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(2)モアブの森の盗賊 


         

              1

 ソルを乗せた海鷹は高度を落とし始めた。ソルは海鷹の疲れを感じる。

「スーキ・ダ・チーコ」 

 ソルが命じると海鷹は旋回して、王宮の方向を目指す。

 ソルはあきらめきれぬように下界をぐるりと見渡す。

(だめだ。イア姫の気配がまるで感じられない)

 ソルの海鷹が方向を転じたのを悟り、イア姫捜索のために全員出動したリンシード王宮の海鷹部隊の者たちも次々に帰還のための旋回を始めた。

 ソルは舞うように空を滑る海鷹の群れを目で追いつつ、あせりを感じる。

(しかし、もはや、海鷹たちも限界だ)

 空の王者、海鷹の弱点は滞空時間に限りがあることだ。

(だが、それは誘拐犯の海鷹も同じこと。とすれば、すでにどこかで陸路を急いでいるに違いない。それもおそらく街道外れの道なき道を)

 見失った誘拐犯の海鷹捜しに費やした時間が無駄だったことを自覚してソルは歯軋りする。

(それにしても誘拐犯の海鷹はかなり優秀だった。相当に訓練されていたようだ。あの速度。シニャック家の海鷹に勝るとも劣らぬ。‥‥‥そうだ。こんなことならアールゼをつれてくればよかった)

 アールゼはソルの愛鳥だった。ラングーンで、いやリンシードで一番速い海鷹だとソルは思う。ラングーン城からリンシード王宮までの旅程を考えて城に残してきたのが悔やまれた。

(アールゼならやつらが地上に身を隠す前に追い付いていただろう)

 そこまで考えて、ソルは次の手段に思いあたった。

(そうか、陸路なら陸路で。‥‥‥うかつだった)

 自らの思い付きにソルはせわしい気分となり、思わず叫んだ。

「コーバ・ラ・ラ!」

 ソルの命令に海鷹は最後の力をふりしぼるように速力を上げた。

 王都リンシードの市街地を越え、王宮へと海鷹の群れが飛翔する。


 リンシード王宮、庭園の塔、円卓の間には王を中心に名のある者たちが顔をそろえていた。

 何しろ、王女と大公の結婚式の前夜である。リンシード王宮には王国中からそうそうたる顔ぶれが集まっていたのだ。そのために王直属の家臣の一団などは円卓にはつけず、その周囲を二重に取り囲んでいた。会議場としてはもっとも広い円卓の間が急に狭くなったような有り様だ。さすがに第三王位継承者であるソルの席だけは空席となっている。

 リンシード王は焦燥をはげしく顔に浮かべていた。

「まだ報告はないのか」

 すでに数十度に重なる問いかけに警備担当の貴族は声もなくうなだれる。

「王帝陛下、ご心痛、察しまするが、我が弟も捜索に加わっておりますれば、まもなく吉報が届くでしょう」

 うなだれた貴族に代わって答えたのはタル大公だった。

 リンシード王は視線をわずかに転じて、タル大公を見る。

「婿どの、婚儀の当日にこのような不始末があって、まことにあいすまぬ」

 王にわびられたタル大公は南の塔での不遜な態度はみじんも感じさせず、心から同情するといった声色で王に言葉を返す。

「いや、たった一人の王女殿下を誘拐された陛下の心の痛みにくらべたら、私の立場などなにほどのことがありましょう。今はイア姫様の無事を祈るばかりです」

「しかし、一体、何者の仕業でしょうかな」

 と、口をはさんだものがある。円卓の一同の視線が声の主に集中する。

 男は第二一王位継承者のムリノ・カローン・リンシードだった。

 シニャックの南、サリフ湖の東岸に位置するカローン城の城主で小柄で色黒の中年男である。そのように風采のあがらぬ男だったが、弁舌は鮮やかであり、見る者がみれば男の眼光には穏やかならぬものが潜んでいることに気がつくだろう。

 誰もが発言を控えていた事件の核心にさらりとふれてみせるのもムリノ・カローンならではのことだった。

「犯人か」

 リンシード王が力ない声でつぶやく。それにかぶせるようにムリノ・カローンが言う。

「犯人といいますか、実際に誘拐をおこなった無頼の輩ももちろんのこと、王宮に侵入し、王女を攫うなどという大それたふるまい、しかるべき黒幕がおるのではないでしょうかな」

「黒幕?」

 リンシード王は思ってもみなかったというように言葉を返した。ムリノ・カローンはあいかわらず飄々とした口ぶりで大胆な意見を続ける。

「さよう。何しろ、事は王位継承に関わる婚儀の直前に起こったわけですからな。この婚儀を快く思わぬものもないではありますまい」

「なんと」

 ムリノ・カローンの弁舌を女性の声が遮った。王の近くの席についた豊満な体の貴夫人がやや眉をひそめ、ムリノ・カローンを非難のこもった目付きでみる。

 貴夫人の名はメモール・アライソ・リンシード。リンシード王の妹であり、ソルに継ぐ第四王位継承者であり、東の大都と呼ばれるアライソの城主、そしてアライソ前城主の未亡人という肩書をもっている。つまり彼女には王位継承について物議をかもすことへの充分な資格があった。

