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第141話 雄弥の"中身"




「ーーってハナシを、ブロシェさんとしたんですよ」


 ナガカ滞在、2日目。

 雄弥はハペネから2回目の右腕治療を受けながら、今日は彼女とおしゃべりをしていた。

 

「そう……あの子がそんなことをねぇ」


 雄弥の右腕に魔力を流し込んでいるハペネは、どこか後ろめたさを含めた眼をする。


「……自分で言うのもなんだけど、」


「? はい」


「私はこの『命湧(めいわ)』の極性(きょくせい)の力のおかげで、世界で最も命の扱いに長けた人間となった。そんな私にはいつからか、"生命(いのち)透視(とうし)する能力"が身についたの」


「命を……透視?」


「透視、っていう表現があってるかは分からないけどね。他人を見るだけで、その人がどんなヒトか、これまでどんな人生を歩んできたかが分かるの。名前、年齢、性格……大体のことがね。そして直接眼に映していなくても、ある程度の範囲内にいる命の存在を感じ取ることもできる」


「! ……俺たちの名前や、俺たちがここに来ることを予め知っていたのは……そのためですか?」


「そう。……でもね。この力が研ぎ澄まされていけばいくほど、イヤと言うほど痛感するの。世界には、どう足掻いても分かり合えない人がいる、ってことをね。……情けないハナシよねぇ。平和主義を叫ぶ中立国の領主が、平和に対して最も"冷めてる"なんて……」


「い、いやいやそんなの分かんないじゃないっすか。そりゃ、あなたのその力がもし"完璧"なモンだとしたらもうどうしようもないっすけど……世の中に完璧なんて無いでしょ! ましてや、人の中身を完全に見抜くことなんて……!」


「……だと、いいんだけどねぇ。でもまだ、この力がハズレたことは無いのよ……」


「ん〜……ッ。 ーー! そうだ! そこまで言うなら、今この場でその力を俺に使ってみてくださいよ! 俺の過去やなんやらを、見抜いてみてくださいよ!」


「えッ? ……い、いいわ。やってみましょう」


 雄弥の誘いに乗ったハペネは一旦治療の手を止めると、彼の眼をじぃ〜ッ、と見つめだす。


『この人がもし本当に他人の中身を見透かせるなら、俺が転移者であることも分かるハズだ』


 ……雄弥の考えは、こういうことだった。


 そんなのムリだ。普通の者なら、別の世界から別の世界の人間がやってくる、なんて発想自体出てくるワケがない。

 ……雄弥がそうやってタカを括っていると、ハペネが突然、ひどく悲しそうな表情になった。その黒い瞳には、彼に対する同情が溢れんばかりに宿っていたのだ。


「……!? あ、あの……どーしたんすか? 大丈夫っすか?」


 雄弥はほんの余興気分で始めたことだったのに、彼女のその顔はあまりにも迫真すぎる。

 ハペネは彼の心配の言葉には何も答えなかった。彼女はそこからもしばらくの間彼の眼に見入り続けたのち、やがて決死の覚悟でも決めたかのように、1度重々しくまばたきをする。


「……………………ユウヤくん」


「は、はい?」


 そしてようやく口を開いてくれた。……だがその内容は、雄弥が予想していたものとはまったく違うものだった。




「……あなた……最後にご両親とお話ししたのは、いつ?」




「…………はッ??」


 無論、雄弥にはまったく意図の分からない質問だった。


「りょ……両親……? ……俺の……ってことすか……?」


「……ええ」


「さ……さ、さあ? いつだったっけかな〜……。もう家を出てだいぶ経つし……」


「2年よ」


 言い淀む彼に対し、ハペネはきっぱりと告げる。


「いえ……2年というのは、お母さんと話していない期間ね。お父さんとは、もっと……もう4年以上も口をきいていない」


「…………な…………ちょ…………」


 困惑する雄弥。

 だがハペネは止まらない。まるで何かに取り憑かれたように、言葉を吐き続ける。



「とても優秀なご両親ね……。いえ、あなたの親戚一族みんな、とても優れた才覚の持ち主で溢れているわ。医者、弁護士、大企業の重役……政治家まで」


「あなた……1人のお兄さんがいらっしゃるわね。こちらもとびきり優秀。学校を飛び級で卒業して、世界的に有名な大学に留学した……。物理学専攻、業界期待の新人学者……」


