第101話 人外と、人道と -グーリベリル-
「あああああッ!! フラム様ァァァッ!! ーーッ」
パキ、ボリボリ、と寒気がする生々しい咀嚼音とともに、糸で引っ張り上げられた公帝軍兵士はあっという間に、木の上にいる巨大蜘蛛に頭から喰われていってしまった。
蜘蛛のバケモノの口からは食べこぼした腕の一部や血が地面にぼたぼたと落ち、木の根元に残酷な肉片溜まりができあがる。
「ジジジジジジジジジ……!」
ーー体長5メートル弱、体高80センチ程度。
棘に覆われた8本の節足。頭、胸、やたらとデカい腹部。
顔面についた大小6つずつのルビーのような眼。赤と黒の縞模様の体色。
そして何より、雄弥ですら馴染みのある虫の一種、蜘蛛にそっくりのその姿。コードはーー
「……"グーリベリル"……!!」
雄弥は、練兵教本に記されていた魔狂獣の一覧のうちの1体と、木の上にいるその怪物の姿を一致させる。
兵士の身体を食い尽くした魔狂獣グーリベリルは次の餌を確保しようと、イユの家の前に集まる者たちに向けて再び尻から糸を発射した。
「総員散れッ!!」
「イユッ!!」
「きゃ……ッ!!」
しかし〈煉卿〉フラム・リフィリアの一声により公帝軍兵士たちはすかさず群れをばらけさせ、雄弥もイユを抱えてその場を退避。プロ野球選手の豪速球のようなスピードで飛んできていた糸から逃れる。
加えてフラムは避けざまに右手人差し指を木の上の魔狂獣に向けると、その先端に魔力を集めた。
「"花熄"ーー『芍灼』ッ!!」
次の瞬間には、そこから一筋の細い熱線が放たれる。
それはじゅうじゅうと音を鳴らしながら標的へと迫るが、グーリベリルが寸前で枝から地面へと飛び降りたことで命中叶わず、虚空へと消え去った。
「ジジジジジジジジジ……!!」
ドズン、と着地したグーリベリルもまた、今の一撃でこの場にいる者たちの中で誰が1番の脅威かを理解したのだろう。すでに真っ赤な12個の眼玉は全てフラムのみを捉えていた。
『くそッ……こんな森の中じゃ迂闊に炎が……『雅爛』の術が使えない……!!』
対峙するフラムは、歯痒そうな顔をする。
そう、ここは木々が密集する森林。しかも人里に隣接している。もし術の炎が森を燃やしそれが街にまで延焼したら……待っているのは、魔狂獣の被害にも劣らない大惨事だ。
『仕方ない……!!』
彼はひとつ何かを決意すると、すぅッ、と息を吸い込み、散らばった自身の部下たち全員に届くように大声を張り上げた。
「みんな今すぐ森を出て、付近の住民を避難させろ!! 森から最低でも1キロ以内には誰も入れるんじゃないぞ!!」
「はい!? し、しかしフラム様!!」
「反論は無しだ!! こいつはグーリベリルだぞ!! 魔狂獣の中でも特に凶暴な1体だ!! お前たちでは手に負えない!! そして街に出すわけにも、逃がすわけにもいかないッ!! 避難が完了したら信号弾で合図をくれ!! そしたら僕が、この森ごとヤツを吹き飛ばすッ!!」
「りょ……了解ッ!! 行くぞお前らッ!!」
フラムの指示を受けた十数人の兵士たちは現場を離れ、大急ぎで街へと向かう。
「ーーも……森ごと吹き飛ばす……!?」
しかし、その指示の内容に戦慄したのはイユである。
「お、おい待てよあんた!! この森ごとヤツを消すだと!? んなことしたらイユの家も失くなっちまうだろうがッ!!」
それは雄弥も同様で、彼は当然の抗議をフラムに投げた。しかしーー
「すまないがご理解願おう!! たった1人への気遣いのために、街の人々全てを危険に晒すわけにはいかない!!」
「馬鹿ぬかすなよッ!! 他にも方法はいくらでもあるじゃねぇかよ!!」
「言ったろう!? 万一にもコイツは逃がすわけにはいかないと!! そのためには、より確実な手段を取らなければならない!! "僕1人だけでも為し得る"確実な手段をね!! 頼むから分かってくれッ!! それよりあなたたちも早く森から出るんだ!! だがユウヤ・ナモセ!! あなたにはこれが終わった後でじっくりと話を聴かせていただく!! くれぐれも街から逃げようなどと思うなよ!! そんなことをすれば、あなたへの疑いはますます強くなるということを忘れるなッ!!」
