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修行

「師匠。ここって滝ですよね。こんなところで何を」

 

 シンセンによるバテルの錬金術修行一日目。

 バテルたちは、シンセンの落胆の後すぐに、森の奥、険しい山を登り、川の端まで来ていた。川は断崖絶壁から滝となって怒涛の勢いで流れている。弱冠十二歳のバテル少年の体力では、ここまで来ただけですでにぼろぼろだ。しかし、修行はまだ始まってすらいない。


「よいか。錬金術とは世界の真理を知ることじゃ。つまりは、世界を構成する元素アルケーを感じること。まずはアルケーに満ちた自然と一体になることじゃ」


 シンセンの目がギラギラと鋭い輝きを放っている。


「うわあ、ちょちょちょっと待って!」


 ひょいと持ち上げられ、動揺するバテルを小脇にかかえると、シンセンはそのまま急流に飛び込んだ。


「ぷはあ。この先は滝ですよ。師匠」


 バテルは、急流の中からなんとか水面に顔を出す。

 水が上流から押しよせ、飛び散る水しぶきで、まともにしゃべることもできない。

 急流に飲み込まれることなく、平然と川の上に立つという離れ業をやってのけるシンセンのか細い足に、しがみついて、その場にとどまることで精一杯だ。

 

「まずは水と一体になるのじゃ。これが一番手っ取り早い方法じゃ」

「一番早くても、一番危険なんじゃ……」

「安心しろ。死にはせん。骨の一歩や二本、折れてもすぐに直してやる」


 シンセンはにやりと笑うと足にしがみつくバテルを情け容赦なく蹴り飛ばす。


「ごぼぼぼぼ!」


 バテルは、蹴られた衝撃で、一瞬呼吸ができなくなる。

 そのあとは、手足をばたつかせることもできずに、激流にのまれた。

 落ちると思った瞬間には、川の水ごと断崖絶壁から放り出される。そのまま、途切れることなく降ってくる大質量の水に押しつぶされながら、滝つぼに落ちる。

 滝つぼの中で水と一緒にぐるぐるとかき混ぜられる。

 

 (まさか、俺はストレス解消に使われているのか?)

 

 いや、あそこまで心配してくれたシンセン師匠に限ってそんなことはないはずだとバテルは、自分に言い聞かせながら、この状況を絶え忍ぶ。

 そして意識を失いかけたところで、ようやく助け出された。


「うげええ。げほ、げほ!」


 バテルは、滝つぼのほとりで大量の水を吐き出す。

 肺の中まで相当量の水が入り込んでしまったようだ。

 シンセンが魔法で癒してくれる。

 

「水のアルケーと対話することはできたか」

「は、は。少しは仲良くなった気がしますよ。これで錬金術が本当に使えるようになるんですか?」

「じきに分かる。ではもう一本行くぞ」

「え」


 バテルは顔から血の気が引いたのがわかった。その日、バテルは夜になるまで滝に投げ込まれ続けた。


 二日目。バテルは、初日からあまりにもブラックな修行に精神的にはおかしくなりそうだった。

 それでも、強くなってこの世界で生き残り、最後はベッドの上で死ぬことができるように、今日も屋敷から這い出て、シンセンのところにやってきた。


「いい子じゃ。よく来たな。もう来ないかと思ったぞ」

「馬鹿にしないでください。これでもクラディウス家の男、あの程度で嫌になったりはしません」

「しごきが足りなかったようじゃな。もっと厳しくいくとしよう」

「はは……お手柔らかに」

 

 バテルは、わかってはいても、見た目が幼いシンセンに、あの愛らしくも小憎たらしい顔で、子ども扱いされるとどうしてもムキになってしまうことがある。

 それをわかっていてシンセンもバテルを煽っているのだが、バテルの精神は体に引っ張られ、大人になり切れていないのか簡単に乗ってしまう。すぐに自分の発言を後悔することになるが、そのころにはもう遅い。

 

「今日は火と土のアルケーについて学ぶぞ」

「今度は油をかぶって火でもつけるんですか?」

「それも悪くないが、もっといい場所がある。ついてくるのじゃ」


 シンセンはバテルを置いて、足場が不安定な森を駆け抜けて、先に行ってしまう。


「これも修行だ。やるぞ」


 バテルもそれに必死についていく。

 再び山を訪れ、今度は山頂付近まで登ってきた。窒息しそうなほど空気は薄く、眠くなって意識がぼんやりとしてくる。春だというのに凍えるように寒く吐く息は白い。動きやすさを重視した軽装のバテルにはこたえる。


