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人体錬成

「バテル。おい、バテル。しっかりせんか」

「ん。ここは……ぐっ」

 

 バテルは、母の腕の中のような慈愛に満ちた、あたたかさに包まれ、おだやかに目を覚ます。目を開けると、頭を輪っかで、きつく締めつけられるような頭痛に襲われる。

 まだ、あの森の中にいる。シンセンの悲痛に満ちた美しい顔も忌々しいエメラルドの石板もかすんで見える。

 

「大丈夫か。バテル。心配したんじゃぞ」

 

 つきっきりでバテルを見ていたシンセンがバテルの頭をやさしくなでる。

 

「ああ。大丈夫。なんとか生きてるみたいだ。あの後どうなった? 一つも覚えてない」

 

 体が火照っていて全身筋肉痛のような痛みがあるが、大事ない。腕も指も問題なく動かせる。むしろ調子がいいくらいだ。この片頭痛も少しすれば治るだろう。

 バテルは、石板の前で謎の痛みに襲われたときは死ぬかと思ったがまだ生きているらしい。

 

「……すまぬな。わしのせいじゃ」

 

 シンセンは暗い顔で、年端も行かぬ少年を危険にさらしたことを悔いた。


「もうちっと用心すべきじゃった。石板が解読できるかと思うと、年甲斐もなくはしゃいでしまってな」

「謝らないで。むしろ感謝してるんだ。俺はこの通りピンピンしてる。シンセンが神聖魔法を使ってくれたおかげなんだろう?」

 

 威厳に満ちたさっきまでのシンセンとは比べものにならないほど、小さくか弱い後悔に満ちた苦悶の表情だ。バテルはそのざまをさすがに見ていられない。


 それにあの心地の良い温かみ、覚えがある。あれは神聖魔法によるものだろう。

 バテルは、小さい頃、前世の感覚が混濁していて、うまく体を動かせず、両腕を一回ずつ、右足を二回骨折してしまったことがある。

 その時、神官がかけてくれた神聖魔法の光とおなじ温かさをさっき感じた。

 

「確かに似たようなことはしたが、あまり意味はなかったじゃろう」

「どういうことだ?」

「あのエメラルドの石板。古来よりタブラ・スマラグティナと呼ばれておるが、だれが何の目的で作ったのかはわからぬ。ただ神話の時代、古代錬金術の産物であることには間違いない」

「神話の時代……古代錬金術……」


 バテルは、錬金術について、屋敷にあった蔵書を読み漁っていた頃に見かけたことがあった。卑金属から黄金を作り出すために研究されていた術だ。しかし、あまり記述がなかったうえに広く普及していた魔法の方に興味が行ってしまったために名前くらいしか覚えていない。


「錬金術。東方では仙術や煉丹術と呼ばれておる。遥か昔、神々をまねて、人間たちは自らの手で黄金や生命を作り出し、不老長寿を得ようとした。その過程で生まれた様々な技術の結晶が錬金術じゃ。もっとも西では廃れてしまっておるがな」

「ということはシンセンも」

「そうじゃ。わしは東方で仙術を修めた道士。ゆえに永き時を生きることができる」

「俺の話と全くつながりが見えないけど」


 バテルは、あのエメラルドの石板が古代錬金術の産物だということはわかったが、自分の身に何が起きたのかはまだ理解していない。


「まあ、そう焦るでない。順を追って説明する。錬金術の目標は三つ。黄金の錬成と不老不死。そして人の手で新たなる生命を作ることじゃ」

「新たなる生命を生み出す」

 

