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おにぎり

「もうどうにでもなれ!」


 バテルは脳内から錬金術の情報を引きずり出す。元素を感じるという感覚的な修行ばかりで、ろくに錬金術など使っていないが、生き残るにはやるしかない。知識はある。あとは実践だけ、見よう見まねで錬成陣を展開する。

 手のひらを迫りくる溶岩流に向け、意識を集中させると、シンセンほどとはいかないが、十分に巨大な錬成陣が展開される。

 錬成陣の展開まではできた。


「火と土を水に、火と土を水に。思い出すんだ。あの滝を!」


 バテルは、必死にイメージする。激流に身をゆだね、水と一体になったあの感覚。あの時、確かにバテルは水になっていた。

 バテルたちが展開した錬成陣に溶岩流が直撃する。


 「「錬成!」」

 

 そう二人が叫ぶと溶岩流は、錬成陣を抜けた途端、水に変わり、舞い散る。錬成は成功した。水となった溶岩流は上へと吹き上がり、後続の溶岩流を冷やして固めていく。


「やった。できた。できましたよ。師匠」

「気を緩めるでないぞ。まだまだ来る。これでは魔力供給が間に合わんか。ええい。ちともったいないが、こいつを使うしかない」


 シンセンは金の髪留めを抜き取ると、錬成陣へと投げ込む。

 金の髪飾りは、光の粒子となって溶けて消え、勢いを失っていた錬成陣は、再び輝きをとりもどす。溶岩流は一瞬ですべて水へと変わり、雨となって山に降り注いだ。

 

「師匠。今のはなんですか?」

「金じゃよ、金。あの髪飾りは金がふんだんに使われている一品じゃ。わしとバテルをもってしても魔力の供給が間に合わなかったからな」


 錬金術は基本的に魔力をエネルギー源とするが、エーテルを代わりに使用することができる。むしろエーテルのほうが、エネルギー効率が非常によく、微量でも大規模な錬金術を維持できる。

 命宿るものには普遍的に存在しているエーテルだが、その量は少なく自由に扱うことは難しい。しかし、金や銀などの貴金属は、非常に純度の高いエーテルを含んでおり、エネルギーに変えることができる。

 皮肉にも金を作り出そうとしていた錬金術師は、金を使う術ばかり思いついてしまったのだ。


「あれはわしのお気に入りじゃったんじゃがのう。致し方ない。じゃが、これで、火と土をその身に感じることができたじゃろう」


 シンセンはほどかれた長い髪を指ですく。


「はい。それはもう嫌って程に」


 焼け焦げ、泥まみれになったバテルは、安心感から脱力し、地面に倒れこむ。

 二日目にして難事をやり遂げてへとへとだ。

 体力も精神力も、削られ、立つ気力すら残っていない。

 

「さあ、帰って飯にするぞ。今日は頑張ったからな。特別に故郷の味、わし特製の握り飯を存分に食わせてやろう」

 

 一歩も動けなくなったバテルはシンセンに背負われて、山を下りた。

 そのあと、バテルは、シンセンの住む質素な山荘で、食事をごちそうしてもらった。

 森の中でひっそりと栽培していた米を炊いて適当な大きさに握り、塩を振りかけおにぎりだ。

 寒冷なダルキア地方は、シンセンが東方より持ち込んだ米の栽培には適していないが、長年にわたる品種改良と錬金術を用いた肥沃な土壌づくりによってシンセンが食うに困らない程度には栽培に成功している。

 

「ほれ、たんと食うがよい。魔力を消費すると腹が減るじゃろう」


 シンセンの小さな手で急いでつくてくれたせいか、あまり出来がいいとは言えない大きな塩おにぎりをバテルは恭しく受け取る。

 米はよく炊けていて、熱い。粒が良くたっていて、白く輝いている。こうばしい匂いが鼻をくすぐる。

 シンセンの言う通り、腹が減った。

 

「はぐっ! はぐはぐ!」


 バテルは、飢えた獣のようにおにぎりを貪り食う。

 魔法や身体強化、錬金術などを使うと人も大量のエネルギーを消費し、強大な力を行使すればするほど体はエネルギーを欲する。

 生物にとって唯一のエネルギー供給手段は食べること。優秀な魔導士や戦士ほどよく食べる。

 バテルは、今なら、塩だけで、一俵は食べられそうだった。


「うまいか?」

「はい、おいしいです。こんなにうまいおにぎりは食べたことがないです。はぐはぐ」

 

 あまりのおいしさとなつかしさに涙があふれてくる。

 やはりバテルも前世は日本人だったというだけあって、記憶はなくとも、その魂に米のうまさが刻まれているに違いない。

 もはやしゃべっている時間すら惜しい。

 バテルは、右手で、おにぎりを口にねじ込んでいる間に、左手でもう一つのおにぎりを食べる。

 