「う……く……ッ!」
……結局彼は、ぐうの音も出ない。
人外の獣を相手にするのに、人道は邪魔なだけ。以前ユリンも言っていたことである。〈煉卿〉のそれは、兵士の判断としては当然だった。
「ユウヤ……もういいの。私はいいから……」
「でもイユ!! あの家はお前と母ちゃんのーー」
「ううん、いいの。ホントに大丈夫。……あの人の言うことは、正しいよ……」
イユは気丈に笑って見せるが、その手はかすかに震えていた。……明らかに、納得などできていない。
「ジジジッ!!」
「!! 危ない!!」
そんなイユと雄弥に向けて、歯をガキガキと鳴らしながらグーリベリルが突進。轢かれる寸前でフラムが2人を抱えて飛び退き、勢い余った蜘蛛型魔狂獣はその先にあった木の幹に激突する。
「2人とも森から出るんだッ!! 早く!!」
そのフラムの怒鳴り声に叩き出されるように、雄弥とイユは現場から脱出した。
ーーなぁイユ。こういう聞き方はアレだけど、お前はなんでここに住んでるんだ? 診療所のじっちゃんが言ってたぜ? 前からお前に何度も一緒に住もうって提案してるけど、断られ続けてるって。言っちゃなんだけどこの家軽い地震とかきただけで崩れそうだし、危ないんじゃねぇか?
なによ、失礼ね。そんなボロ小屋に居候しているのはだぁれ?
ハ、ハイ。オセワニナッテオリマス。
ふふ……冗談よ。……別に大した理由じゃないの。子供じみた、馬鹿馬鹿しいハナシよ。ただここは……ママとの思い出が、たくさんあるから……。
……悪ぃ。無神経なこと言った。
いいの、気にしないで。自分でもわかってるもの。いつまでもそんなことにこだわっても仕方ないって。……でも、できることなら……できることならもう少しだけ、ここで暮らしていたいの……。
……森から800メートルほど離れた街中。大勢の住人たちがわらわらと集まり、公帝軍兵士たちの誘導に従って順次避難行動を取っている。
イユと手を繋いでそこに紛れている雄弥の脳裏に思い起こされたのは、ほんの少し前のイユとの会話。
彼女の家はこんな突然あっけなく失われるには、あまりにも重すぎるではないか。
「もうじき避難が完了します!!」
「よぉし、信号弾の準備だ!! 一刻も早く、フラム様が森もろともグーリベリルを焼き払えるようにするのだッ!!」
それを否定するような、周囲の兵士たちが交わす声。無情の時が近づく証。
雄弥は自身の左手に握られているイユの右手の震えが、どんどん強くなるのを感じ取る。
ーー彼の持つ選択肢は2つ。
動かないこと。イユの思い出が消えるのを、背を向け黙って見過ごすこと。
動くこと。少女のために、仮面を外す。訪れるのは身の破滅。
……悩むことではない。彼の心は決まった。
「イユ」
「? なに……?」
うつむいていたイユは、隣にいる雄弥からの呼びかけで顔を上げる。
「……ど、どうしたの?」
彼女は少なからず驚いた。自身の瞳に映った雄弥が、多分な名残惜しさを含んだどこか辛そうな笑顔を、向けてきていたからである。
「……ごめんな。短い間だったけど……ありがとよ」
「え……? ユ、ウヤ……?」
言葉の意味を彼女が噛み砕くより先に、雄弥は突如避難民の人混みを押しのけながら森に向かって全速力で駆け出した。
「ま、待って!! ユウヤッ!!」
背後からのイユの制止も振り切り、彼は走る。
彼は信じることにしたのだ。自分の決断を。自分の生き方を。
自分の存在に少しでも意味を持たせられるように。
いつかアルバノの前で心に誓った、そういう自分の生き方を……。
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