「ムリノどの、それではまるで一族の中に不届き者がいるようではありませぬか」

 メモールは言葉には不興の響きがある。

 ムリノはそれを少しも気にしない様子で言う。

「いやいや、そうおっしゃられては心外ですぞ、それがしの申すのは、つまり、前年のトルエーンの反乱、あのようにリンシード王家に対して反逆の心をもつ者たちのことです。そのような者たちはこのリンシード王権にとって至上の喜びとなる婚儀を邪魔しようということもありえるだろうと・・・」

 メモールは反論されて言葉を失った。

 円卓の間に気まずい沈黙が落ちる。トルエーンの反乱については貴族たちのそれぞれが苦い思いを感じている。

 ソルが身につけた剣を衛兵に預ける時間ももどかしく、息を切らして、円卓の間に入ってきたのはちょうど、その時だった。いつもなら室内の「気」を感じて、様子を見るためにしばらくは行動を控えるソルも、時が時だけに真っすぐに王の席へ向かう。

「おお、ソル」

 王がすがるような目でソルの姿を見る。

「姫は?」

 ソルは王の側でひざまずき、頭を下げた。

「残念ながら・・・」

 ソルの答えに王は落胆の喘ぎをもらす。ソルは王の悲しみを我がことのように感じながら言う。

「王帝陛下、賊はおそらく、海鷹を降ろし、陸路で姫を運ぼうとしていると考えられます。海という手もありますが、すでにリンシードの港には兵士が到着しておりますれば、船には運びこめますまい。そこで、私にお願いがあります」

 王は間を置かず答える。

「申してみよ」

「王女の牙犬、タロスをお貸しいただきたい」

「タロスを?」

「タロスならば愛する王女の行方を必ずや嗅ぎ付けることができましょう」

「なるほど」

 王はソルの意図することを悟り、小さくうなずいた。

「そんなことにも思い当たらぬとはどうかしていた」

「いえ、事が事ゆえ、私も海鷹での捜索が手詰まりになるまで思いつきませんでしたから」

 ソルもまた自分の失態を恥じる顔になっていた。つまり、王もソルもそれほどまでに気が動転していたのだった。牙犬の紋章を背負う王家の一族が牙犬の能力を失念するほどに。

 ソルは一刻の時間も惜しむように言葉を添えた。

「お許しとあれば、さっそく、出発します」

「ソルよ、王家の兵を何人でも連れてまいれ」

「いえ、あまり多人数では王女の身がかえって危うくなることも考えられます。私の部下だけで何とかいたします」

「・・・そうか」

「ソル」

 それまで無言で成り行きを見ていたタル大公が言葉を挟んだ。

「兄上」

「できることなら余が自ら追っ手となりたいのだか、大公の身ではそれもかなわぬ。余の代わりとなって必ずや姫を救い出してくれ。余はお前に」

「かしこまりました」

 ソルはさらに言葉をかけようとする兄に気がつかぬふりをして、円卓の間を飛び出した。時間が惜しかったからだ。

 タル大公は言いかけた言葉を飲み込んだ。その様子を知ってか知らぬか、ムリノ・カローン・リンシードが誰にともなく言う。

「さすがに若さですなあ。行動が早い。あのソル殿ならきっと姫を救い出してくれるでしょう。タル大公は良き弟をお持ちになった」

 タル大公は微かに口元を歪めた。

                   2

 牙犬がいつの時代から人間にとって最高の友となったのかは定かではない。

 すでにリンシードの建国神話の時代から牙犬は人間の「足」として活躍し、そして歴史に牙犬の名までが刻みこまれるようになっていた。リンシードという言葉さえ、牙犬を意味するとも言われ、あるいは初代の王が最も愛した牙犬の名前だったとも言われるほどだった。

 牙犬は人を背中に乗せ、人の足なら一週間はかかる道程を一日で走る。

 すなわち人の七倍の移動力を持つわけだ。

 雑食性で移動中の食料にも不自由しない。

 そして主人と認めた人間には絶対に服従し戦闘にあっては主人を守るほどの働きをする。

 人間にとってこれほど都合の良い動物はこの世になかった。伝説によれば魔法使いが作った動物の最高傑作とされているが、牙犬はまさに人間にそのように感じさせる動物だった。

 なぜならばさすがにしゃべることはできなかったが、空の乗り物「海鷹」が命令を一種の合図として受け取るのとは違い、牙犬は人の言葉をかなり正確に理解するのだ。

 牙犬小屋に足を運んだソルは牙犬たちがすでに状況を把握し、ソルが来るのを待っていたという感じの気配を漂わせているのに気がついた。飼育長と飼育士たちが礼にそって跪く。

 クーンと鼻を鳴らすソルの牙犬エスを一撫でしてから、ソルは隣にいる王女の牙犬タロスに話しかけた。エスとタロスは兄弟であるのでエスは自分より先に主人が他の牙犬に話しかけてもそれほど不快そうな顔をしない。

