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第158話 スーパーパワーを我が物とせよ




 ザナタイト出現から数日後のこと。


 業務後の戦闘訓練は、憲征軍兵士に定められた日課。それは今日この日も例外ではない。

 兵士の一員たる雄弥もまた、練兵場で訓練に励んでいた。……いつもよりずっと熱心に、気合を入れて。


「いきますよユウさん! よーい……どんッ!」


「ふ……ッ!! ……はあああああああッ!!」


 彼のそばで左手首にはめた腕時計を見ながら、スタートの合図をするユリン。

 それに応じた雄弥は全身から"銀色"の魔力を解放し、地面を抉れるほどに蹴って走り出す。その目標は、擬似対人訓練用の"かかし"である。


 地面に無作為に置かれた"かかし"は、全て鋼鉄製。数は全部で60体。練兵場の広場のひとつをまるごと埋め尽くしている。

 『褒躯(ほうぐ)』による肉体強化によって通常の何倍もの身体能力を得た雄弥は、この"かかし"たちに向けて猛スピードで攻撃を仕掛けていく。


「ずぇえええええェェェーーーッ!!」

 

 1体に対し、彼が繰り出すのは殴打か蹴りどちらかを1発ずつだけ。しかし鋼鉄で作られた人形たちは、その一撃だけで粉々にブチ砕かれていく。

 圧倒的なパワーである。しかしそれだけではない。特筆すべきは、速さもだ。1体を破壊するのに1秒もかけてはいない。ひとつを仕留めればすぐさま次に、また仕留めて次に。この一連の動作は、常人の眼に捉えきれるレベルを遥かに超えている。普通に見れば、広場に置いてある"かかし"が勝手に爆発しているように感じられるだろう。

 

 すでに雄弥は45体を破壊した。ユリンの時計が刻む時間は、まだ27秒しか経っていない。やはり驚異的だ。

 ……しかし。毎度ながら、これほどの力がそう都合よく扱えるハズもないのだ。


『……くっそ! ここまでか……ッ!』


 46体目に挑まんとしていた雄弥だったがそこに辿り着く前に動きを止め、身体に纏わせていた銀色の魔力を解除した。


「が……っはッ!! ……はぁッ、はぁッ、はぁ……ッ」


 理由はもちろん、自身の限界ゆえである。

 両膝に手をつき、青ざめた顔を地面に向けて息を切らす彼の鼻や口からは、身体内部へのダメージを表す鮮血が流れ出ていた。


「ユウさん! 大丈夫ッ?」


「あ、ああ……それよりユリン、タイムは?」


「えっと……28秒ほぼぴったり、ですね」


 広場の中央に雄弥を心配して駆け寄ってきたユリンは、自身の左手首の腕時計に示された結果を伝える。


「……ハァ。そうか……」


 雄弥は声色こそ平静ではあったが、その口元からはギリギリと悔しそうな歯音を鳴らしていた。


『ダメだ……! こんなんじゃダメだ! コントロールが全然きかない! せっかく新しい術を覚えたのに、まるで使い物にならねぇ! 1回発動したが最後、身体がもつのは30秒ぽっち……! その間に相手を仕留められるならいいが……』



 ーーソウダ…………ソレデナクテハ(タタカ)意味(イミ)()イ。…………マタ、(タノ)シマセテクレヨ…………?



『……もしできなければ、逃げられるか……動けなくなったところを(なぶ)り殺しにされて終わりだ……ッ!』


 雄弥の脳裏に蘇るのは、邪悪なる黒騎士の声。自身が倒し損ねた、ザナタイトの姿……。


『これじゃ勝てねぇ……! 相手にそれこそ逃げに徹されたら、こんな自爆特攻は通じやしねぇ……! フラムさんの時も半分は初見殺しだったんだ……! なんとかこの『褒躯(ほうぐ)』を使いこなせるようにならねぇと、またあのザナタイトだって取り逃しちまう! ……イユのことも……守れなくなっちまう……ッ』


「……ユウさん、焦るのはよくないですよ。この術はまだ覚えて1ヶ月も経っていないんです。扱いきれないのは当然じゃないですか」


「ああ分かってる……分かってるさ……! ……でも……ッ!」


 自身の前にしゃがみ込むユリンの慰めの言葉すらも、今の雄弥には満足に届かない。


「……そ、そうだ! ユリン! お前がまた俺を指導してくれ!」


「えッ?」


「訓練時代みたいにだよ! 俺に、この『褒躯』のコントロールの方法を教えてくれ! 俺みたいなバカを仕込めるのは、お前しかいねぇよ!」


 彼女の肩をがばりと掴み、こうなりゃなんでもありだと食い気味に頼み込む雄弥。

 対し眼をまん丸にしてびっくりするユリンだが、すぐに申し訳なさそうに顔をうつむかせた。


「……すみませんユウさん。『褒躯(ほうぐ)』を始めとした、術者の肉体内で魔力を循環させるタイプの魔術特性は、私にも経験がないんです。『波動(はどう)』とはまるで別物。……私には、教えられません……」


