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錯落の青、幻想の青 6

 大地もグランも大分長い時間、そうしていた。


「決めたのですね」

 突然グランが口を開いた。


「……。ああ、行ってみる」

 大地はどう言おうか迷った後、そう答えた。


「明日一日ください。準備を済ませます」

 大地の意思に任せると言っていたグランは、やはり言葉通りに大地を引き留めることをせず言った。


「いろいろ世話になったのに、何もできなくて」

「いいえ、大地からはとてもたくさんの『事』をいただきました」

「カイに書き足りないことだらけなのに」

「思い付いたら、でいいですよ」

 地球について、どんな些細なことでも情報として得ておきたいだろうに、グランは言外にもそれを感じさせずに言った。それから、しばらく空を見上げていたグランは身体を起こし大地の方に向き直ると、ゆっくりと言葉を選ぶようにして言った。


「大地にお願いがあるのですが」

 グランはそう言って大地の目を見つめた。

「いつ言い出すんだろうって思ってたよ」

 これまでのことを考えれば、グランがそれを望まないわけがない。大地には、遅くても大地が宇宙へ出ることを決めたタイミングでグランが求めてくるだろうことは想定内だった。


「サンプルを?」

「遠慮なんていらないさ」

 お互いの意思は通じていた。大地にとって自分の組織を提供するぐらいなんということはない。拒否するつもりも理由もない。


「では、後ほど」

 グランはそれからまたそれまでと同じように空を見上げる格好で温かい揺らぎに身を任せた。大地が湯浴みに満足した時でいいという意味だろう。空の色が刻々と変わっていく。この空のどれだけかの先に地球はあるのだろうか、と大地は思った。



「では、血液を採らせてください」

 グランが手にしているのは鉛筆ほどの太さの細長い半透明の筒状の採取器具だ。血管の太い所を選ぶのは同じか。シュッと何かが吹き付けられでもしたような冷たさを感じたと思うと、半透明の中身が血液の色で満たされていく。


針を刺されたという感覚はなかった。採取し終わった時にも大地の腕に血はにじんでこない。


「痛みはほんの少しだけです」

 そう言いながらグランが次に空間から取り出した物は、銀色に光る細い筒状の採取器具だった。


 グランは指で位置を探りながら大地の二の腕の一点に筒の先端を当てた。表皮に金属質の冷たく硬い面の圧迫と、ごく細い針先のようなものが突き刺さるのを感じた。腕の中心辺りから凝縮された何かが表皮に向かって吸い上げられるようにギュルーっとした痛みのような感覚が走る。


 これも不思議に血のにじみ出るようなピンホールも、器具の押し当てられた跡を示す班も腕には残らなかった。


「あとは毛髪、か」

 大地は、身構えた分よりもずっと早く消失した痛みにあっけなさを感じながら言った。


「できれば一番長いのを」

 そうだろう。大地の過ごしてきた日々の履歴の一番多く記録されたものを当然グランは望むだろう。


「グランが見たほうが早いだろ」

「そうですね。では」

 グランが両手を櫛のようにして大地の髪に差し入れ、先端へ向かって長さを測るように滑らせていく。サイドの髪の一本を選んで、グランはそれを抜いた。チクッとしたそれは皮下細胞の抜き取りに比べたら痛いのうちには入らない。


 抜いた髪の毛を両手で持って端から端へと視線を動かした後、グランは言った。


「染めていたのですね……」

 グランの言葉に感慨深さの気配を感じた。


「ああ、元々は黒だ」

 大地の脳裏によみがえる言葉。『大地くんの外見ってさ、気安く声を掛けにくい雰囲気してて。せめて髪の色……』

「染料は必要ですか?」

 記憶を断ち切るようなグランの声で大地はこちら側に戻った。


 不思議に心を切り裂く感情よりも、ほんの少し懐かしさが勝っていた。グランの表情のせいかもしれなかった。あの日を思い出させるような優しい微笑みのせいだろうか。


「いや、必要ない」

「分かりました」

 言いながら、先ほどの物と素材は似ているが平べったい四角い容器にグランは毛髪を入れた。採取したサンプル全てをグランは空間の向こう側へ送った。


 大地の生体試料をどう使うかは、グランに任せようと思う。どのみち、あれこれと条件を付けたところでそれが何の意味を成すのだろうか。それよりも詳しく調べるなり利用するなりしてもらったほうが彼らへの恩返しにもなるだろう。明後日にはスビニフェニス星を後にする。大地は使途を特段尋ねもしなかった。



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