万能錬金術に目覚めた辺境貴族の三男坊は、最強ゴーレムたちと成り上がる

第一章 錬金術修行

牛獣人の少女

　エルトリア帝国の辺境、ダルキア地方の小都市ディエルナ。

　人口一万程度の小規模な都市だが、町は強固な城壁で囲まれている。

　人魔が入り乱れ日夜争いを繰り広げているダルキア地方は帝国防衛の最前線であるから小さな都市でも大なり小なり軍事拠点としての機能を有している場合が多い。

　とはいえ、バテルの暮らすディエルナは帝国本土に比較的近いということもあり、大規模な魔物や異民族の侵入はめったにない。

　そんなディエルナで見張りの兵以外はまだ寝静まった朝、町の中央部に位置する領主の屋敷で、一人の少女があわただしく準備を始める。

　彼女の名はイオ。彼女の家は、遠い昔にクラディウス家と戦い屈した牛獣人の部族の家系だ。頭の立派な角と黒い耳、それと白い尻尾。そして服の上からでもわかる実り豊かな体もその証拠だ。白いメッシュが入った黒髪が特徴的な、町でも評判の美少女である。

　数百年間、イオの家はずっと従者としてクラディウス家に仕えてきた。イオもクラディウス家の三男、バテルの従者として仕えている。

　最近は、主人であるバテルが、やたらと朝早くに起きるので、従者であるイオはそれよりも早く起きねばならず、忙しい。

　（バテル様は自分でやるからいいっていうけど、バテル様のお世話をするのが従者の務め。今日も頑張らないと）

　イオはバテルが起きだす前に、いそいそと支度を始める。

　バテルと同い年で、前世の記憶も当然ないが、よほどバテルよりもしっかりしている。

　「う、またきつくなっちゃったかも」

　胸のあたりがきつい、この前、仕立て直してもらったばかりなのに、とため息を吐く。最近はバテルがちらちらと見てくるのも気になる。主の下心だが、純真なイオは、太ったせいだと嘆いている。

　「いけない。忘れるところだった」

　従者の正装たるメイド服に着替えるとバテルからもらった小さなカウベル付きのチョーカーを最後につける。

　クラディウス家の初代当主が、屈服させた証として牛獣人たちに着けさせたのが始まりだが、今では、トレードマークのようになっている。

　その歴史的経緯を聞いたバテルは、イオにプレゼントしたことを後悔し、外すように言ったが、いつも、バテルの指示に従うイオがこれだけはかたくなに譲らなかった。歴史的経緯どうあれ、イオにとってはバテルのつながりを示す大切なものだ。

　同い年であるため双子の兄妹のように育てられてきたバテルとイオは、お互いのことを信頼しあう絶好のバディだ。イオは立場上常に一歩引いているが、バテルが家族だと思ってくれていることも知っている。

　家族が屋敷を離れがちな分、バテルとイオは本当の兄妹以上の強いつながりがある。

「けほけほ」

　イオは、今朝からのどの調子が悪く、体も熱っぽい。

　牛獣人であるため体は丈夫な方だが、この二週間、夜明け前には準備を始めているので無理がたたったのだろう。

　それでもバテルのために従者として働くことはイオにとっては喜びだ。

　ただ、なんでも自分に相談してくれていたバテルが一言も言わずに出て行ってしまうことだけが、彼女の心に暗い影を落としていた。

（バテル様は、こんなに早く起きてどこに行っているんだろう？）

　イオはただバテルのことが、心配だった。

　バテルは、帰りが遅いうえに、いつもボロボロになって帰ってくる。　

　それがもう二週間だ。働き者のクラディウス家の人間だといっても多忙が過ぎる。

　泥のように眠ってしまうバテルを見て、体を壊すのではないかと気が気ではない。

　だが、どこに行っているのかと再三再四、尋ねてもはぐらかされるばかりで教えてはくれない。

　長年のともに暮らしてきたからイオには、バテルのウソなどすぐにわかる。

（いけいない。従者である私が、バテル様を詮索するなんて）

　だが、主人が何かおかしなことに巻き込まれていたのならば、それを止めることもまた、従者として育てられたイオの役目。大主人であるバテルの父には幼いころから言われていることだ。

（でも、もし、もし危ないことに巻き込まれていたら……）

　バテルは貴族には珍しいお人よしだ。厄介ごとに巻き込まれているが、その優しい性格ゆえに自分に気を使って、言い出せないのかもしれない。

　主人が困っているなら助けるのが従者の役目だ。早急に事を解決しなけらばならない。

（これも従者としての役目、バテル様が何をしているか突き止めないと）

　イオは決意して、呼吸を整え、バテルの寝室に向かう。

「バテル様、イオです」　　　

「ちょっと待ってくれ」

　寝室の扉をノックするとバテルの声が聞こえてくる。どうやらもう起きだして準備を整えているらしい。

　しばらくすると扉が開き、バテルがイオを招き入れる。

「おはようございます。バテル様」

「ああ、おはよう。イオはまだ寝ていてもいいんだぞ。準備なら自分でできる」

「いえ、そういうわけにはいきません。私はバテル様の従者ですから」

「無理はするんじゃないぞ」

　なにもおかしいところはない。いつもの優しいバテルだ。

　イオは何度も自分の不手際のせいで、怒らせてしまいバテルが何も言わないのではないかと考えたが、バテルの態度はいつもと変わらず怒っている様子はない。

「なにか食べて行かれますか？」

「いや、いい。夕食だけ頼む」

「せめて、スープだけでも」

「ごめん。急いでいるんだ」　

　イオは多忙なバテルの体を少しでも休ませようとするが、バテルは聞き入れない。

「今日はどちらに？」

「稽古をした後に町をまわるつもりだよ」

　嘘だ。バテルはいつもそういってイオに真実を伝えない。

　門番に確認したが、バテルは朝一番で、外に行き、帰ってくるのは夕方ごろだという。

「私はお供しなくてもよろしいのですか。けほ」

「大丈夫だ。イオは屋敷で仕事をしていてくれ。それよりも大丈夫か。体調が悪そうだけど」

「けほけほ。申し訳ありません。朝から少し咳が」

「イオが咳？　珍しいな」

　生まれてから病気一つしない元気が売りの少女イオが、珍しくせき込み顔色も悪い。まじめすぎるイオは、体調を押して、朝早くに起きてはバテルを見送り、それから家事などの通常の業務をこなして、遅くまで主人の帰りを待っている。

　イオは隠しているつもりだったが、いつも一緒にいるバテルにはすぐに分かった。

「イオ。やっぱり今日は、休んでいてくれ。姉上には俺から伝えとく」

「大丈夫です。私、働けます」

　イオは元気よく腕を振って見せるが、咳が止まらない。

「ダメだ。……よし。あとで大陸一の神聖魔法の使い手を呼んでくるからそれまで休んでいてくれ」

　大陸一の神聖魔法の使い手が、この辺境のディエルナにいるわけがない。

　もしかするとバテルは、新手の宗教に騙されて洗脳されているのかもしれないと疑う。つい、この間、帝都でそういう事件があったというのを本で読んだ。

「大丈夫……いえ。わかりました。では、今日はお言葉に甘えて、お休みします。いってらっしゃいませ」

　イオは言いたいことを飲み込んでいつも通り、バテルのことを見送った。

「私がバテル様を守らなくちゃ」

　イオはしばらくすると一度咳払いをしてのどの調子を確認し、メイド服の上から古びたローブをかぶって顔を隠した。

　小さな密偵がバテルを追って森に消えた。