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第123話 文武合議




 一連の事件から2日後の、憲征軍総本部。

 本日、ここはヒジョーにやかましかった。兵士たちがどいつもこいつも、業務もそっちのけでごちゃごちゃと騒ぎ立てているのだ。


 なぜか? 今朝からこんなウワサが流れたからだ。



「おい聞いたかよ! 議事院会が、最高戦力の召集令を出したって!」



 議事院会。猊人(グロイブ)統治下における全ての政治機関・政治権力の頂点に位置する最高意思決定機関である。

 サザデー・ネーダを元帥とする憲征軍はそこから唯一独立した機関であり、院会とは互いの権力の暴走を抑止し合う対等な関係……()()()()()()

 すなわち今回議事院会から発された要請の意味するところとは、文官と軍官のトップ同士が一堂に集うことであった。


 当然、こんなもの一般の兵士たちからしてみれば何が何やらである。

 

「はあ!? なんで今!? まさかいよいよ人間共と一戦おっぱじめようってんじゃないよな!」


「バダック総隊長が昨日いきなり懲戒免職処分になったことと関係あるのかしら……!」


「でも最高戦力って言ってもよ〜。ネーダ元帥とルナハンドロ三位はともかく、二位の人は来るのか? その人が表に出てきたハナシなんざ聞いたことねーぞ」


「つーか……二位ってどんなヤツなの?」


「ヨボヨボのおじぃちゃんじゃなかったっけ?」


「女の人だったはずだよ。確か、名前は〜……」






「ゼナク・サズはどうしたッ!!」


 一方こちらは当の議事院会、その議事堂である。


 議事堂内の景色は実に荘厳だ。ギラギラしたシャンデリアがいくつも吊り下げられている高い天井に、神々しい絵画が窮屈そうに飾られた壁。

 そして大理石の床の上には、赤い革製の高級感漂う椅子が横に10数個、縦に3列で並んでいる。そしてそれと向かい合う形で、同じような青い椅子が同じ数、同じ列数で並ぶ。

 赤い椅子に座るのは院会の上級議員、その中でも特に権威高い4名。翻って青い椅子にはサザデーとアルバノが座っていた。部屋の広さと椅子の数から見れば、随分ちんまりとした寂しい人数である。

 

 そしてたった今怒鳴り声をあげたのは、その椅子の群れに挟まれた通路、その中央に置かれた答弁台に立つ1人の老人だった。

 文官とは思えぬ筋骨隆々の体躯を誇る彼こそは、国会議長ラルバ・ベラーケンである。


「すまないな議長。どうやらアイツ、今回は気分が乗らなかったらしい」


「ふざけるな!! 憲征軍のNo.2ともあろう者が院会の要請をなんだと思っとるのだ!! サザデーよ、貴様はあの女を甘やかしすぎだ!!」


 サザデーの飄々とした釈明に、さらに怒髪天をつく議長。しかしそこにアルバノが割り込んだ。


「議長、この場にいない者の話をしても時間の無駄です。早く始めていただきたいのですが」


「む……! ……ちッ、分かった。その通りだ。サザデー!! 合議の内容はヤツにもきちんと共有しておけよ!!」


「承知した。その寛容さに感謝するよ、ラルバ」


 サザデーの振る舞いは相変わらず、一大組織の長とは思えないほどヘラヘラとしたものだ。


「……ではルナハンドロよ。頼む」


「かしこまりました」


 議長の指示を受けたアルバノは席から立ち上がると、右手に持った紙資料を眺めながら言葉を綴り出す。



「まず先日発生した、ジョンソン・フィディックス殺人事件とそれに関係する一連の出来事について、改めてお話しいたします」


「すでに皆様ご周知のとおり、この事件の首謀者は我が軍の対人治安部隊総隊長アドソン・バダックです」


「彼は殺し屋を雇い、フィディックスの殺害を目論んだ。しかし殺し屋たちが1度目は仕留め損ない、彼に逃げられてしまった」


「おまけに瀕死の彼を、看護師メリッサ・デノムによって偶然発見されてしまったのです。フィディックスにはその場でトドメを刺しましたが、今度は目撃者であるデノムを取り逃す失態を犯した」


