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第137話 暴れ牛を止めた者




 "世界の形"が、変わった。


 空間を丸ごと覆っていた土煙が少しずつ晴れていくと、現れたのは、地平線の先の先まで続いている長大な(みぞ)。焼け焦げた溝。深さ20メートル以上、幅70メートル近くある巨大な溝。たった今雄弥が放った最大『波動(はどう)』の軌跡である。


 一撃で大地をごっそりと抉り取るこの破壊力。その代償……術者である雄弥への反動もまた尋常ではなかった。

 砲口である彼の左腕の肉は手のひらから肘にかけてバナナの皮のようにばっくりと裂けあがり、中心を通る白い骨、そしてゼメスア戦以降から装着していた人工関節が完全に丸見えになっていた。ドロドロと血を漏らす身体各所の毛穴、内出血して真紅に染まっている右眼球。なんとか呼吸はしているようだが、遠目からでは彼が生きているのかどうかも分からない。

 ここまでした甲斐があった、と表現するかは如何ともし難いが、どうにか求めていた力は発揮できた。かつてない威力を持つ『波動』を、具現化することには成功したのだ。


 …………それでも。



「ーーよかったよ……。本当に、イイ……一撃だった……。今のはさすがのボクも……死ぬかもしれない。……ただし、」



 それでも。


 


「あァ〜と1000発くらい連続で受けたらァ、のハナシだけどねえええええええッ!!」




 ーーグドナル・ドルナドル、無傷!!


 彼は間違いなく『波動』の直撃を受けた。だが消滅したのは彼の衣服だけ。その鋼の肉体を余すことなく露わにした全裸の彼は、1ミリ四方のかすり傷すら負わずに仁王立ちしていた。

 世界を壊すほど莫大な、雄弥の魔力。だがそんなものはこの男にとっては最初から関係無い。



 〈剛卿(ごうきょう)〉グドナル。彼の肉体は、世界よりも頑丈だった。



「…………ユメだろ。…………これ」


 無情。

 雄弥、呆然。そしてパタリと倒れる。


 彼はもう身動きがとれない、まばたきひとつできないが、全身の反動裂傷の激痛のせいで気絶することができなかった。


「あァ〜あ、今のでホントに終わりかぁ。今回は期待したんだけどなぁ〜。……ま、いいや! とりあえずもうキミたちは用済み! 殺しまーすッ!」


 全裸になり左胸につけた妙な刺青(いれずみ)を目立たせるグドナルは、雄弥の方にズシ、ズシッ、と歩き出す。


「待ち……なさい……ッ!!」


 噛みちぎられた右腕の激痛と出血でフラフラになっているユリンはそれをなんとか止めようと、左手に鉄針を握って背後からグドナルに跳びかかり、彼の後頭部に向けてそれを力の限りに振り下ろす。

 が、グドナル。首を軽く傾けて針を避け、ふり向かないまま(うし)()で彼女の顔にひとつのデコピンを見舞った。


「がふッ!!」


 パァン、というライフルの発砲音のような音とともに弾き飛ばされたユリンは近くにあった岩に頭から激突し、あっけなく気を失ってしまう。

 何事もなかったかのようにそのまま歩を進めるグドナル。そしてとうとう、地に倒れている雄弥の眼前に立つ。


「そうだ、謝っとくよ……。キミに興味が無い、って言ったことをさ。どうやらボクにはまだまだ人を見る目が養われていないらしいねぇ。キミを外ヅラだけで判断して、中に眠る力の大きさに気づいてなかった。正直に言おう。最後の1発は……ちょーっとだけビビった。自信持ちな、キミは強い! つよいつよーいッ!」



 び……


 ビビ……った……?? ……なんだよそれ……!


 お、俺の全力を……死ぬ思いで絞り出した一撃を……!!



 "ちょっとビビった"…………だ、と…………ッ!?


 

 グドナルの本気かどうかも分からない賞賛が、雄弥をさらなる絶望へと誘う。


 ーー指1本すらも動かせないほどに擦り減った彼の身体が、大きくガタガタと震え出す。


 アルバノの時はほぼ遊びだった。ゼメスアの時も勝つことこそできなかったが、術が通じていないワケじゃなかった。

 ……今のこの状況は違う。これまでのどれとも。勝てない。絶対に。何をしても。今この瞬間、1億年に1度の奇跡が100万回連続で起こったとしても、このグドナルには傷ひとつつけることはできない。


 その揺るぎない事実が、兵士として成長したことで久しく忘れていた"恐怖"を……雄弥の中に再燃させた。


「でもねぇ〜……いくら魔力がスゴくたって、ただデカいだけの力なんてなんもおもしろくないよ。まーもし生まれ変わったら、もうちょいユニークな戦い方をしてくれよな。そんじゃ、死ねッ!」


 倒れる雄弥に、グドナルが手刀を振り下ろす。地盤もろとも叩き割らんばかりの風圧と迫力。くらえば一撃で身体が粉々になるのは誰でも分かったが……もう雄弥にはそれを避けるだけの体力も気力も無かった。




()めぇいッ!!」




 ビタッ!


 そこに突如響いた声。それに反応し、グドナルは雄弥の頭に触れる寸前で手刀を止めた。


「…………んあ? なんだ?」


 グドナルが訝しみながら声が飛んできた方に顔を向けると、そこには1人の男が立っていた。

 白い和風の着物に身を包み、足袋と草履を履き、頭に()(がさ)を被った背の高い人物だ。笠の影で顔は見えないが、声質から判断するに若い男で間違いない。


 笠の男は自身をじろじろと眺めるグドナルに、続けて言葉を投げかける。



「そこまでだ、グドナル・ドルナドル。その者らは我らナガカの客人だ。貴公が攻撃する謂れは無い。速やかに手を引き、この場を去れ」



「……ああ? ナガカの人間か? いきなり出てきてなんだオマエ。何様だコノヤロー」


「何様? それはこちらの台詞だ。もともとここは、我らナガカと友好関係を結んだ人々が自治する非占有地。貴公ら公帝軍兵士が立ち入っていい場所でも、ましてや貴公が好き勝手に暴れていい場所でもない」


「ちょいちょい……随分な言い草だねぇ? こっちはナガカへの不正入国者を取り締まってやってるんだぞ? 善意100%のボランティアまでして、キミらの国内治安保全に一役買ってやってるんじゃないか」

 

「ただの節介の押し付けだ。ナガカの門戸は老若男女・人種・思想を問わずこの世のあらゆる者に対して常に開放されている。それを妨げるとはすなわち、我らの理念を踏み躙るも同じ。貴公の行動は我らに対する挑発以外の他でもない。それとも……公帝軍はナガカとの闘諍(とうじょう)を御所望であるか?」


 男は、笠の影からギラリと鋭い眼光を覗かせた。


 しばらく彼と睨み合っていたグドナルだが、やがて諦めたようにひとつ溜め息をつくとーー


「ふぅ〜……わーかったわかった。大人しく退散しますよ〜ッと。じゃーなボウヤ。次はちゃーんと、殺してやるからね」


 そんな捨て台詞を残し、やれやれ、といったような大ゲサな手ぶりをしながら、スタスタとこの場を去って行った。



「…………な…………な…………?」


 何が起きたのかを把握できず混乱する、血まみれの雄弥。そんな彼のもとに、今度は笠の男が静かに歩み寄ってくる。



「ユウヤ・ナモセだな? ナガカ領主、ハペネ様の使いだ。一緒に来ていただこう」



 男は倒れる雄弥を見下ろしながら、初対面のはずの彼の名を呼んだ。




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