「ぐぬ……! ……いや、ワリィ。無理言って……」


 口ではそう言うものの、がっくりと落ち込んでしまった雄弥。それに呼応してかどうなのか、周囲にに悲しい風がひゅるひゅると舞い込んでくる。

 自身に"教え"を与えてくれる人物……残る候補は誰がいる? シフィナか、ジェセリか、アルバノか。もう最悪サザデーに頼むしかないか。彼はそんなことを考えていた。



「そこまで言うんなら、紹介してやろーかい?」



 しかし、彼の落胆を打ち破る者が現れた。

 雄弥が顔を上げると、そこにいたのはジェセリ・トレーソンである。相変わらず、質素な和服の上で派手なアクセサリーをじゃらじゃらと鳴らす、第7支部の長にしてぶっちぎりの問題児である。


「ジェセリ……! しょ、紹介……って……!?」


師匠(センセー)を、だよ。オメーは『褒躯』の術をまともに使えるようになりてぇんだろ? それなら、指導者としてうってつけのヒトを知ってるぜ」


「なに!? ほ、ホントか!?」


「ああ。ただまぁその、なんだ、多少……っつーかかなりキビシーお方なんですけども……それでもいいかなぁ?」


「それがなんだ! 俺は1日も早く強くなりてぇ! そのためにゃ、厳しけりゃ厳しいほどいい! ぜひ紹介してくれッ!」


「よーし、オッケオッケ。お前がいいならいいんだ。じゃあ今夜中に連絡つけとくから、非番の明日からにでも行ってきな」


「わかった! いやーありがとうジェセリ! たまには頼りになるじゃんか! 恩にきるよ、マジでッ!」


 予想だにしなかった朗報にすっかりご機嫌になった雄弥は身体の痛みも忘れ去り、鼻歌を口ずさみながら練兵場から帰って行った。

 残されたのはユリンと、釈然としない顔をしているジェセリの2人だけ。


「……ちょいちょい。アイツ、"たまには"って言った。"たまには"って言ったぞ。言ったよなユリン」


「事実でしょ。なーんにもおかしくはありません」


 並んで立つ彼らは、付き合いの長さを感じさせる気安い言葉を交わす。

 しかしジェセリはともかくと、彼を横眼で見るユリンの視線はどこか顔色をうかがうような、かすかな緊張を含んでいた。


「……いいんですか? ジェス……」


「ほえ? なにが?」


「い、いえその……あなたは、ユウさんを……」


 言葉選びに慎重になるあまり、舌を重くしてしまうユリン。

 さすが、ジェセリはその態度だけで彼女の言いたいことをなんとなく察したらしい。以前のようなとってつけた笑顔ではなく、まるで妹をなだめるような穏やかな表情を見せた。


「……心配すんな。俺の個人的な勘繰りと、支部長としてやるべきことってのは別問題だ。オメーのかーちゃんがそのつもりだったように、ユウはもう第7支部の主戦力の1人だ。力をつけさせるに越したこたぁねぇ。……そんだけのことさ」


 彼は隣にいるユリンを見下ろし、その肩を優しく叩いた。






「ーーえ? ここ……??」


 翌日。まだ太陽も昇りきっていない早朝。

 ジェセリに渡された手書きの地図を頼りにして雄弥がやってきたのは、ヒニケ地区の"超"(すみ)っこ。街からかなり距離を置いたところにある、森林地帯だった。


 そして、密集する木々をかきわけてようやくここまで来た現在、彼の眼前には高さ50メートルはあるかという巨大な断崖絶壁が(そび)え立っていたのである。


「……いや、何回見ても合ってんな……地図の場所は間違いなくここだ。でも……こんなとこにヒトなんか住んでんのかぁ?」


 右手に持った地図の紙きれと眼の前の景色の間で何度も視線を往復させる雄弥。結局彼は、ここが目的地なのだと結論づけることにした。


 絶壁の下の方には何もない。となれば、残るは上だ。崖の上だ。

 雄弥は足裏から軽く『波動(はどう)』を噴かして空中にゆっくりと飛び上がり、標高50メートルの崖の頂上を目指す。


「! ……家だ! やっぱりここでよかったのか?」


 いざそこに辿り着くと、あった。広い庭と分厚い門を持つ、大きな和風の屋敷が。

 地味ながら、造りのしっかりした屋敷だ。しかしこんな誰も寄り付かない場所にポツーンと一軒だけ建つ姿は、どうしてもさびしそうに見える。


 雄弥は飛翔をやめ、高さ3メートルはあろう門の前に降り立った。

 