「タロス。聞いてくれ。イア姫がいなくなった」

 タロスはやはりとでも言うかのようにうなだれた。

「タロス。イア姫をさがしてくれ。お前の鼻で」

 タロスは頷くように一声、ワンと吠えた。

 タロスの尻尾が大きく振られる。


 すでに太陽は西に傾いて、薄暗闇がリンシードの街に広がり始めていた。

 街にはいつまで待ってもフェスティバルの始まりを告げるファンファーレが鳴り響かぬことへの不審の思いが充満している。

「どうしたことだ」

「もはや日も暮れる」

「ファンファーレはまだか」

「さっき、海鷹の大編隊が飛んだろう。あれが先触れかと思ったのに」

「王族はのんびりしてるからな」

「イア姫様の化粧が長いんだろう」

「まさか、イア姫様ならすっぴんで充分だろう」

「だが結婚式ともなれば」

「俺なんか待ちきれなくて祝いの酒、もう飲んじまった」

「そりゃ、いつものことだろう」

 そうした街の人々のつぶやきをつかの間、耳にしながらソルたちはリンシードの街を南へと向かって行く。

 先頭のタロスは乗る者もなく、空鞍なので、ソルたちの牙犬が遅れることのないように時折、後ろを気にしながら、しかし、しっかりとした足取りで進んでいた。

「どうやら、あいつは姫様の香りを捕まえたようですな」

 バロイカがソルに牙犬を並べてバロイカとしては辺りをはばかる声で言った。

「一千タヤー離れても嗅ぎ当てるというからな」

「それなら賊がクキの街あたりまで逃げていたとしても大丈夫だ」

「シッ、声が大きい」

 バロイカはソルに叱られて首をすくめた。

 ソルたちの一行はわずかに六人、タロスを含めて牙犬は七頭。

 ソル、老臣のラダルト、護衛長のバロイカ、それにバロイカの部下のチップとデク。そして最後尾にシュライム。他の五人が身分の違いのために多少差があるものの武人の身なりをしているのに対し、シュライムだけはややゆったりとした黒いローブを身にまとっていた。それもそのはずでシュライムは黒の魔法使いだった。フードで覆われた顔は周囲の夕闇も手伝ってその表情を隠している。しかし、牙犬の乗りっぷりはなかなかどうして、武人顔まけの腕前のようだ。

 追跡隊が街はずれを通り過ぎ、人気のないところへさしかかり、ソルがシュライムを呼んだときもよどみなく牙犬を進め、軽やかにソルと牙犬を並べる。

「シュライム、もう話しても大丈夫か」

「ソル様が感じたように周囲には人の気配はありません」

 ソルに答えた声は意外に若々しく、しかも中性的な響きを持っていた。

 ソルは人影がなくなるのを待ってシュライムを呼んだのであった。密談をするためだ。

 シュライムはソルの教師であり、医師であり、情報担当官だった。

「乳母のオリョレサはどうだ」

 ソルは一番気になっていたことから口にした。

「命はとりとめました。出血がはげしかったのですが、丈夫な方ですから。順調ならば歩けるようになるでしょう」

「そうか」

 ソルはいくらか声を和らげて質問を続ける。

「円卓の間の様子はどうだった」

「王は心から姫の様子を案じられているようでした。タル大公も同様です。それから犯人についてムリノ様とメモール様が少しばかり口論を」

「・・・」

「密偵の報告ではカローン城の策士とアライソ城の未亡人は怪しい仲になっているのではなかったか?」

「その通りです。しかし、当人たちには秘め事でしょうから、自分たちの仲を隠したうえで、何かを意図しての口論かと」

「裏に二人がからんでいる可能性は?」

「今のところは何とも」

「確かにこの婚儀に反対する一番の理由があるのはメモールのおばさんだ。イア姫に子供ができれば、彼女の王位継承権はなくなったも同然だからな」

 言いながら、ソルの心に不快な思いが生ずる。

(あの兄上がイア姫に子供を生ませるだと)

 ソルの心の逸脱をシュライムの言葉が遮る。

「ですから、疑いが生じたときの言い訳を二人で示したとも言えます」

「言い訳?」

「この誘拐はトルエーンの反乱の残党がらみだとムリノ様がほのめかしております」

「なるほど。お前はどう思うのだ」

「今のところは情報が少なすぎまして。何しろ、姫様はあのような美貌の持ち主、恋に溺れたどこかの若い貴族の身のほど知らずの仕業である可能性も考えれば、五里霧中という状態で」

 ソルは自分の心を見抜かれたような気がして視線をさまよわせる。

(恋に溺れて姫をさらうか。そうだ。それは私がやりたかったことだ。何もかも捨てて。そうすれば、姫さえいれば、それでいい。なぜ、こうなる前にそれをしなかったか。私は悔やんでいる。姫にもしものことがあれば、私は狂うだろう)

 ソルが質問を考えていると思ってか、シュライムは口を閉ざしている。

(狂うのだ。あのトルエーンの反乱軍。戦力差もわきまえず、王国軍に突撃する、飢えのために狂った民衆たちのように我をなくし)

 ソルはようやくシュライムの存在を思い出したように言った。

「反乱か。そういえば、何かあったな。そうか、ホルの城のことだ」

「どうやら、変事があったのは確実です。今夜にも密偵からの報告が届くことになっているのですが」

「原因はザツオ・ホルベインの悪政か」

「ご承知のように、ホル城主のザツオ様はクラインという名前の愛人を得てから、贅沢に凝るようになりまして、そのために重税、そして賃金の滞りと、市民にも城兵にも不満が高まっていましたから」

