第112話 小さなヒーローたち④ -憧憬-
病院から少し離れたところにある、高い建物に挟まれた薄暗い路地。
子供2人と、大人1人。全速力で走って逃げてきた彼らの息切れが、壁に挟まれた空間によって大げさに反響する。
「リュウくん、大丈夫……!? リュウくん……ッ!!」
「う……こ、こんくらい……! ……ぐぅ……う……」
両脹脛から血を流すリュウと、それを青ざめながら心配するエミィ。年頃の子供らしい強がりを見せる少年だが、やはり苦悶は隠せない。地面に倒れながら呻いている。
「ちょ……ちょっとごめんね……!」
すると、そんな子供ら2人よりも遥かに動揺しているメリッサが、地面に仰向けに寝るリュウの脚に探るように触れ始めた。
「……だ、大丈夫……傷は小さいし、太い血管もやられてない……! これなら私にも処置できるわ………! アンナちゃんは……!? どこか怪我していない……!?」
「ううん私は大丈夫! 早くリュウくんを……!」
メリッサは激しく鼓動する自身の心臓音から必死に耳を背けるながら、震える両手にぽわりと魔力の光を灯らせる。それがリュウの脚に触れると、撃たれた傷がゆっくり、少しずつ癒えていく。
ところで、寝そべっているリュウ少年が気になったのはメリッサの言葉である。
「あ、アンナぁ? なにいってんだオバさん? コイツのなまえはエミィだぞ」
「え……ッ? エミ……ィ? で、でもさっきあの男たちに名前聞かれた時、確かに"アンナ"って……」
メリッサは怪訝な表情でエミィを見るが、当の少女は得意げにそれに答える。
「昨日読んだ小説に書いてあったの。知らない人に自分の名前を教えるのはダメだ、って。特にあんな怖い人たちに教えるなんて、絶対危ないよ。だからウソのお名前言っちゃった。私、本当はエミィ・アンダーアレンっていうの。"アンナ"っていうのは、その小説の主人公の女の子の名前だよ」
しかしこれにはリュウがびっくり仰天。
「ええ!? お、おまえおれのなまえはフツーによんでたじゃんッ! おれのなまえワルものにしられちゃったよ!? ど、どうすんの!?」
「あ、ご、ごめんね……。それはその……つい夢中で……」
……あっという間にしどろもどろ。彼女のこの妙な詰めの甘さは、どっかの誰かさんそっくりである。
「ていうか、なんでオバさんあんなワルいヤツらに追っかけられてんだ? あいつらだれなんだ?」
「わ、分からない……。あんな人たち知らないわ……」
その質問には、エミィが意見を挟んだ。
「……メリッサさんが助けようとした男の人を殺した真犯人……ううん、それに雇われた人たち……じゃないかな……」
「え……!? ど、どういうこと……!?」
「犯人はメリッサさんの眼の前で、人を殺した。……もしかしたら、その時自分の顔を見られたかも、って思ってるんじゃないかな。それで自分が捕まらないために、メリッサさんまでも殺して秘密を守ろうとしてる……」
「そんな!! み……見てない!! 顔なんて見てない!! 私はあの時、どこから撃たれたかも分からなかったの……!!」
「……でも、犯人はカン違いしてる……のかも……」
「な、なぁなぁさっきからなんのハナシ?? おれ、わかんない」
少年は質問したのに一向に状況が掴めず、眼をパチクリ。
「い……一応終わったよ、リュウくん……。どう……? 痛くない……?」
「うーんと……おおーすげー! ぜんぜんいたくないぞ! ありがとうオバさん!」
「あ、そんな思いきり動いちゃダメ……! 治したって言っても薄皮を張らせたくらいだから……!」
脚の傷が塞がってぴょんぴょん跳ねる少年。だが……もちろんメリッサが彼と同じ気分になれるはずもなかった。
泥まみれの白ワンピースに身を包んだ女性は建物の壁に力無くもたれると、ずるずると膝を抱えて座り込んでしまった。
「……これから……どうすればいいんだろ……」
「きまってんだろ! はやくツーホーしようぜ! ヘイシのヒトたちにたすけてもらわないと!」
メリッサの独り言とも取れる虚な言葉に、リュウが即座に当たり前の提案をする。しかし、これまたすぐにエミィが却下。
「ダメ……だと思う」
