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過ぎ越し方、先往く方 6

「スビニフェニスには学校というものはありません。誰でも学びたい時に好きな方法で学びます。ここミューズムや任意の場所で誰かに教わったり、独学用の学習プログラムだったりします。制約も規定もないのです」

「Hum. That's good idea. (へえ。義務教育がないとはまた画期的な試みだ)」

「そして、ここにある全てが、皆等しく開示されているわけではないのです」

 ここを利用している者の興味は学問の種類を問わず千差万別であり、利用するタイミングも頻度も個々の自由意志によるという。


 そして、それらの教材や資料は彼らにとって必要となる部分までが提供されるのだという。先ほどグランが大地に見せたもの、ここに存在する全てのものが、何人(なんぴと)にも等しく見えているわけではないらしい。


 室内には数組がいてそれぞれ何かに没頭しているようだった。一人でいる者もあれば、子供と教師というような組み合わせ、少人数のまとまりなど、熱心に議論している者たちもいるが、不思議に声は響いてこない。


 グランは皆から離れた部屋の奥まで進み、大地に席に着くように促した。それからグランは壁際の何もない空間から一冊の本と筆記具を取り出した。少なくとも大地にはそう見えた。


 ──いったいどうなっているんだ?

 光の屈折を利用して物を見えなくしているのか、それとも本当に別の空間にあるのか、今大地が置かれている立場では、仕組みを理解しようとか以前に、そういった現象に好奇心を向けることを強制的にでもやめる方が先決に思えた。


 グランはテーブルを挟んで大地の向かいに座り、本と筆記具を大地に手渡した。


「このカイにダイチの母国語で記入して欲しいのです」

 厚いとも薄いとも印象を持たない背幅のカイと呼ばれた本をパラパラとめくると、中身は方眼罫以外はまっさら、全ページ白紙だった。


「母国語、日本語で? これに、何を?」

 それまで話していた英語をやめて、大地は日本語で尋ねた。筆記具は持ちやすく、先端がボールペンとも違う、もちろん万年筆などの形状でもなく、堅くない針先のようだった。


「ダイチのことや、アースについて。そうですね、生活や社会情勢、教育システムについてとか、好きな時に思った事を」

「構わないが……。目的は何?」

「ダイチにとってスビニフェニス星が未知であると同時に、われわれにとっても地球は未知の惑星なのです。だから、なんでもいいのです」

「なるほど」

 そう言いながら、大地は最初のページにペンを走らせ始めた。ペン先が尖った形状をしている割には紙に引っ掛かることもなく滑らかな書き心地だ。


『俺の名は大地。天の川銀河に属する太陽系第三惑星「地球」で生まれた』


 公文書でもないなら一人称は普段話している通りでいいだろう。『地球からやってきた』と書きかけて、それは能動的だ、と思い書き直した。書き直そうと思った時に、『から』以下の部分はすでに紙の表面から消えていた。見た目は普通の紙と変わらないが、この紙自体に何等かの機能があるのだろう。物理的にインクの類いが出ている様子もないが、感熱や筆圧によるというふうでもない。


「第三、というのは?」

 唐突にグランが尋ねた。

「太陽系の惑星で、恒星に近い方から三番目の……」

 大地はそこで思わず苦笑した。太陽系の惑星配置をイメージせずに定冠詞の扱いで書いた『第三』の意味するものが、太陽からの並び順と受け取られるとは限らない。グランは星の大きさや質量をイメージしたのかもしれなかった。ここは地球の属する宇宙ではないのだ。


「ありがとうございます。そういう感じで、なんでもいいですから、大地が書きたい時に書いてくれればありがたいです」

 その時、大地の身体全体に包み込むようなイメージが伝わってきた。グランは、「大地」と呼んだ。


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