第124話 彼女は、いた。ずーっと
「ユウヤ・ナモセ……あの出来が悪いと評判の転移者の小僧か。なぜ今其奴が話に出てくるのだ」
「順を追いましょう。ではまず、バニラガンとバダックの関係から。この両者の繋がりを示す根拠は2つございます」
アルバノは左手の人差し指と中指を立て、"2"を示す。
「ひとつめはエミィちゃんの証言です。バダックは彼女がバニラガンに囚われていたことを知っており、かつ、バニラガンのことを"飼い犬"と呼んでいた。正確には『バニラガンは"我々"の飼い犬に過ぎなかった』、と言っていたようです」
「そしてふたつめ。本件最初の被害者であるジョンソン・フィディックスの魔力と、バイラン・バニラガンの魔力の組成値がほぼ同一のレベルで一致いたしました」
「しかし彼らは両者ともに天涯孤独の身であり、家族どころか、三親等内の親族もおりません。つまり両者は、正真正銘赤の他人なのです」
ふたつめを聞いた途端議員どものどよめきはさらに大きくなるが、ベラーケン議長だけは相変わらず冷静である。
「……その一致は、血筋に依るものではない、ということだな?」
「その通りです」
「ではお前はどう考える、ルナハンドロよ」
「私個人の結論といたしましては、彼らは同じ者から"魔力を分け与えられた"のだと推測します。彼らの魔力組成値が一致した理由は単純に、彼らの魔力はもともとある1人の者が保持していたものだったからです」
「無論、魔力という概念の性質上そんなことは不可能でしょう。しかしそれは、今ここにいる私たちの中だけで定められた常識にすぎない。私たちの知らない技術を持つ者がこの世のどこかにいる可能性は決して0ではないはずだ」
「そして何よりバニラガンもフィディックスも、生来持ち合わせていた素養とはかけ離れた量の魔力を有しておりました。これら全てに理由をつけるには、それしか択が無いのです」
「先ほど申しました通り、アドソンは『バニラガンは我々の飼い犬だった』と話していた。その台詞から察するに、バニラガンとフィディックスに魔力を与えたのは彼の仲間、あるいは主なのでしょう。こうも巧みに人を操り、しかし自分は決して表には姿を見せない……度の過ぎた卑劣さと狡猾さを併せ持つ人物が、彼らの背後にはいるのです」
「か、仮に……仮にだぞ? 仮に貴様のその推測とやらが的を得ていたとして、それとユウヤ・ナモセがどう関係あるというのだ?」
「お、おい!! まさかその背後にいる黒幕とやらが、ユウヤ・ナモセなのじゃあるまいな!? ヤツは現在行方不明と聞いたぞ!! 姿を消したと見せかけ、影で暗躍しておるのではないか!?」
額の汗を拭いながら捲し立てる議員たち。
が、アルバノは後者の意見を聞いた瞬間、思わず鼻で笑ってしまう。
「ふ……まさか。あの男にそのような立派なオツムはございません。むしろ足らなすぎだ。1度でモノを覚えられんし、そのくせ口だけはデカいし、後先考えずに無茶苦茶ばかりしやがるし……」
「おいアル、話を戻せ」
完全に愚痴モードに入り脱線していた彼を諌めたのは、これまで一言も喋らないでいたサザデーだった。
「! ……おほん、失礼。とにかく彼が黒幕だと言いたいのではない。私が伝えたいのは……むしろ逆です」
「逆……? どういう意味だ?」
「皆様、こちらをご覧いただけますか」
アルバノは右手の資料をテーブルに置くと、何やらびっしりと文字が書かれた別の1枚の紙を取り、その場にいる全員に見えるように高い位置に上げる。
「……? なんだソレは?」
「こちらは、昨日アドソン・バダックの自宅から押収した資料紙でございます」
「バダックの自宅……?」
「この資料のここ。見えますか? ここです。この部分を見てください」
アルバノは掲げた資料の中心あたりを左手の指でトントンと叩き、議員たちは言われるがままそこをジーッと眺める。その部分に記されていたのはーー
「ーー"ユウヤ・ナモセ"……! 確かにそう書いてあるぞ……!」