「これ、あまり急いで食うな。茶をのむがよい」 


 シンセンが淹れてくれた適度にぬるくなっているお茶で、バテルは一気に米を押し流す。

 これぞ。至高の食事だ。

 この日、以来、バテルは空腹の極致で食べたおにぎりが、あまりにも美味だったのか、米に執着するようになる。


「ぷはあ、美味しかったです。師匠。ありがとう……ござい……ました」


 ようやく、満腹になったと思えば、バテルはよほど疲れていたのかその場でコテンと眠ってしまった。


「ちーとばかし無理をさせすぎてしまったのう。仕方がない。まさか、この年になって子守をすることになるとはの。長生きしてみるものじゃ」

 

 シンセンは、バテルを担いで、久しぶりに森を出るとディエルナの町に忍び込んで、だれにも気づかれずに、バテルをベッドに寝かしつけた。

 

 次の日、気づくとバテルは自分のベッドの上にいた。

 

 修行を始めたばかりの時は、あまりに厳しさに鬼めと思ったが、やはりシンセン師匠は弟子思いのいい師匠だとバテルは再認識する。

 起きたばかりで体の節々が痛むが、すでに身支度を整えている。 

 

 三日目の今日も修行のためシンセン師匠のいる森にやってきた。


「おはようございます。シンセン師匠」

「ん? バテルか。今日はずいぶん元気じゃな」


 眠たそうに目をこすりながらシンセンが現れる。


「美味しいおにぎりを食べて、一晩寝たらからもう大丈夫です」

「そうか、そんなに美味かったか」

 

 シンセンは照れくさそうに鼻をこする。

 

「俺、わかってきたんです。師匠の言っていた自然と一体になるってこと」


 バテルの錬金術への意識はシンセンとの地獄の修行を通して、百八十度変わっていた。

 魔法が主流のこの時代、錬金術はすっかりすたれてしまい今では胡散臭いだの異端だのと言われている。

 しかし、バテルが、あの石板から得た錬金術の知識とシンセンから習った錬金術の使い方はバテルの想像よりもはるかに強力なものであった。

 迫りくる溶岩流を錬金術で水へと変えて阻止したとき、無茶苦茶なシンセン師匠に腹も立ったが、それ以上に錬金術の力を実感した。

 錬金術は強い武器になる。

 バテルはもはや、戦士になることにも、魔導士になることにも興味がなかった。


「ほう。たったの二日で会得したか。えらいぞ。バテル」


 シンセンが背伸びをして、バテルの頭をなでる。

 自分よりも見た目が小さなシンセンに頭をなでられるのは、多少、気恥ずかしかったが、心地よい。


「じゃが、まだまだじゃ。あの程度では基礎の基礎。おぬしは錬金術師としての素質を得た。世界最高の錬金術師になってもらわねば困る。さあ、今度は風のアルケーじゃ」


 シンセンは、手を抜く気は一切ないらしい。

 バテルとしては願ったりかなったりだ。錬金術を次々に体得していく高揚感に比べれば、どんな厳しい修行だろうと大したことはない。


「なんでもかかってこいってうわああああ!」

「しゃべるな! 舌を噛むぞ」


 やる気に満ち溢れ意気込んでいたバテルを、シンセンは抱きかかえ、跳躍し空高く飛び上がった。

 そのまま、シンセンは空を蹴り上げ、上空へとジャンプしていく。

 仙術は錬金術とは違い、武術でもある。仙術を極めた道士は、魔力を操り、超人的能力を手に入れる。川の上を歩いて見せた時のように、足に魔力を集中させ、空を自在に闊歩することも可能だ。


「今度はどこにいくんです?」

「風を知るには風に乗ることじゃ。あれを見よ」


 シンセンが指さす方向には、竜のようにうねる巨大な雲がある。


「まさか、あれはドラゴン?」

「龍嵐雲じゃ。高密度の魔力を帯びた雲じゃ。あの中では龍の息吹のごとき暴風が吹き乱れておる」

「まさか。そこに……。いや、行ってください。お願いします」


 激流にもまれ、溶岩をかぶってきたバテルは少しずつだが、シンセンという人を理解し始めていた。

 人にものを教えたことがないというシンセンがわからないなりに考えてくれたベストな方法なのだろう。修行の内容が厳しいということは、自分が高く評価されているということだ。

 それに絶対に無茶はさせない。溶岩流の時もバテルの前に出てバテルを守った。弟子であるバテルは、師匠を信じて全力で挑むだけだ。


「その覚悟。あっぱれじゃ。では、いくぞ!」


 シンセンは飛べないバテルを抱えたまま、龍嵐雲に突っ込んでいく。

 黒い龍嵐雲の中は、轟々と暴風が吹き荒れており、バチバチと雷が爆ぜ、龍の咆哮のような音が響き渡っている。


「ああ。やっぱ、ちょっと待ってえええ」


 どんなに決意を固めても、やっぱり、怖いものは怖い。 

 バテルの叫びは暴風にかき消された。

 少し経つと龍嵐雲は霧散し、空には晴れ間が広がった。

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