「どうしてこんなんところで」

「まあ。待っておれ。いくぞ。はっ」


 シンセンはその小さなこぶしに魔力を込めて、地面を思いっきり殴りつける。すると地面が割れて亀裂が入り、巨大な山全体がグラグラと揺れ始める。

 そして火口から赤熱した紅蓮の溶岩がどろどろとあふれだしてくる。


「うわあああ。なんてことするんですか。これじゃあ、町にも被害が」

「大丈夫じゃ。加減はしておる。そこまであふれてくることはなかろう。それに溶岩は星の血液ともいう、火と土のアルケーを感じるにはこれが一番じゃ」


 シンセンはそういうが、揺れは一向に収まらない。マグマもとめどもなく湧き上がってくる。このままでは火口からあふれ出し、溶岩が、斜面を下って森を焼き尽くしてしまう。

 もし噴火でもすれば、この近くにある俺の住む町、ディエルナだけでなく、ダルキア地方、ひいては帝国全土が、大きな被害にあう。

 厳しい稽古のためとはいえ、これはさすがに綱渡りが過ぎる。 


「本当に大丈夫なんですよね。師匠」

「……ちーとばかし元気が良すぎるようじゃの……」


 シンセンはだらだらと冷や汗を流す。

 初めての弟子と修行にシンセンは少々張り切りすぎていた。

 実のところ、人と話すのも久しぶりだったのであがっていたのかもしれない。


「どうするんですか、師匠! このままじゃ火山を噴火させた大罪人ですよ」

「仕方ないじゃろう! 初めての弟子で少し張り切りすぎてしまったんじゃ。わしの老婆心をそう無碍にせずともよかろう」


 シンセンは、わざとらしく腰を曲げて、老人ぶって見せる。

 バテルは、初めての弟子のために張り切ったというところに、弟子としてはときめきを覚えるが、今はそれどころではない。


「こんな時ばっかり、老人ぶらないでください。なんとかしないと」

「ま、まあこの程度、想定の範疇じゃ。ほれ、バテル、この札を体に貼りつけておけ」


 バテルは、一枚の札を受け取り、それを胸に貼る。すると驚いたことに、息苦しさも寒さも消え快適になる。


「行くぞ。バテル」

「行くってどこかに逃げるんですか」

「逃げるものか。今日の修行じゃ。あの溶岩を止めるんじゃ」

「ええ! 死にに行くようなものですよ」

「弟子なら少しは師匠を信じよ」


 シンセンは一人で決壊してあふれ出そうになっている溶岩流に向かっていく。仕方なくバテルも師匠を信じてついていく。

 

「ここまで近づいても熱くないなんて」

「その護符を貼っておれば、熱さや寒さとは無縁じゃ。よいかバテル。溶岩流があふれ出るのを止めることも重要じゃが、火と土のアルケーを感じることも重要じゃ」

「感じろって言われても、どうすれば」


 護符の力である程度は守られても、怖いものは怖い。これ以上近づくのは難しい。あの溶岩に飲み込まれればひとたまりもない。二人とともドロドロに溶かされて、死体も見つからなくなるだろう。


「昨日のことを思い出せ。おぬしは嫌というほど水のアルケーをその身に感じたはずじゃ。それをイメージして溶岩流を水に変えるんじゃ」

「そんな、錬成なんてまだ一度も」


 バテルの脳には錬金術の知識が刻み込まれている。しかし、まだ修行を開始してまだ二日目。ぶっつけ本番で使えるとは思えない。


「今のおぬしは錬金術の才能の塊じゃ。やればできる。わしよりもよっぽどうまくな。手を構えて、錬成陣を展開。あとは水をイメージして火と土のアルケーを水のアルケーに転化させる。あとは……そのあれじゃ。気合いじゃ!」

「そんな、投げやりな。こんなところで死にたくない!」 

「とにかくやるんじゃ。今回ばかりはわしも力を貸す。来るぞ!」


 シンセンも巨大な錬成陣を展開し、構える。

 溶岩流があふれ出し、山の斜面を駆け下りて、バテルたちに迫る。

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