「焦ったバダック総隊長は自身の権力に者を言わせ情報操作と証拠改竄を行い、彼女に殺人の罪を着せた。その上で殺し屋たちに彼女をも始末させ、全てを闇に葬ろうとしたのです」


「ですが結局それらも失敗に終わり、バダックの行いの全ては日の元に晒される結果に終わった、と……粗筋としてはこんなところですかね」


「これだけなら軍部上級職員による不祥事で片は付きますが、この事件には極めて奇妙な点が3つございます。ひとつめはーー」

 

 アルバノは資料のページをめくる。




「アドソン・バダックを始めとした本件当事者たちがほぼ全員死亡している、ということです」




 ……だだっ広い議事堂内に、緊張が走る。

 少しの静寂ののち、4人の院会議員のうちの1人が口を開いた。


「……死亡、とは……やはり"殺された"という解釈で良いのかね?」


「はい。まだ捜査段階ではありますが、その事実のみは断言できます」


 質問にアルバノはきっぱりと答える。



「バダックは魔力攻撃による全身損壊で死亡」


「彼に雇われた殺し屋のリーダー、ニビル・クリストンは、宮都外周線陸橋近くの酒造工場内にて死亡。心臓を刃物でひと突きされた状態で倒れているのが発見されました」


「また彼の部下の殺し屋たちは、宮都中央病院でメリッサ・デノムを襲撃したのを最後に目撃情報が途絶え、今朝方、全員死体で見つかりました。死因はクリストンと同じく心臓への刺突。彼の件と同一犯と考えて間違いないでしょう」



「"彼の件と"、だと? ではバダックを殺したのは別の者だという可能性もあるということか?」


 先ほどとは違う議員が口を挟む。


「いえ、可能性ではありません。バダックを殺したのは別の者です。というより……すでに犯人は分かっております」


「なに!? ど、どういうことだねそれは! いったい誰だ!?」


 ここでアルバノは突然、これまでの堂々とした佇まいとは打って変わった暗い表情になり、視線も伏せてしまう。しかしやがて観念したかのように、重々しくその名を告げた。



「ーーエミィ・アンダーアレン……です」



「……? な、なんだ? 誰だそれは?」


 無論、議員連中や議長たちは全くピンときていない。


「宮都中央病院に入院している、6歳の女の子です」


「は……は、はあ?? なにを言っておるのだルナハンドロよ。気でも触れたか? らしくないぞ」


「信じられぬのも無理はありません。私とていまだに飲み込めておりませんもので……。しかし、事実です。バダック死亡の現場であるエーキング駅周辺一帯、そしてバダックの死体に残されていた魔力残滓は、彼女の魔力と完璧に一致しました」


「お、おい!! ハナシが見えん!! なぜそんな訳の分からないヤツが、今回の件に絡んでおるのだ!?」



「彼女……エミィちゃんは私の知り合いでして。とても優しい子なのです。殺し屋たちに追われ中央病院敷地内に逃げ込んだメリッサ・デノムと偶然出会い、事情を聞き、彼女を助けようと行動を共にしていたようです。この私に連絡をつけ、デノムの容疑を晴らしてやるために」


「しかし道中、自ら手を下しに現れたバダックに襲われ、返り討ちにした結果……誤って殺してしまったということです。その様子を実際に見ていた駅周辺の住民たちの証言もありますし、正当防衛ということで結論は出ました」



「……冗談にもならん……!! 返り討ちだと!? 総隊長クラスの実力者を、そんなガキが!?」


「そうです。しかし何度も申し上げるように、私も実際に現場を見たわけではありません。目撃者の話と現場の建物等の破壊跡を併せて察するに、かなり大規模な魔術戦闘が繰り広げられていたようですが……」