「愚かなことだ」

 ソルは恋に狂う自分自身を棚にあげて、吐き捨てるように言った。

「それから」

 と、シュライムは最後に付け足すような感じで言った。

「王宮に潜ませていた密偵が王女をさらった海鷹を目撃したのですが、どうもその海鷹を操っていたのは女性のようだったと」

「女?」

「何しろ、空の上のことなので確かなことはいえないと申しておりましたが」

「女の海鷹使いか」

 ソルはある女の海鷹使いのことを思い出し、嫌な予感を覚えた。

 その予感を追い払うように周囲を見渡したソルは地形の変化に気がついた。

 少し前に街道をはずれたのは意識していたが、いつの間にか道らしき道もなくなり、周囲は夜の闇に包まれている。

「ラダルト、ここはどこだ」

 すぐ後方に控えていたラダンテが即座に答える。

「モアブの森のはずれでございます」

「今日の月は?」

「幸いにも満月です。しかも、まもなく昇ります」

「よし、月が昇るまで休む」

 ソルは決断を下すと、先行する牙犬を呼び止めた。

「タロス、止まれ」

 モアブの森の暗がりへと進みかけたタロスが振り返った。

 タロスは鼻を鳴らす。

 休息の命令に従いながらも不服従の気配を示している。

 牙犬は飼育された戦闘獣だから消耗品の側面もある。しかし、タロスほどの養育をうけたものは主人を種族を超えたファミリーと認識している。王女とタロスの間にはお互いを掛け替えのない存在と認める愛があるのだ。タロスは王女の救出とソロの命令との整合性を懸命に模索しているようだった。

 ソロはタロスに慰めの眼差しを向けた。

(あせるな・・・タロス・・・私も同じ気持ちだ)

                 3

 王都リンシードはまもなく夏の季節を迎えようとしていた。

 夜になってゆるく吹く風は生暖かいほどだ。

 月明かりを待ってソルたちが足を止めたのはわずか五タクほどの間だった。男たちの目はすでに闇になれていたがそれでもモアブの森に入り込むと暗さは増し、不気味な思いを感じずにはいられない。

(モアブの森には悪鬼シリゴスがいると言って、よく脅かされたっけな)

 ソルは脇を無言のまま進むラダルトに軽口をたたきたかったが、追跡中であればそうも行かず心の中でつぶやいた。

 モアブの森は北西のリンシードから南東のシニャックまでの広大な面積を持つ大森林だった。

 その中央部は密林状態で今もなお人跡未到の地となっている。うっかり奥地に踏みこもうものなら迷い込んで生きては帰れぬと言われ、そしてまた、様々な、危険な生き物たちの棲息地でもあった。

(やっかいなところへ逃げ込まれたものだ。イアをさらっていた奴らが森にくわしい者とすると、ひょっとしたら噂に聞くモアブの森の盗賊アクアポリーの一味かもしれんな)

 森の盗賊ともウクリル盗賊団ともいわれる一味の噂はソルも聞き知っていた。モアブの森の西側にはセラ街道が沿うように続いている。セラ街道には多くの城や町があるが、その町のひとつがウクリルだ。ウクリルの農民たちの中で没落したものが森に入り、盗賊となり果てたというのが巷にまことしやかに流れる噂である。

 最近になって盗賊団の動きが活発になり、森から町へ、町から森への神出鬼没ぶりに王国の警備団も手を焼き始めた。そして囁かれ出したのがウクリル盗賊団の首領アクアポリーの悪名だった。曰く、恐ろしいほどの剣の使い手だとか。また曰く、頭脳明晰でしかも魔術にまで長けているといった調子だ。

 王国の権威が傾くにつれ、進んで森の盗賊に身を投じるものも増え、その数は一千人とも二千人ともいわれるようになった。ここにもまたリンシード王朝の落日の影が射している。

(噂半分としてもラングーンの城の兵士を上回る数の盗賊がこの森に潜んでいるわけだ。もしもイア姫が盗賊たちの虜になっているとすれば) 

 この人数では手に余る、とソルは考えた。

(しかし、王女を誘拐してどうしようというのだ。身代金か。それとも)

 ソルはシュライムとの会話を思い出す。

(恋に溺れた者の身のほど知らずの仕業といったな)

 ソルは最後に見た王女の顔を心に浮かべた。王女の背後に会ったこともない森の盗賊アクアポリーの影が忍び寄る。

(もしも、盗賊たちがイア姫を辱めるようなことになれば、イア姫は自らの命を断つかもしれない)

 次々に浮かぶ妄想めいた悪い結末にソルは身震いを感じる。

(あの時、王女を。イア姫を。私がさらってしまえばよかったのだ。この手で。王女の気持ちがどこにあろうとも。この王国の行方がどうなろうとも。そして、王女の愛をつかむことができたなら、どこか、辺境の町でひっそりと暮らせば良い。もしもイアが私を拒んだなら、その場で命を断てばそれでよかったではないか。イアを他人の妻として、私にどんな人生が残されていたというのだ。若さゆえの愚かしい心のゆらぎだったと自分をごまかして年老いて、それでどうなる。一体、私は何に脅えていた。何に対してとりつくろい、誰に気づかって本音を隠し、心にもない言葉を吐き・・・)

 突然、ソルの自責の念が中断した。

(声が)

