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過ぎ越し方、先往く方 5

 並んで歩きながら大地は空を見上げた。太陽を拳で隠すと、周囲の輝きは青ともオレンジとも白ともつかない光にあふれていて、透き通るような薄い青に向かってグラデーションを作っている。


 ──ああ、室内のあの色だ。

 その光の色合いが何故か大地の心に染み入る。


「食事はお気に召しました?」

 グランが尋ねた。


「I love it. It took courage to eat the first bite. (とても。最初の一口に勇気がいるよ)」

 大地は小さな家と花畑、山と川などをあしらった風景を一つ一つ切り取るようにゆっくりと味わったのだった。


 ──ここでの会計は、オグヌイで済ませているのだろうか。

 オーダー票が提示されず、グランも会計の手続きをしていなかった事を思えば、この世界は完全なる暗号通貨制度を採っているのだろうか。


「スビニフェニスには貨幣制度がないのです」

 大地の表情にその考えが浮かび上がっていたのか、グランが察したように言った。


「What does that mean? (というと?)」

「もちろん、遠い昔の時代には貨幣というものはありましたが。今は通貨という概念そのものがありません。対価に該当するものは、それぞれの実績に応じて環境として与えられるのです。例えば重要な研究をする者には必要充分な施設や環境、情報が与えられます」

 研究者、教育者、芸術家、社会福祉、あらゆる職種の者が、与えられた仕事としてではなく、それぞれが自分の探求したいものを自分のベースで進めていけるのだという。子供を育てることにのみ生き甲斐を見出す者も、好きなだけ研究に没頭することも、納得のいくまで時間をかけて作品を作ることも、全てが個人の意志に任されているのだという。


 適性が合わなければ変更することも可能で、誰しもが強制的に何かを求められることもない。さらに、家族という概念もないというのだ。志を共にする仲間同士、子供たちだけ、あるいは心の状態によって一緒に住む相手が変わることも、さらには孤独を選ぶことも全てが自由意志によるのだという。誰もが自由に生きられる社会、本当にそれが可能なのか、と大地は思った。


「それらを管理しているのが、オグヌイを統括しているマルベレクです」

 グランの説明で大地の頭に浮かんだのは、巨大な記憶領域を有する人工知能のイメージだった。


「Does that mean the proposal is in interventions fair without discrimination or special treatments? (そこに忖度というものは存在し得ないと?)」

 いったいどんなデータを基準にして平等や公平性が保たれるのだろうか。


「マルベレクは単なるプログラムではないのです」

 そう言って、グランはちょうど差し掛かった巨大な円錐台の建物の中に大地を誘った。そこにそんな巨大な建造物があるなら遠くからでも分かるはずなのに、それはたった今大地の視界に入ったという気がした。


「ここはミューズムです。博物館と美術館、図書館を合わせたような施設です」

 建物に入ったと思うとすぐ、そこは再び閉鎖空間だった。あの浮遊感とでもいうのか、そうだ、古いエレベーターが始動する時の感覚に似ている。グランがモタルドクを開いて見せてくれた施設の見取り図では、建物の外観からは想像できないような円形のフロアが、螺旋階段のように少しずつずれて階層を作っている。階段らしき構造が見当たらないのは、タレスターフの仕様、つまりこの施設内では全てあの不思議な移動空間を利用して行き来するということなのだろうか。


 扉が開いた所は階層のうちのどこかなのだろう、図書室、あるいは落ち着いた雰囲気の学習室、といった感じの広い空間だった。


 グランが壁の方にかざした手をすっと横に流すと、膨大な量の紙の本や光学ディスクのパッケージのようなもの、おそらくは小型の記憶媒体、それから何やらよく分からないものが整然と並んでいるのがすうっと見えて、それから同じようにすうっと見えなくなった。壁面は床から天井まで全面書架として利用されていた。


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