「ルナハンドロよ」


 またもや口挟み。今度はベラーケン議長である。


「大規模な戦闘、と言ったな」


「はい」


「妙だな……。そのエミィとかいう小娘とバダックがやり合ったという現場では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()1()()()()()()()()と、事前報告で聞いたぞ」


「はい、間違いありません」


「やはりおかしいぞ。駅どころかその周りの住宅地すら吹っ飛ばされるような事態であったのに、人的被害はひとつも無い? どう考えたって辻褄が合わないではないか」


「おっしゃる通りです、議長。それが私も申し上げたかった、今回の事件における2つめの奇妙な点です」


 アルバノの手元の資料は次のページへ。


「これはあくまで目撃証言のみに基づいた仮定に過ぎませんが、おそらくそれもエミィちゃんの仕業であると思われます」


「ほう……というと?」


「以下、現場付近住民からいただいた証言の記録をそのまま読みます」



 ーー空に浮いていた女の子が、地上に向けて右手から銀色の光を放った。その光に触れた者は、身体の傷がたちまち痕も残さず治ってしまった。



「……とのことです」


「それはまた……突拍子も無いことだな」


「しかし現に死人も怪我人といないのですから。他に何もなかったというなら、この証言を信じるしかないのです」


 その時、またまた別の議員が声を上げた。小柄で丸々と太った、やたらと気の小さそうな男の議員である。


「ちょ、ちょっと待て!! "目撃証言のみに基づいた仮定"だと!? なぜそんなあやふやなことしか言えんのだ!! 当の本人に直接聞けば良いではないか!! その……エミィとかいうガキに!! そいつは生きておるのだろう!?」


「はい、彼女は無事です。聴取もこの私が行いました。しかし……どうやら彼女、バダックとの戦闘時における記憶を失っているようなのです」


「はあ!?」


「エミィちゃんは私から聞くまで、自分がバダックを殺したという自覚もありませんでした。彼女曰く、バダックが自分たちを襲ってきたことは覚えているが、そこから記憶が飛び、気がついた時には全てが終わっていた……ということらしいです。ですから、自分がその超常現象の発端だとは夢にも思わなかったようで」


「フン!! 随分と都合のいいハナシだ!! そのガキがでまかせを吐いてるだけではないのか!?」


 瞬間。

 アルバノはその議員を、殺気に満ちた瞳で睨みつけた。


「……知らぬのだから致し方無い。だがエミィちゃんは、そんな卑怯なウソをつくような子ではありません。この()が保証します。それに専門医師による検査もきちんと行いました。ご安心を」


「う……」


 びくりと怖気付き、口をつぐむ太っちょの議員。


「ゴホン! ……しかしなんとも末恐ろしい子供だな。ルナハンドロよ、先ほどお前はエミィ・アンダーアレンは自分の知り合いだと言っておったが……何者なのだ? 其奴は」


 見かねたベラーケン議長はヒビが入りだした雰囲気を正すためにひとつ咳払いをし、会議継続の指揮をとる。


「あの子は……バイラン・バニラガンが引き起こした連続殺人事件の、遺児です」


「! 1年半前のか?」


「はい。バニラガンの孤児院に囚われていた子供たちの1人でした。……そして議長。良い頃合いですので、ここから本題に入らせていただきます」


「ん? 本題?」


 また、資料のページがめくられる。



「皆様、これからお話しさせていただくことは事前報告には含めていないものです。3つめの奇妙な点……ただ今話題にあがりましたバイラン・バニラガンの事件と今回起きた事件の関連について、お伝えしなければならないことがございます」


「結論から述べますと、それらは全て……ユウヤ・ナモセに繋がっているのです」


 

 会議は続く。

 議長や議員たちはざわつきだし、アルバノの隣に座るサザデーはくわりと大きなあくびをした。




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