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鵬程の前夜、定離への向背 9

「機械に感情というものを教えるのに、誰の……、どんなデータを使用するべきだと思いますか?」

「難しい問題だな」

「ええ。悲しいとはどういうもの、嬉しいとはどういうもの、脈拍や、電気信号も含めて深いところまで定義として理解させることは可能でしょう」

「ああ、でも美味しいや楽しいの境界線をどう判断するのかという部分だな」

「人間は環境や状況、それから同じ個体であっても心の状態によってそれが変化するものだから。そういうことを念頭に置いてランスと向き合っていって欲しいと思っているのです」

 グランはそこで踊るのをやめた。


「分かった」

 大地はしっかりと頷いた。




 それからしばらく飲食と談笑とで和やかな時間が流れた。


「そろそろ解散しましょう」

 グランが頃合いを見て大地のための歓送会の終わりを告げた。


「元気で」

「楽しかったよ」

「いい経験だった」

 誰一人としてさよならを口にする者はいなかった。一人一人と握手やハグであいさつを交わし、グランとランスを残して船を降りていく皆の姿を大地は感慨深く見送った。


 ロボットが後片付けを終えて下船するのを確認した後、三人は操縦室へと向かった。


「明日、大地が目覚める頃にはもう宇宙空間ですよ」

 飛び立っていく姿を見たくはないからだ、とグランは言った。大地も同じく、後ろ髪を引かれるような思いに囚われたくないと考えていた。


「座って」

 そう言い、グランが操縦室後方の座席に大地を座らせた。大地の前に膝を突き、正面からいつもの静かな微笑みを向ける。


「手を」

 左手を差し出すと、グランは大地の手をしっかりと握ると、また儀式でもするように指を絡ませた。それから自分の左手を大地の右膝に乗せ、まっすぐに大地を見つめる。


 ──そうか、分かった。

 この星の人々の目だ。純真で濁りなく、邪念のない清々しいほどに澄んだ目。人の心を映す鏡。この目が物語る人々の心。疑いようもなく引き込まれる目なんだ。


まるでグランの心の中に、ああ、また、吸い込まれて、いく……


 ──目が覚めたら……、俺は……、本当に……?

 意識が次第にぼんやりと形を失いつつ薄れていくその端で、大地がかろうじて捉えたもの。


(行ってらっしゃい)

 グランの唇が動く。


 ──こんなさよならを、君は……




                                   了 


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