「な、なんで!?」
「あの男の人たち、兵士じゃないのにバッヂはちゃんとつけてた……。兵士のフリをしてた。もしかしたらまだそういうニセ物の兵士が他にもいるかもしれない。うっかりそんな人に声かけちゃったら今度こそ危ないし、それに本物の兵士に会えてもメリッサさんが捕まっちゃうのは変わらないし……」
「え、なに? なんでオバさんがつかまんだ? ……ん!? オバさんなんかワルいことしたのか!? オバさんもワルものなのか!?」
「違う〜! 間違いなの! メリッサさんは何もしてないのに、悪い人だって間違えられてるの! あとリュウくん! 女の人にオバさんなんて言っちゃダメなの! 失礼でしょ!」
「あ? う? ご、ごめん……。でも……じゃあどーするんだ?」
振り出しに戻る。路地裏は静寂に包まれ、どこかで水がポタポタと垂れる音だけがリズムよく刻まれる。
「ーーアルバノおじちゃんなら」
「? アルバノって……おまえのおみまいによくきてるアイツか?」
「うん……うん! そうだよ、アルバノおじちゃんならきっと助けてくれる! 確かおじちゃん、今日は非番だって言ってた! だからお家にいるはず!」
まだテニスボールすらもしっかり握れなさそうなサイズの手をきゅっと握り締め、少女は口調に希望を乗せていく。
「ひ、"ヒバン"? "ヒバン"ってなんだ??」
「お仕事がお休みってこと! さ、行こう! 住所と電話番号はこの前教えてもらったから分かるよ! まず電話見つけてーー」
「待って!!」
狭苦しい場所に反響する大声。その制止の主は、うずくまったまま動く意志を見せないメリッサ。
「……いい……もう、いいわ……」
「はぁ? なんだよいいって。なにいってんだオバ……じゃじゃじゃなくて、メリッサさん?」
「もう……あなたたちを巻き込みたくない。あなたたちみたいな小さい子を……。だから……もういいの……。私が軍に出頭すれば、少なくとももう誰も傷つくことはない……」
「!? ダメ! ダメだよメリッサさん! 言ったでしょ!? どこにニセ物が混ざってるかわからないんだよ!? それに何もしてないのに捕まるなんてそんなのおかしいよ! アルバノおじちゃんは軍の偉い人だから、絶対なんとかしてくれるよッ!」
エミィは彼女の肩を両手で強く掴み、必死の形相で彼女を諭す。
……心身ともに疲れ果てた女性は、怪訝な……いや、もはや疑念に等しい表情で少女を見つめ返す。
「どうして……そこまでしてくれるの……? 会ったばかりの……私のために……」
一瞬キョトンとするエミィ。だが彼女はすぐに、どこか遠い眼差しをしながら微笑んだ。
「……メリッサさんも私といっしょだね」
「え……?」
「ーー私のことをね、助けてくれた人がいるの。その人はいっぱいケガをして、いっぱい痛い思いをして、いっぱい怖い思いをして……。それでも、私のそばにいてくれた。私のことをずっと守ってくれた。その時私も……おんなじこと、思ったよ」
「でもその時……すごく、すごく嬉しかったの。すごく……安心したの。あと、あとね。私もああなりたいって思ったの。あんな風に……カッコよく……」
一言一句噛み締めて話すエミィ。それを眺めるリュウの顔は、やはりちょっぴりむくれている。
「おにぃちゃんなら……ユウおにぃちゃんなら逃げない。そんなこと絶対しない。だから私も逃げない。見捨てない……! それにメリッサさんはもう他人じゃないもん。お名前教えっこしたしね」
6歳になったばかりの女の子は、そうキッパリと言い切った。
……メリッサは呆気に取られた。圧倒すらされた。その迫力が自分の半分どころか4分の1も生きていない子供のものだとは、到底思えなかった。
「……で、でも……リュウくんは……。怪我だってしてるのに……」
「あ!? いくにきまってんだろ! なにがなんだかよくわかんねーけど、エミィにはおれがついてなきゃダメだしな! こんなケガだってへっちゃらだ!」
少年の方もなんの躊躇いもなくドンドンと胸を叩く。
「あなた……たち……」
「さ、行こ! メリッサさん!」
「げんきだせよ〜! おれらがついてるぜ!」