 ソルは耳に神経を集中する。

「・・・せ、・・・だろ、き・・・う・・・」

 森を抜ける風に乗って微かに声が、しかも男と女が入り交じり叫んでいるような声が聞こえる。

 ソルは傍らのラダルトを見やった。

 ラダルトもまたソルを見つめていた・

「声が聞こえたな」

「空耳かと思いましたが、ソル様にも聞こえましたか」

 タロスは胸元から牙犬笛を取り出した。短く吹く。音はない。

 しかし、先行していた牙犬タロスはピタリと立ち止まった。

 牙犬笛は人には聞き取れないが牙犬には聞き取れる音で合図を送る隠密行動用のアイテムなのである。

 タロスの停止と同時に一行の足も止まった。

 ソルはもう一度、耳をすます。

「・・・なせ、わ・・・わ、やめ・・・」

 女の声と男たちの笑い声とおぼしきものが、まさにタロスの進んでいた方角から聞こえて来るようだった。

 ソルは手を振って、部下たちに合図を送った。

 牙犬に乗った男たちはソルの両側に一線となるように動きだす。

 ソルは自分の牙犬エスの耳元に口をよせ、ささやいた。

「エス、忍び足で、しかも急げ」

「グル・・・」

 牙犬エスは了解とでもいうように喉を鳴らす。

 ソルはもう一度、大きく手を振った。

 横に展開した部下たちはいっせいに月夜の暗き森を前進を開始する。

 やがて前方の声はしだいに明瞭になってきた。

「近寄るな。汚らわしい者ども」

「ハーハハハハハ」

「どうした、どうした」

「こっちへ来いよ、かわいがるぜー」

「はなせー」

「キャッホー」

「ギャハハハハハ」

 ソルの目に前方の明かりが移った。

(火を焚いている) 

 ソルは1、2タンほどの間、思考を巡らせた。

(どうするか、・・・ええい、このままつっこもう)

 ソルが首を巡らすと焚き火の明かりに全員が気付いているらしく、一同はソルの方を見て指示を待っている。ソルは突撃の合図を送った。

 森と森の狭間にぽつんとひろがった草地にソルと仲間たちは全速力で飛び込んだ。


 草地では炎を囲んで男たちが酒盛りに興じていた。

 草地の周辺にある一本の木の幹から長くロープがのびて、その先に一人の若い女が両手を縛られてつながれている。男たちは行動の制限を受けた女を嬲るように、一人が抱いては突き放し、別の一人が抱いては放り出すという女のキャッチボールを楽しんでいた。

 その度に胸をもみしだかれたり、唇を奪われたりしながら、女は叫び声をあげる。

「殺してやる。みんな、殺してやる」

 その女の叫びに男たちはますます興奮し、嘲りの笑いをあげ、女を挑発するように囃し立てる。

 また一人の男が屈辱に真っ赤に染まった顔の若い女の尻のあたりをたっぷりと撫であげて、女を草地に押し倒した。

 その時。

 ザッ。

 突然、森から飛び出した七頭の牙犬に草地にいた男たちはのけ反った。

 ぎゃっと叫んで腰を抜かす者もいる。

 広場に踊り出たソルは一瞬にして状況を見て取った。

 男たちはあきらかにまともな農民とは見えぬずれた身なり、人数は十人ほど、そしてロープでつながれた女は黒髪で、すなわち輝くばかりの金髪を持つイア姫ではなかった。

 ソルは落胆と安堵を同時に覚えながら、つながれた女と女の上に覆いかぶさろうとした男の間に一足飛びで割り込んだ。

「うわ」

「なんだ」

「なんだ、てめえら」

 男たちは口々に叫びながら、ようやく身構える。乱入者を牙犬と剣士と見て取ったか、腰の刀を抜いたり、あわてて武器を取りにいく者もいた。

 ソルは男たちをにらみつけて言った。

「それはこちらのセリフだ。このような場所で何をしている。見れば若い女を」

 そこまで言ってチラリと女に目をやったソルは絶句した。

(ミア!)

 放心して牙犬の上のソルを見上げている女はミア・シニャック・リンシード。

 ソルの一つ年下の異母妹にほかならなかった。

(なぜ、お前がここに)

 ソルの頭の中に一つの嫌な可能性が浮かんだ。

 ミア・シニャック・リンシードは女ながら、シニャック家きっての海鷹使いだったのだ。

 そんなソルの考えなど露知らず、男たちの一人が仲間に向かって叫ぶ。大柄で髭面の男だった。腰の山刀に手をかけている。

「ボケッとしてるな。おめえら。見たところ、やつら、王宮の兵隊だ。こんなところを見られたからにはやっちまうしかあるめえ。それ、かかれ」

 ソルはその男を見て叫んだ。

「待て。お前が首領か」

 男は下品にニヤリと笑って、大声をあげる。

「へっ。地獄で悪魔バルバルに聞かれた時によ、殺された相手がわからねえんじゃ困るだろうから、教えてやろう。森の盗賊アクアポリー様の一の子分、死神ダックルとは俺様のことよ」

 ソルはなるほどというようにうなずき、部下たちを振り返った。

「あいつを残して、全部切り捨てろ。あいつは殺さず、捕まえるんだ。尋問するからな。とにかく一人もこの場から逃がすな」

 そして盗賊を振り返る。

「そうだ、名前を聞いただけでは礼儀にかなわぬな、私はラングーン城の城主ソル・シニャック・リンシードだ」

「なっ何ィ!」

 男の叫びにソルの号令が重なる。

「よし、やれ」

 その瞬間、ソルを乗せたまま牙犬エスは跳躍した。

 十ジーフほどの距離を一気に飛んでエスは山刀を抜こうとする死に神ダックルの上に着地した。ダックルは押し倒されて、仰向けに倒れる。大男の胸をエスの前足が押さえ込む。身をもがく男の顔の前に月の光を受けたエスの長い牙が突き出される。

