鵬程の前夜、定離への向背 8
クロネが曲調を変える。フィンとクリスが開かれたスペースに出て行き踊り始めた。
「よおし、僕たちも。ティニ、教えてあげるよ、おいで」
マーシがダンスの手ほどきをしようとティニを誘って出ていく。隅っこに並んで、マリマトラムのテンポとリズムは無視してひたすら基本のステップを繰り返す。ただそれだけでティニは楽しそうに笑い、夢中になってステップを踏んでいた。
「お、戻ってきたな。マーク?」
連れ立って戻ってきたグランとランスの姿を認めると、先日とは逆にトニアがマークを誘っている。大地にも「踊れよ」とマークがグランの方に注意を促し、トニアと一緒に出ていく。ほのかに温かな雰囲気を感じながら微笑み返し、大地は皆を見ていた。
「ランス」
グランはランスに大地の相手を務めるようにという身ぶりと共に声を掛け、マリマトラムの近くへと歩いていき、ランスだけが大地の方へやってきた。
「じゃあ、俺たちで」
「お手柔らかに頼むよ」
大地はまだリードされなければ自由に踊れない事を自覚していたため、ランスに全面的に依存することを決め込んだ。拍子の変わったのがいつなのか分からないほどに自然に、曲が変わった。グランは何かクロネに話し掛けながら、皆が踊っているのを見ている。
ランスの作る姿勢や腕の位置に逆らわずに立つと、やはりそれで正しい姿勢になっているのだろう。背筋がしゃんと伸びる。タイミングを計っていたランスがステップを踏み出す。数ステップですぐに大地には分かった。
──グランと踊っているみたいだ。
そういえば、マークはランスがグランの会心の作と言っていたではないか。ランスの全てとは言わないだろうが、少なくともダンスに関しての教師データはグランなのだろうと思った。
「行程はとても長くなる。少なくとも一種類くらいは踊れるようになっておいた方がいい」
さながらグランのようにリードしながらランスが言った。
「というと?」
「候補地に直行できるわけでもないからな。行く先々でいろんな星に寄ることになる」
──そういうことか。
何か一つでも踊れることがプラスに働くような環境を有している星もあるということなのだろう。ぞくっと、いい意味での興奮が大地の中を走った。実に興味深い。自分がこれから見ることになる世界は、いったいどれだけの広がりを持っているのだろう。
未知の世界がこれでもかとばかりに自分の前に開かれていくのだろうことを思うと、大地は今更ながら自分の好奇心の旺盛さに感謝した。不安どころか、見てみたい、体験してみたいという思いの方が圧倒的に強い。
「なるほど。じゃあ前言撤回だ。ビシバシ頼むぜ」
「了解した」
前回は訳も分からず、ただグランが誘導するままに合わせていくだけだったのだが、さすがに二回目ともなると全部とは言わないがちょっとした部分で、次の動きの予想を幾つかに絞り込めるようになってきた。ランスはそういった大地の変化もちゃんと感じ取っているようで、一つずつ大地に対する要求を増やしてくるように感じた。
当然、クロネの演奏も変わってくる。とあるタイミングで、ランスがくるりと大地の身体を反転させた。一連の流れに乗って、本当に自然に違和感なく、すんなりと大地はグランの手を取り、向き合っていた。
ステップは止まることなく続いている。そして、そこでまた大地は今度はランスとグランの違いを感じ取ったのだ。ドロイドと人間との差と言えばいいのだろうか。精緻な部分までグランの踊り方を再現しているランスではあるが、決定的に違うもの。感情という愛すべき厄介で複雑なものの存在。
心に響く歌を歌う者は、旋律に思いを乗せ、言葉を、意志を明確に伝えてくる。自分自身が感じ取ったもの、それを自分なりの解釈でただの音ではなくメッセージとしてちゃんと届けてくれるのだ。グランと共に織りなすステップにもまさにそうした心情があった。