自身を立ち上がらせ、ワンピースの袖を掴んでぐいぐい引っ張って行くエミィ、後ろから腰をずいずい押してくるリュウ。
小さな女の子と、小さな男の子。まだまだ大人に甘やかされ、守られるべきはずの子供たち。
疲れ果てて精魂付きかけたメリッサの瞳から、静かに涙が溢れていく。
か弱い彼らの励ましの言葉が、行動が。
彼女にはとても嬉しく……とても頼もしかったのだろう。
「ーーもしもし……あぁ俺だ。すまねぇ、しくじった」
全身を汚れにまみれさせたニット帽の男。彼は道端の公衆電話の受話器を耳に当て、なにやら周囲をチラチラと警戒しながら話している。
『……なんだと? どういうことだ。たかだか女1人を殺すのに失敗する要因がどこにある』
通話の相手も、また男。ニット帽男の報告に対し、いやに不機嫌な声を返していた。
「女を都立中央病院までは追い詰めたんだが、そこで2人のガキに邪魔された……。兵士のガワを被ってることもバレちまったし、部下を全員やられた上女を連れて逃げられちまった。アンタからもらったこのバッヂも無駄になっちまったな」
『ガキ……だと……!? 貴様ふざけているのか……! まさか、そんな冗談で私の笑いがとれると本気で思っているんじゃあるまいな……ッ!?』
「おい、違う。マジの話だ。男と女が1人ずつ……名前は"リュウ"と……"アンナ"。歳は2人とも7歳かそこらだ。男の方はバケモンみてぇな身体性能を持ってる。チャカの弾を生の手で防ぎやがった。女の方はやたらといいオツムをしている。勘も良い。よしよししてやりてぇくらいだ」
『……なんだそれは……与太話だとしても突飛が過ぎるぞ……!』
「だな。俺だってそう思う」
『いったい何者だ……! まさか軍の少年兵か……!? 軍は我々に気づいていたのか……!?』
「さぁな。だが訓練された動きじゃあなかった。軍関係かは知らんが素人であることは確かだ。まぁもちろん磨けばあっという間にギンギラギンの宝石になるだろうがよ」
『ーーいや……いくら出来がいいとはいえ、所詮はガキ……。それだけで貴様が殺り損ねるとは思えんな……。……貴様……ほだされたな……!』
「…………どうかな」
ニット帽の男の口調が、急に歯切れの悪いものになる。
『いいか……これはあのお方のための行動なのだ。それを疑うというのはれっきとした反逆だ。いらん手心を加えるようなマネをしてみろ……貴様もジョンソンと同じ末路を辿ることになるぞ』
「ちッ。うるせぇなわかってる。仕事は必ずやり遂げるさ……。しかしよ、本当にあの女を殺す必要があるのか? いくらジョンソンを殺すところを見られたとはいえ……ビビりすぎじゃねぇのか」
『あのお方の行く道には砂利のひとつもあってはならん……。不穏な可能性が少しでもあるなら見過ごすわけにはいかんのだ。貴様のような能天気は黙って従っておればよい。余計なクチをきくな』
ガチャン、と乱雑に受話器を置く、通話相手の男。
男は薄暗い部屋の中にいた。明かりもついていない、カーテンの隙間から入る細い光だけが頼りの部屋に。
顔立ちは40代半ば、中肉中背、ネクタイまできっちり締め上げた紺のスーツ姿に、整髪料でガチガチに固めた茶髪のオールバック。テーブルに腰掛け、右手で酒の入ったショットグラスを振っている。そのくつろいだ様子から察するにここは男の自宅なのか。
「ーー都立中央病院……確かあそこにはルナハンドロ三位の進言で、バニラガンの孤児院にいたガキどもが集められていたはず……歳頃も一致する……。……まさか……。ーーいや……やはりダメだな。不安要素が増えすぎだ。人目につく危険は拭えんが、私自らの手で確実に始末を付けなくては……」
テーブルに肘をついてしばらく考え込んでいた男はおもむろに立ち上がり、部屋の隅にある鍵付きの戸棚を開ける。中には一丁の拳銃と、分厚く重ねて置かれた何かの資料。彼は拳銃の方をその手に取る。
「全ては……この腐世の未来のために……」
ーー残った資料紙の山。その1番上の紙の一部には、小さな文字で……「ユウヤ」と記されていた。
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