「ガウ・・・」

「・・・」

 エスの短い威嚇の唸り声で大男は戦意を失った。

 その間にすでに五人の盗賊が首をはねられている。

 ソルがふりかえると森に逃げ込もうとした一人がラダンテの投げたナイフで倒れ伏したところだった。後に残った五人のものはすでにソルの部下たちの前に武器を投げ出し命乞いをしていた。

 ソルの部下たちは盗賊たちにそれぞれの剣を突き付け、ソルの指示を待っていた。

 ソルは迷った。

(どうする。無抵抗の者だ。泣いてるやつもいる。しかし、イア姫をさらったのが、このミアの仕業だとしたら。・・・ミアの海鷹がイア姫を。そして、こいつらがミアの身分を知っているならば。・・・母親こそ違い、王位継承権もないとはいえ、私やタル大公の妹、ミア・シニャック・リンシードだということを。大公家の者が王女の誘拐に手を貸したなどということが密告されたらただではすむまい。・・・だが、きっと盗賊たちには他にも仲間がいるだろうし、全員の口をつぐませるのは、いずれにせよ、無理か。ええい、ミアよ。なんだって、こんなところに)

 ソルは溜め息をついて声をあげた。

「捕らえて城に戻れば拷問の上、全員、死刑だ。いっそのこと、ここで楽にしてやるか」

 部下の中でバロイカだけが一瞬、意外な顔を見せた。

(バロイカは根が優しいからな)

「待って、待ってくれ」

 エスの足元の死神ダックルが叫ぶ。

「な、何でも言うとおりにしやすから、仲間の命ばかりは、お助けくだせえ」

 ソルはダックルを見下ろした。

 そして、部下に命令を下した。

「全員を縛り上げろ」

 バロイカがホッとしたようにソルを見た。

「殺してよ。みんな殺してちょうだい。ソルお兄さま」

 無言で成り行きを見ていたミアが金切り声をあげた。

「あいつら、あいつら、私の海鷹を殺したのよ」

 ソルは静かな声で聞いた。

「ミア、お前は何故、こんなところにいるんだ」

 ミアは答えにつまり、ソルは嫌な予感が現実のものとなったことを確信した。

 ソルはおそるおそるミアに聞いた。                     

「・・・王女はどこだ」

 ミアは無言のまま視線をそらした。その行為は彼女が王女の誘拐に少なからず関係したことを物語っていた。

                  4

 生き残った盗賊たちを縛り上げ、ソルたちは盗賊たちの焚き火を囲んだ。切り株に腰をおろしたソルの前に死神ダックルが引き出される。

「ほどいてよ」

 怒りをあらわに叫んでいるのはミアだった。木につないであったロープは切ったが後ろ手に縛られた手首はそのままだ。

 ソルは静かな声で言った。ミアはダックルの横に座り込んでいる。

「そうはいかぬ。お前がなぜこの盗賊たちとこんなところにいたのか、聞くまではな」

 それからソルは死神ダックルをチラッと見て言葉を続ける。

「それにお前を自由にしたらすぐにこいつらの喉をかききるだろう」

 死神ダックルの目におびえが浮かぶ。

 ソルは今度はミアを見る。

「ミア、王宮を襲ったのはお前とお前の海鷹だな」

 ミアは一瞬、視線を宙に迷わせ、そして決心したように言った。

「そうよ。その通り。そして、イア姫をさらったのよ。この手で殺すためにね」

 ソルは息を飲み、ようやく声を出した。

「なんだって?」

 ミアはこらえていたものを吐き出すようにしゃべり始めた。

「私はね。あなたの父親の愛人の娘、ミア・シニャック・リンシードはね。お兄さまをいつのころからか愛していたのよ。ええ、ソルお兄さま、あなたじゃなくて、タルお兄さまをね。だから、シニャックのお城にね。結婚の使者が来たときには世界が砕け散ったような気がしたのよ。私のお兄さまが王女の夫になる。冗談じゃないわ。タルお兄さまは私のものよ。誰にも渡せないわ。それでね、盗賊を雇ったのよ、ある貴族を通じてね。そして王女をさらったの。この森で命を奪うためにね。ところがこいつら裏切ったのよ。王女を殺さない上に私の海鷹を殺して。そして私を縛って」

 ソルの頭の中は一瞬空白になった。

(なんだと。何を言ってるんだ。この女は。そんな・・・)

 ソルはぽかんとあけた口をようやく閉じた。

(・・・この奔放な妹ならばないことではないか。まさかもう体を交わしているわけではないだろうが、いや、あの兄上は求められれば拒まぬか)

 ソルはそこでミアの告白に不審を覚えた。

「違うな。何か。・・・そう。ある貴族といったな。そうだ。その点だ。お前では王女の間のことも王女の行動予定も分かるまい。お前が兄上によこしまな気持ちを持ったのは本当だとしても、王女をさらうにあたって、それを計画したのはお前ではないな、どちらかといえばお前はそそのかされたのだろう」

