当てたことで、2戦目は終了。最後の勝負へと入った。
しかし、もう結果は見えている。
「……先行はあなたにお譲りするわ」
おまけに、セラがそんなことを言い出したのだ。どこかホッとしたような……安心したようなため息をつきながら。
当然、『褒躯』を発動したままである雄弥は先行1ターン目に全てのカードを、全てのペアを手に入れ、あっという間に勝敗は決した。彼の勝ち。52 vs 0の大勝であった。
だが、雄弥は釈然としていない。
そりゃあいくら鈍感な彼でも、ここまでされれば気づかないワケがない。この勝利は……いや、今やった神経衰弱というゲーム丸ごとにおいて、自分が手玉に取られていたことを。勝利に辿り着けるよう、誘導されていたことを。
この相手……セラ・トレーソンに。
「魔術を適切に扱うためにまず最も大切なのは、その特性に対する"正しい解釈"を身につけること。……おめでとう。これであなたは『褒躯』の、本当の意味でのスタートラインに立てたわね」
そして、勝負が終わり正座を整え直す彼女が放ったそのひとことが、雄弥の疑念を確信に変えた。
「…………ま、まさかアンタ……このゲームは最初から、俺にそれを教えるために…………!? 俺に『褒躯』の解釈を掴ませる……そのために、やっていたのか…………ッ!?」
「い〜え? 私はただ遊びたかっただけ。……もうひとつ付け加えるなら、あなたが『褒躯』の術を扱うに足る子かどうかを試しただけ、よ」
彼は、たまらずセラを追求。
とぼけてはぐらかすばかりのセラだったが、すると彼女はここで初めてその仏頂面を緩め、柔らかな微笑みを見せたのだ。それはまるで、雄弥を祝福しているかのようだった。
「でも、あなたは勝負に勝った。自分の"見込み"を示した。約束通り……責任もってあなたを育てましょう。『褒躯』を完璧に使いこなせるようにね」
その笑顔こそが証拠だ。もう考えるまでもない。雄弥の行動の、思考の全てが、彼女の手の内だったのだ。
彼を"試す"ことと、彼を"導く"こと。これら2つを同時にこなしてしまったこの手腕。
……もう迷いも不安も無い。師事するにあたって、これほど惹きつけられる御方がいようか。
いつのまにか雄弥の表情はすっかりと、憑き物が落ちたように晴れ渡っていた。
「お…………おうッ!! よろしく……よろしくお願いしますッ!! セラさん!!」
彼はガバッと立ち上がり、眼の前の"おばあちゃん"に深々と頭を下げる。
セラ・トレーソン。彼女は間違いなく、最高の先生であった。
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次回のお話は、「雄弥の知らない、仲間たち」です。