「あなたのお母さんがあなたに対して、最初に、『お兄ちゃんを見習いなさい』と言ったのは……あなたが5歳のとき」


「あなたが親戚の集まりに行かなくなったのは、8歳のとき」


「学校の試験の点数が振るわず、お父さんに殴られたのは……10歳……」



「ーーやめろ」


 雄弥は動いてもいないのに息を切らし、周りに聞こえるほど心臓を激しく鳴らす。


「あなたに優しくしてくれたのは、お兄さんと、亡くなった父方のお祖母様だけ」


「やめろ、やめろ」


「あなたは認めてほしかった。ご両親に、親族一同に、自分を蔑んだ全ての人にーー」


「やめろって言ってんだろうがァァァッ!!」


 たまらず彼は怒鳴り声をあげ、それを聞きようやく、ハペネはハッと我にかえった。


「!! ごめんなさい……!! もう言わない、言わないわ……!!」


 ……狭い病室の中。

 雄弥のぜいぜいという吐息、そしてハペネがオロオロと立ったり座ったりする音だけが、そこに響いていた。


「……すげー……っすね。医者ってより占い師みたいだ」


 やがて雄弥がうつむいたまま、観念したように口を開く。


「ご、ごめんね……! 私、余計なことばかりを……!」


「いや……いいんす。そもそもアンタを試すようなマネをしたのは俺なのに、なにキレてんだってハナシっすよね、はは。……アンタの能力……ホンモノだよ。めちゃくちゃ驚いた。……ただ、」


 雄弥はゆらりと顔を上げ、再びハペネと視線を合わせる。


「カン違いはしないでくれ。俺は別に父さんや母さんを恨んでるワケじゃないっす。ただ俺が……あの人たちの望む息子にはなれなかった。それだけです。……それだけなんです」


 気丈に笑う雄弥の眼端が、かすかに震えているのを、ハペネは見逃さない。


「…………治療の続きを、お願いします」


「あ、あ……ーーええ……」


 ……だが彼女はついに、雄弥にかける言葉を探し当てることはできなかった。






 ナガカ滞在、最終日。

 雄弥、ハペネ、そしてブロシェは、ナガカのとある港に来ていた。


「色々世話んなりましたッ!!」

 

 ハペネとブロシェに向き合って礼を述べる雄弥。彼は薬指を失くした右手・右腕を、数ヶ月ぶりに元気よくブンブン動かしていた。


「この船はナガカ海域を通過して憲征領まで向かうわ。途中公帝軍に鉢合わせる心配は無いから、安心してね」


 ハペネは港に停泊する大きな貨物船を指差しながらそう述べる。


「ありがとうございます! マジで何から何まで……! 今度改めてお礼に来ます!」


「お礼なんていいわ。そんなのいらないから、またいつでも遊びにいらっしゃい」


「はい! あ、ブロシェさんもありがとう!」


「気にするな。ちゃんと仲間の元へ帰るんだぞ」



 そして雄弥は船に乗り、ナガカを去っていった。彼は船が水平線に隠れるその時までずっと、港にいるハペネたちに対して手を振っていたのだった。


 ……港に立つハペネの眼からは、いつのまにか一筋の涙がこぼれていた。

 それを見たブロシェはギョッとする。


「ハペネ様……!? どうなさいました?」


「…………ううん、なんでもないわ。大丈夫よブロシェ」


 取り乱す側近に優しく笑いかけるハペネ。だが、その悲嘆に満ちた顔はごまかしようがない。




 ーーユウヤ・ナモセ。(かな)しい子よ。


 劣等感、無力感、そして孤独への恐怖と、それに連なる承認欲求。あの子の中には、それらばかりが渦巻いていた。

 自分のことが大好きなのに、それに自信を持てない。自分自身を愛することを、"恥"だと考えてしまっている。

 

 ……だからあの子は、あんなにも傷だらけだった。


 誰かのために戦うこと。誰かのために苦しむこと。それだけがあの子にとって、自分を愛する方法だった。自分に誇りを持てる唯一の手段だった。

 自分は生きていてもいいという自信。それを得るためにあの子は、自分の命を捨てようとしている。


 なんという矛盾。なんという残酷。なんという……ッ。




「……ユウヤ・ナモセ……せめてあなたに、ささやかでも幸運がありますよう……」


 ハペネは静かに、そう祈った。




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