 ソルは思い浮かぶままにミアへ言葉を投げかけた。それは「気」を読むことに長けたソルならではの直感的な尋問法だった。

 ミアの顔色がソルの言葉を肯定する。

 ソルはたたみかけるように問う。

「ある貴族とは誰のことだ」

 ミアが拒絶のために奥歯をかみしめるのを見て取り、ソルは重ねて問う。

「答えよ」

 ミアはうつむく。

「答えなければ、黒の魔法による尋問を行うまでだぞ」

 ミアはハッとしたように顔をあげる。

 ソルと彼の異母妹が目を見交わした時、シュライムが声をかけた。

「ソル様」

 ソルはチラリとシュライムを見た瞬間、異様な気配に気がついた。

「何かが接近しております」

「うむ」

 ソルは尋問に熱中していたために、周囲の「気」の変化を読み取りそこなっていたのだ。

 牙犬たちはすでに立ち上がり、首をさげ戦闘姿勢をとっている。

「なんだろう。かなりの数だな」

「く、黒狼だ、やられた仲間の血の匂いで集まってきやがったんだ」  

 おびえた声で叫んだのは死神ダックルだった。

「黒狼? ラダルト、どう思う」

「おそらく盗賊の申す通りでしょう」

「ほどいてくれ。縄をといてくれ」

 死神ダックルがせっぱつまった顔でソルに縛られたまま、にじりよる。

「黒狼の奴らは弱いものから餌食にするんでさ、縄を」

「ギャーッ!」

 ダックルの言葉をさえぎったのは一番外側にいた盗賊の絶叫だった。森から飛び出した黒い物体が目にも止まらぬ素早さで盗賊の喉笛をかみ切ったのだ。血煙があがり、首を半分ちぎられて、哀れな犠牲者は体を倒した。 

「全員、剣をとれ。盗賊たちの縄を切れ」

「あ、ありがてえ」

 ソルは盗賊の感謝の言葉の終わらぬうちに、自らの剣でミアとダックルの縄を切っていた。

 次の一瞬、森からは黒狼たちがその姿をあらわした。牙犬を一回り小さくしたような、黒い獣が炎の光に目を怪しく輝かせている。

(三十、四十、いや、それ以上か) 

 ソルは次の指示を出した。

「焚き火を囲んで密集。あまり離れるな。そして先手をとれ。シュライムはミアを連れて後方にさがれ、盗賊たちも命が惜しければ武器をとって戦え、かかれ!」

 ザッと音をたてて牙犬と剣士たちは円陣を組む。

 ザッ、次の動作で輪は広がり、牙と剣が黒狼に襲い掛かる。

 ソル、ラダルト、バロイカ、エス、タロスが五匹の黒狼を倒した。

 その後は乱戦である。

 仲間の死にもひるむことなく、黒狼の群れはソルたちに向かって来た。

「オウリャ!」

「ダーッ!」

「この!」

 剣士たちの気合が交差する。

「ギャッ!」

 盗賊の一人がまた、黒狼の餌食となった。

 黒狼たちは倒されても倒されても次から次へ殺到する。

 ソルの剣はすでに血にまみれ、きれが悪くなり始めていた。

(まずいな、限がない)

 黒狼たちは一度に二匹、時には三匹が同時に跳びかかって来る。

 最初は一匹を倒し、返す刀で二匹目を倒していたソルも、二匹目はかわすのが精一杯となってきた。

「ウワッ!」

「デク!」

 バロイカの叫びにソルが目をやると三匹の黒狼にまとわりつかれたデクが倒れ込むのが見えた。しかし、ソルも数匹の黒狼に囲まれ、助けにいくこともできない。

(いかん、こんなところでむざむざと死ぬわけには)

 ソルは死地に追い込まれた自覚に歯軋りをする。

 その時。

 ボンッと何かが弾ける音がした。

(なんだ。この匂いは)