「あ、あの〜! こんちわー!」


 呼び鈴が見当たらないので、生の声で挨拶。ここは標高50メートル以上。周りに遮るものは何も無く、おかげで声がよく響く。

 そのおかげか、門はすぐに開かれた。ギギィ、という年季を感じさせる軋みとともに、その向こう……敷地の中が徐々に見えてくる。



「……まさかホントに来るとはね。元気が有り余ってるのは、いいことだけど」



 そして、開いた門扉のすぐ前に、雄弥を迎えんとする1人の女性が立っていた。

 新鮮な朝日の輝きを全身に浴び、金色の瞳と銀色の髪をこれでもかと煌めかせて主張する背の高い女性。当然そんな人物は、雄弥の知る限り1人しかいない。


「あ……あれ!? シフィナ!? なんだお前、見ねーと思ったらこんなトコにいたのか!」


「おはよ。ちゃんとヒニケ(ここ)まで帰ってこれたのは褒めてやるわ。……ユウ」


 ナガカで別れて以来の再会である。雄弥は予想だにしなかった彼女の登場に仰天し、シフィナは相変わらずの不遜な態度でそれに応えた。




「ーージェスのアホから、だいたいのハナシは聞いたわ。ザナタイトってヤツのことも、あと……イユって混血の女の子のこともね」


「そうか……。いやなんつーか、ワリィな。お前にも、また面倒かけちまうわ……」


ジェセリ(あのバカ)がいる時点で、ウチには面倒事の爆弾があるみたいなもんよ。今さらいくつ背負(しょ)い込んでも変わんないわ。どうでもいいこと気にすんじゃないわよ」


 門をくぐった雄弥は、シフィナの案内で敷地内へと通される。砂利が敷かれ、一角には小さな池もある庭を、彼女のあとに続く形で歩いていった。


「てか……お前はなんでここに? ここで何してたんだ?」


「鍛え直し、よ。おかげで今年の有給がパーだわ。……それでもあたしには、超えなきゃならない"壁"ができちゃったからね」


 それだけで雄弥は理解した。彼女の思惑を。彼女が"壁"と定めたのが、誰なのかを。


「……そうだな。そりゃ俺だって同じだぜ。……次こそは、あの筋肉ダルマをブッ潰すぞ。絶対にだ」


「ふん、あんたなんかに言われるまでもないわ。あたし1人でだってやってやる」


 彼の方を振り返ったシフィナは、ニコリと不敵に微笑んでいた。あれほど一方的な大敗の記憶を植え付けられたにもかかわらず、どこまでも不撓不屈であった。


 屋敷の門からそこそこの歩数を重ね、縁側(えんがわ)まで来た2人。するとシフィナが、おそらくこの屋敷の主であろう人物の名前を声高に呼んだ。


「セラさーん! 来ましたよー! コイツがユウヤ・ナモセです!」


 やがて建物の中からしずしずと足音が聞こえたかと思うと、縁側の障子(しょうじ)がそっと開き、1人の人物が姿を見せた。



「はいはい……そんな大きな声出さないの。ちゃんと聞こえてるから」



 ……それは、年老いた女性だった。

 藤色(ふじいろ)の簡素な浴衣に身を包んだ、外見から察するに70は優に超えているであろう老婦だ。


 ただし、背筋は定規でも突っ込んでいるように真っ直ぐ伸びており、歩き方や手指の仕草などにも加齢特有の億劫さは無い。おまけに背丈も、171センチの雄弥とほぼ同じ。

 年寄りなのは間違いないが、年波の衰えはこれっぽっちも感じさせない。メガネの奥に鋭い眼光をたくわえる、実に凛々しい女性である。


 そんな彼女、声そのものはとても穏やか。しかし眉の間に深ぁ〜いシワを寄せた機嫌の悪そうな表情をしており、その仏頂面(ぶっちょうづら)はシフィナにそっくり。

 そして、"そっくり"と言えばもうひとつ。彼女の外見である。夜会巻(やかいまき)にしたブロンドの髪に、アメシストの鉱石のような紫色の瞳。……その特徴は雄弥に、どこかの誰かを思い出させる。


『……あれ? なんかこのヒト、ジェセリに似てんな……?』

 

 そして、珍しく彼のカンは的中することになる。



「ユウヤ・ナモセくんね。お話は伺っています。私はセラ。……セラ・トレーソンです」



 老婦人は表情をピクリとも動かさないまま、彼にそう名乗った。


「トレーソン……?? ……ん!? え、ってことは、やっぱジェセリのッ!?」


「ええ。ジェセリの祖母です。孫がいつもお世話になっております」


 縁側の上で、客人の雄弥に対して深々と頭を下げるセラ。

 やっぱり顔はコワいが、その態度はどこまでも柔和なものであった。




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