 バテルの脳裏に嫌な予感が過ぎる。自分の手をあらためてまじまじと見つめ開いたり閉じたりしてみる。

 生命の創造。神の領域の話だ。

 魔法を使えば、火の玉を放ったり、大けがを一瞬で治したりできるが、どんなに高度で複雑な魔法をもってしても生命を創造することはできない。


「三つの目標はいずれもまだ達成されておらん。わしとて不老不死になったわけではない。せいぜい若返りを繰り返す程度じゃ。いずれは限界が来る」


 シンセンはゆっくりとエメラルドの石板に近づき、そこから白金の長剣を取り外す。


「ちょ。いいのか?」


 また同じような事態になるのではないかとバテルは、心配するが、エメラルドの石碑はすでに輝きを失っている。触れてもなんともない。


「ここにこの世にないはずのものがある。それも四つも」


 シンセンは白金の剣の柄を見せてくる。

 その柄には深い真紅の輝きを放つ宝石が四つはまっている。

 前世の知識にあるどの宝石よりも美しい。ただきれいなだけではない。その輝きは妖しく、一点の曇りもない。覗き込んでいると吸い込まれてしまいそうだ。


「四つ……。いや五つあったはず」


 バテルが最初に見た時は、確かに白金の剣には五つの深紅の宝石がはまっていた。

 その証拠に、四つの宝石のちょうど真ん中、宝石がはまっていたであろう場所に、くぼみがある。

 しかし、宝石の一つは、跡形もなく消え去っている。


「この宝石は賢者の石。不老不死や生命の創造に必要とされている素材じゃ。いまだかつて誰も作成には成功していないはずのな」


 シンセンは白金の長剣を地面に突き立てた。


「さっきの魔法陣。あれは錬金術では錬成陣と呼ぶ。賢者の石を触媒にした錬成陣でおぬしはすっかり作り替えられてしもうた」

「は? 作り替えられた。俺の体が……。なんともない。むしろいつもより調子がいいくらいだ」

「それじゃよ。むしろいつもより調子がいい。それがおかしいんじゃ。ほれ。手を貸してみい」


 シンセンに促され、バテルは両手を差し出す。


「目を閉じて、集中せい。魔力を体に流すぞ。わかるな」


 魔力を体に循環させる。これは魔法の入門書には必ず書いてある魔法の練習法の定番だ。自然にあふれる魔力を体に落とし込みエネルギーとして使う。それが魔法だ。これをスムーズに行えなければ立派な魔導士にはなれない。


 バテルもこの手の修練は毎日欠かさずに行っている。気を落ち着かせ、ひたすら集中することを要求されるこの訓練は子供にとっては至極退屈なものなので、普通の子供は率先してやることはまずない。


 しかし、前世を知る彼にとっては、魔法はありふれたものではなく、非常識で神秘的だ。一刻も早く使えるようになりたくて飽きもせずにやっている。


「おお、すごい。こんなにうまくいくなんて!」


 バテルは、シンセンの手から溢れ出す莫大な魔力を受け取り、うまく体の中で循環させる。いつもの練習では考えられないほどの莫大な量だ。魔力の許容量が大幅に増えたこともさることながら、循環速度も格段に向上した。

 大量の魔力を高効率かつ大量に運用できれば、低級魔法すら満足に扱えなかったはずの自分が、上級魔法でも連発できそうな気がする。

 

「どうじゃ。わかったか」

「ああ。なぜだか魔力を手足のように動かせる。でも、どうして……。まさか」


 バテルは己の異常さに正体に気づき始める。

 どう考えてもついさっきまでの自分とは違う。

 そしてシンセンが言っていた、錬金術の目標の一つ生命の創造。

 

「そうじゃ。あの石板に刻まれた人体錬成の錬成陣によって、おぬしはその体を根本から作り替えられてしまったのじゃ。今のおぬしは魔力回路すらまるで違う別人じゃ」


 人はそれぞれ特有の魔力回路というものを持つ。人は生まれ持った魔力回路によって魔力を扱える量に差が出てくる。この魔力回路の良し悪しで、魔導士になれるかがほとんど決まってしまう。端的に言えば、魔法の才能のようなものだ。


「二度目の転生って感じか」

 

 シンセン曰く、バテルはその先天的なモノであるはずの、いわば血肉と同じ、魔力回路は完全に書き換えられてしまった。

 しかも、自然にできた形ではなく、考え抜かれた、いわば最適解な状態になっている。

 

「にしても、こんなに魔力の扱いがうまくいくようになるなんて、俺はよっぽど魔力回路が悪かったのか?」

「いや。魔力回路は人間であればそこまで顕著な差が出るものではない。しかし、おぬしは特別じゃ。タブラ・スマラグティナによって人体を作り替えられ、錬金術に特化した体になってしまったのじゃ。もはや人の領域を逸脱しておる」


 シンセンはうつむいてしまう。

 人間の魔力回路の差など微々たるもので、努力次第でいくらでも才能を覆すことができる。だが、魔力回路そのものを人体錬成の秘術によって書き換えられれば、バテルはもはや人間ではない。

 だが、人が外の領域に足を踏み出し、人でなくなったとき、どれほどの困難が待っているだろうか。

 

「最高だよ。なにも、そんなに落ち込まなくても、怪物になったわけでもあるまいし」

 

 バテルは体を作り替えられたことを特に気にしていない。むしろ大いに喜んでいる。

 最高の魔法の才能を手に入れたようなものだ。こんなにうれしいことはない。姿かたちが変わってしまったわけではないし、魔力をうまく扱えるようになるなら願ったりかなったりだ。これだけの力があれば、魔物なんて鎧袖一触にできる。


「おぬしはまだ若い。ゆえに事の重大さが分かっておらぬようじゃが、人の身に過ぎたる力を手に入れるということは過酷な運命を背負うということじゃ」

「俺にとっては、生き残ることのほうが重要さ」 

「……。また明日、ここに来るがよい。その力が扱えるように稽古をつけてやる」

「なら、これからは、シンセン師匠と呼ばせていただきます」


 バテルは、仰々しく頭を下げる。

 今まで、見た目が幼いということだけで、慇懃無礼な物言いをしていたが、相手は、もはや聞くのも怖いくらいの年齢だ。前世を足しても到底及ぶものではない。それに、これからは師匠でもある。態度を改めなくてはならない。


「好きにするがよい」


 シンセンは耳を赤らめて、そっぽを向くとそういった。


「じゃあ。シンセン師匠。また明日。今日は失礼します」


 バテルは一礼すると足早に夕暮れ時の静かな森から町の方へと帰っていった。


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