「そうです。さらにここ。ここにはこう書いてある。『転移者の状態経過について』と。バダックは知っていたのです。ユウヤ・ナモセの存在も、彼がこことは別の世界から来たことも。その事実は今この場にいる我々と、欠席した第二位ゼナク・サズ、そしてネーダ元帥のご子息であるユリンちゃんにしか伝えられてはいない。いち総隊長ごときが知っていい情報ではないことは、皆様にもご理解いただいているはずだ」
「さらに妙な点がひとつ。この紙……留紐から無理矢理引きちぎったような跡があります。おそらくこの資料は本来他にもページがあり、もっと分厚かったのだと思います。しかしこれ1枚以外に、手がかりになりそうな資料類は……一切見つかっておりません」
「? ? そ、それがなんだ? つまりどういうことなのだ」
「……始末された殺し屋たちと同じだ。他のページはおそらく……先回りした敵の手で処分されたのだろう。そしてなぜか敵がその1枚だけを、我々に見つけさせるために"あえて"残した。……そういうことだな? ルナハンドロ」
議員たちが揃って首を傾げる中、ベラーケン議長はアルバノの言いたいことを即座に理解した。
「そう考えて良いでしょう。何の意図があってのことかはまだ分かりませんが……。しかしこれだけはハッキリしております」
アルバノは右手の1枚紙をテーブルの上にバンっと叩きつける。
「ーー敵の狙いはユウヤ・ナモセです。ヤツらはユウヤ・ナモセを利用して何かをしようとしている。以前報告させていただいたゲネザー・テペトという人物もバニラガンとの繋がりがあり、かつ、ユウヤくんの存在についても触れていた。ヤツも少なからず今回の件との関わりがあるはずです」
「全てはユウヤ・ナモセという1人の人間に集約している。不自然なほどに。……だから"逆"だと申したのです。ユウヤ・ナモセは黒幕ではない、むしろ狙われる側だ」
エメラルドグリーンの瞳でこの場にいる1人1人をじっくりと見つめながら、彼は本会議の最重要事項を総括した。
それを受けた国政のトップ連中はというと……
「ーーじょ……冗談じゃない!! だから私は反対したんだ!! そんなワケの分からんヤツを兵士にするなど!! ユウヤ・ナモセが現れてからおかしなことばかりではないか!!」
「その通りだ!! ゼメスアとかいう新種やアイオーラの変異種という前例の無い魔狂獣の出現!! さらにゲネザー・テペトの件といい、あまりにも厄介事が多すぎる!! まるっきり疫病神ではないか、そのガキは!!」
「我々とてたかが1匹のガキのために大事に巻き込まれるのはごめんだ……!! 敵の狙いがヤツだというならば、とっとと差し出すなりなんなりすればよい……!!」
「手ぬるい!! ただちにユウヤ・ナモセは殺すべきだ!! それが1番確実ではないか!! 敵の狙いそのものが消えるのだから!!」
騒然。4人全員、たちまち小学生の学級会のようにギャーギャーと喚き出す。
その体裁を忘れ去った有様を見かねてか、雄弥を慮ってか、はたまたその喧騒の雰囲気に呑まれただけか……アルバノ・ルナハンドロもまた、瞳をカッと燃やして怒鳴り声を上げる。
「なりません!! 我々はあくまで敵が彼を狙っているということを知ったのみです!! その先の目的までは掴んでいない!! 敵の正体も、規模も!! 何も分かっていないのですよ!! 今ユウヤ・ナモセを殺せば、唯一の足掛かりすら失うことになる!!」
「だからユウヤ・ナモセを始末すればそんなものどうでもよくなると言っておろうが!!」
「その思い込みこそ敵の誘導であることに気がつかないのか、このマヌケめ!! 敵がなぜわざわざ1枚だけ資料を残していったのかを考えたまえ!! 踊らされているんだよ我々は!!」
「る、ルナハンドロ貴様ァ!! 上級議員たる我々に向かってそのクチのきき方はなんだッ!!」
「黙れぇいッ!!」
……議事堂そのものを粉々に吹っ飛ばしそうな、ラルバ・ベラーケン議長の咆哮。アルバノ含めた5人はたちまちぴたりと静かになった。
ベラーケンはそのまま赤い席側の4人をギロリと睨みつける。
「たわけが!! 軽々しく"殺す"などとぬかすでない!! 人命のために頭を回すのが貴様ら政治家の役目であろうが!! 立場の自覚を持てッ!!」
彼の叱責を受けた4人の議員たちは、親に叱られた子供のように不貞腐れてしまう。
お次は、青い席側のアルバノ。
