鵬程の前夜、定離への向背 2
部屋に戻る。着替えを済ませるとほどなくしてグランが朝食を運んできた。大きな青いソファに並んで座る二人の間に、グランはトレイを置いた。採れたてだというたっぷりの野菜と粗挽きのウィンナーを挟み、妙に後を引く酸味のほどよいドレッシングを掛けたパンと、スルパ、スティック状に切って揚げた根野菜は塩味の効いたホクホク感が特徴で、それらは地球での大地のあわただしく過ごす朝の食事の一場面を思い起こさせた。
「今、PAの通信装置の複製を大地の宇宙船に移植しています」
「通信装置を?」
「ええ、おそらく地球では大地に向けて継続的にメッセージを送信しているはずですから」
「そうか、そうだよな」
オリオン座の配列を見ることのできる、太陽系に酷似した構成の星系を絞り出し、候補先を片っ端からあたるしかないという結論に至っている。一致した構成としないのは、この宇宙で時空のゆがみや重なり、干渉などを考えたときに時間の進み方が同じとは断言できないからだ。大地が向かう先は、大地が消えた瞬間よりもずっと未来かもしれないし、人類が誕生するよりはるか以前の太古かもしれないからだ。
それに、惑星がいつどういう変化を起こすかも分からない。地球にたどり着いた時、太陽系の惑星が減っていたなどという事もないとは言えない。未知なのだ。地球からの通信を受信できるということは、大きな鍵となる。
「少し手を加えておきましたから、受信感度は上がっているはずです」
大地はグランの横顔を見つめた。
──俺はそこまでしてもらっていいのか?
いつもの穏やかな表情をしていたグランは、大地の視線に気付いてにこりと笑った。
「あ、ありがとう」
よく似た笑顔を思い出し、少しドキッとして、大地は食事を続けた。
確認しなくてはならない幾つかの項目をリストアップしながら食事を終え、グランはマークと打ち合わせるために部屋を出た。暇つぶしにどうぞと置いていったルービックキューブのような記憶媒体には、立体映画のプロモーションビデオがぎっしりと詰め込まれていた。オグヌイが読み取り、モタルドクで再生できるという。
明日にはこの星を発つ、という状況でゆっくり映画鑑賞ができそうもないことをグランは分かっているはずで、だからPVなのだろうと大地は思った。長旅に備えての好みを探ろうとしているだろうことは想像できた。
──俺はどんなものを観ていたっけ。
好きなジャンルは何ですかと問われたとして、これだ、と言える枠を持っていないことに気付く。特定のジャンルというわけでもないし、興味のあるジャンルなら許容範囲は広いというわけでもない。
大地の興味の対象を脳波がはっきりと示すだろうから、ただ観ていくだけで、曖昧な言葉に置き換えることなどせずとも、大地の反応をそのままオグヌイがマルベレクに届けるはずだ。マルベレクの判定基準がどうなっているのか、次第に大地が観たいと思うものは畳み掛けるように興味をそそる場面を流し、そうでないものは短く、つまりそれなりの途中で終了するようになった。
「どうです、時間つぶしになったでしょう」
気が付くとグランが戻ってきていた。どのくらいそうしていただろう。しかしグランが出て行ってから大分時間が経ったはずだ。大地が再生を止めると、グランは大地の手を取りオグヌイから健康状態の情報を引き出した。
「至れり尽くせりで、どう言ったらいいのか」
不意を突かれた照れくささもあって、大地は自分のオグヌイに目を向けたまま答えた。
「異常なしですね。良かった」
「本編が楽しみだよ」
グランが手のひらを差し出したのへ、PVの詰まった立方体をポンと乗せ、大地は答えた。何だか会話がかみ合っていないような気がしたが、それですら楽しんでいるみたいに、グランは微笑み返した。
夕方から大地の歓送会を兼ねた早めの夕食を宇宙船内で取ろうということになって、昼食は省略することにした。
「疲れたでしょう。のんびりお湯にでも漬かって」
そう言葉を残して、グランは再び打ち合わせのために部屋を出て行った。