 周囲に異臭が広がった。

「う、くさい」

 窮地なのに間の抜けた声を出したのはバロイカの部下の一人チップだった。

 そして、驚くべきことに黒狼たちは森へと撤退し始めた。

「へへへっ、ざまあみやがれ」

 大声で叫んだのは死神ダックルだった。彼は小さな袋を持ち、何か木の実のようなものを焚き火の中に投げ込んだ。

 ボンッと音がして、異臭が強まる。

 黒狼たちがすべて姿を消したのを確認して、ソルは説明を求めるようにダックルを見た。 ダックルは自慢そうに言った。

「へへへっ、こりゃ、サバの木の実でして、黒狼たちはこいつの匂いが苦手なんでさ。俺の荷物を探すのに手間どりましたが、こうなりゃ、当分あいつらは近づいてきませんぜ」

 ソルはうなずいて率直に言った。

「助かった。礼を言うぞ」

「へへへっ、そりゃ、こっちのセリフで。若様には、二度も命を助けてもらって、ありがてえと思ってます」

 ソルは周囲を見た。

「みんな無事か」

「デクがやられました」

 バロイカが倒れたデクの横にかがみこんで沈痛な声を出す。

 デクの牙犬がピスピスと悲しそうに鼻を鳴らしながら主人の顔をペロペロとなめている。

「駄目なのか」

「死んじまってます」

「・・・そうか」

「ソル様、ミア様が」

 シュライムがあわて声で言った。

「すみません。いつの間にか姿を消して・・・」

「逃げたのか、黒狼にやられたのか」

「わかりません。申し訳ありませぬ」

「いや、あの状況だ。お前の命があっただけよい。黒幕のことを聞き逃したのが気になるが。・・・それに逃げたとしても女一人でこの森を無事に抜け出せるのかどうか」

 盗賊の中で生き残ったのはダックルだけだった。

「あのう、若様」

 ダックルがソルに声をかけた。

「俺なんかがこんなこと言って、お怒りになるかもしれないけど、俺をお供に加えてもらえねえでしょうか。そのお礼と言っちゃなんなんですが、この剣をさしあげますんで」

 ダックルはどこからとりだしたのか、ひとふりの宝剣をソルに差し出した。

「これは」

 ソルは剣を鞘から抜き、驚きの声をあげた。

「アレキサンドライト・ソードじゃないか」

「さすが、若様、お目が高い。柄にはめこめられた霊石アレキサンドライトが魔力を持っているそうなんですが、俺のようなものには、ま、ただのお宝って感じで」

「こんなものどこから盗んできたんだ?」

「・・・そのう、古都スラートの墓荒しをしてた奴からまきあげたんで、確かなことは俺にもわからねえんでさ。あのう、どうでしょう。家来の件は」

「その前に、お前は黒の魔法の尋問を受けなければならない」

「へっ、何でもしますけど、その魔法はそんなに痛くないんでしょうね」

「シュライム」

 ソルは魔法使いを呼ぶ。

「時間が惜しい」

「心得ました」

 黒の魔法使いシュライムが進み出た。

 彼はフードを背中に落とした。銀色の長髪がこぼれ、ドキリとするほど色白の、細面で、優美な、女と言われても納得するような顔が現れる。シュライムは炎で顔を染めながら、その青い瞳でダックルを直視する。

「ダックルと申したな、僕を見るがよい」

 ダックルはシュライムの美貌に一瞬で心を奪われてしまった。

「お前は青い瞳の虜になった」

 ダックルは早くも術に落ちたようなしまりのない顔となり、ぼんやりとシュライムの言葉にうなずいた。

「お前は心をかくすことができない」

 ダックルは夢見るような表情となり、うなずく。

「ダックルよ、お前は王女様を見たか」

「見ましたとも、あんなすげえべっぴんは一度みたら忘れねえ。ありゃ、本当に女神アーンの娘、伝説の乙女アーミーの生まれ変わりに違いねえ」

「王女様はどこにいかれたのだ」

「かっ頭が、森の盗賊団の首領アクアポリー様が連れて行かれました」

「どこに」

「はっきりしませんが、誰かと取引するのだとか」

「誰か? 何のために?」

「分かりませんが、アクアポリー様は南の方へ向かいました」

「アクアポリーとはどんな男だ?」

「まだ、若くて、でもゾッとするほど頭が切れて、剣の腕も確か。元は貴族の生まれとかいう噂もあるんでさあ。俺が盗賊に加わった時にはもう、この森の顔でした。あの、女の海鷹使いと城に忍びこんだのもアクアポリー様でさあ」

「森の盗賊は何人ほどいるんだ」

「アクアポリー様の直の手下は百人くらい。そんで俺たちのような子分までいれると五百人にはなるでしょうか。でもアクアポリー様と一緒に南に行ったのは二十人ほどです。みんな腕のたつ奴ばかりですがね」

「・・・お前はミア様を知っているな?」

「名前はさっき、知りました。まさか、リンシード王家の貴族様とは知りませんでした。王家に恨みのある女の海鷹使いだと思ってました。そうと知ってりゃ、身代金を取ることを考えますんで、その、もうちっと大事にしてました。アクアポリー様が逃がさなけりゃ好きにしていいと残していったんで、まあ、こっちも女には目がないですから」

「お前は何か私に隠していないか」

「・・・あの、俺がためこんだ金はアジトの屋根裏の金庫の中です。ほんのはした金ですけど」

「・・・お前はなぜ、ソル様の家来になるのだ」

「・・・若様の噂は前から知ってました。ラングーンの城の若様はすっげえいい殿様だと評判で。まあ、俺は信じてませんでしたがね。貴族なんてもんはしぼりとるだけしぼりとって、俺たちのことは虫けらとでも思ってやがんだ。俺の親父とおふくろだって、トリタの村の、罪なんかこれっぽっちもねえ、正直で働きものの農民だったのに、税がおくれたといって鞭打ちの刑。その傷が原因であの世行きだ。・・・しかし、若様が死刑になって当然の俺に哀れみをかけてくださったのは、こんな俺でも分かりました。なんだか、知らねえが、俺は若様のために働いてみてえと思ったんだ」

 シュライムはソルを見た。

「もう充分だ」

 ソルは幾分面はゆい顔で言った。

「指の鳴る音がしてお前は目が覚める、問われたことは忘れている」

 シュライムはそう言うと指を鳴らした。

 ハッとしてダックルは夢から覚めたような顔であたりをキョロキョロと見回した。

 ソルはダックルの様子を見ながら部下たちに命令した。

「危険は承知で追跡を続けるぞ。その前に、かわいそうだが、デクはここに埋めていく。髪を形見にしておけ。盗賊たちはかわいそうだが荼毘にふす。事が終わったらデクの遺体は取りにくるからな。目印を。さあ、急いで穴をほれ。ダックル、お前も手伝え」

 ダックルはいかにもうれしそうな顔をした。

「じゃ、家来にしてもらえるんで」

「これだけは言っておく。私を若様と呼ぶのをやめろ」

「へい」

 ダックルは神妙にうなずいて、木切れを拾うと埋葬のための穴を掘り始めた。

 ソルは王宮で姫をさらった男の精悍で不敵な面構えを思い出していた。

(あの男が、アクアポリーか)

 ソルの心の中で森の盗賊アクアポリーがニヤリと笑った。ソルはいまいましい気持ちで胸がいっぱいになった。


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