「そしてルナハンドロ!! 貴様も気持ちは分かるが態度を弁えろ!! 数多の兵士たちの模範となるべき最高戦力の末席が、礼儀ひとつままならんでどうするッ!!」
「……は。申し訳ありませんでした、議長」
言葉でこそ謝罪の意を示せど、やはりアルバノも納得のいかないご様子。彼の隣に座るサザデーはこんな状況においても眠そうに眼を擦るだけである。
そしてひと通り怒鳴り尽くしたベラーケンはふぅ、と息を吐いたのち、改めて背筋を正す。
「ーー全員、話は粗方承知いただけたであろう!! しかし正直、現状において我々に打てる具体策は無い!! ルナハンドロの言う通り情報が少な過ぎるのだ!! 今回の被害者であるジョンソン・フィディックスがなぜ殺されたのかすらも、我々の知るところではない!! 敵をひっ捕えて吐かさん限りはな!!」
そしてもう1度、議員たちの方へ顔を向ける。
「特に貴様らには何もできはせん!! だが常に危機感を忘れるな!! 己らが得体の知れん敵の手の上にいるという危機感を!! 人の上に立ちぬくぬくとした暮らしに甘んじている貴様らには、ちょうどいい機会とも言えよう!!」
次はまたまたアルバノたちの方へ。
「貴様ら軍は一刻も早く敵の正体を突き止めるのだ!! ルナハンドロ!! 次にゲネザー・テペトやそれに与する者と相対すれば、何としても生きたまま捕えよ!!」
「はッ!!」
彼と同じく背筋を伸ばして応えるアルバノ。
「そしてユウヤ・ナモセだが、肝心の其奴が行方不明のままではハナシが進まん!! サザデー!! 何の根拠があってその小僧が無事だと思うのかは知らんが、ならばさっさと連れ戻せ!! 其奴が戻ってきたら改めて、今後の対策について議論する!!」
「分〜かった分かった。そうデカい声で言わんでも聞こえるよ」
席から立つどころか眼すら合わせず、力の無い返事をするサザデー。
「ではここまでだ!! 閉会するッ!!」
煽られてもなお最後まで怒声を貫いたベラーケンに締められ、猊人政権下における最高会議は幕を下ろした。
議事堂を出て、帰り道を並んで歩くアルバノとサザデー。
アルバノ192センチ、サザデー182センチ。すれ違う人々にじろじろと眺められるノッポな2人。だが彼らはそんな視線など全く気にせず、街道を進んでいく。
むしろ気になる……いや気にすべきなのは、サザデーの様子だった。
「あぁ〜つっかれたぁ。おしゃべりは好きだけど、やっぱりあーいうカタ〜いのはイヤだなぁ」
「アルもお疲れさまぁ。頑張ったね〜。ごめんねぇ全部任せちゃって」
「あれ? ねぇアル見て見て、あの木の上。小鳥が2羽くっついて寝てるよー。キョーダイかなぁ? かわい〜」
……そう、おかしい。おかし過ぎる。
普段の彼女を知っている者からすれば、完全に『ダレ?』の状態である。のんびり、ぽやぽや、ゆったゆた。おまけにアルバノの頭を撫でてヨシヨシまでする始末。議事堂を出てからずーっとこんな調子なのだ。
だがなぜか、アルバノはそれを不審には思っていないようだった。代わりにものすごくウンザリとした表情で、撫でられたばかりの頭をバリバリかいている。
「……あの。いつまでその姿でいるつもりですか、ゼナクさん。ちょっと見た目と言動のギャップに吐きそうなんで……そろそろ元に戻ってくれませんかね」
「ん〜? ……あ〜そっか、忘れてた。どーりでムネが重いと思ったぁ」
するとサザデーの身体が一瞬黒い光に包まれ、やがて晴れた。
ーー毎度の如く、だ。もうそこにサザデーはいなかった。
身長はほぼ変わらない。だがそこにいるのは、もさもさとした純白のロングヘアーの女性。伸びすぎた前髪の隙間からオレンジ色の瞳を覗かせる、抜群のプロポーションを持つ女性。
「ふい〜」
表情筋の動きに乏しいその女性は腰まである長い髪を撫でながら、紺のライダースーツを纏った身体をぐいい、と伸ばす。その動きで、サザデーほどではないが十分な豊かさを誇る胸が揺れる。
ーー彼女の名は、ゼナク・サズ。
憲征軍最高戦力第二位の座に就く人物である。
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