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錯落の青、幻想の青 5

「ずっとこうして一緒に歌っていられたらな」

 マーシが大地をまっすぐに見つめて言った。


「光栄だよ」

 言葉の中に、そうならないだろうというマーシの懸念が見えていた。こうして心の中の洗いざらいを歌に乗せて包み隠さず吐き出しているうちに決意した大地の意識、『地球への帰還』。


 それをマーシは感じ取ったのだろう。引き止める手立てを講じるつもりはないが、素直な感想は伝えたいと思ったのだろう。そう思ってもらえることがとても嬉しかった。もちろん自分でも同じ気持ちを持っているのには間違いはなく、大地が選びさえすればそれは可能なことでもあるが、自分なりのけじめをつけたいと思ったのだ。


 逃げたくはなかった。曲がりなりにも移住プロジェクトの進退を揺るがしかねない大切なキーを持っている身としては、それを放棄してしまうことは許されない。可能性がある限りは試してみるべきだ、と心が訴えている。


「そろそろトレーニングセンターに行きましょうか」

 マーシに対して「心残りかもしれないが」といったニュアンスを含んで、グランは大地を次の予定へと促した。お約束のハグと握手で、マーシのスタジオを後にした大地とグランはまっすぐトレーニングセンターに向かった。




 ──それにしても、グランは俺がここに来るまではどんな一日を過ごしていたんだろう。

 ずっと自分に関わっているグランのことをふとそう思う。グランという人は本当に不思議な存在だ。


 大地がトレーニングをしている間、グランはずっと観覧席にいて、大地の様子を見守ったり何かの作業をしているようでもあった。昨日のように、また自分を驚かせる何かを計画でもしているのだろうか、と思うと自然に口元が緩む。


 基本のセットを三回繰り返して、大地は自分に課したタスクを終わりにした。


「私が、大地のためのサプライズを用意していると思っているのでしょう?」

 グランは少しいつもとは違う雰囲気の笑顔を見せた。


「え? あ、ああ。まあ」

 自分の表情から、どうせグランには心理を読まれているのだろうと思う。頭を掻きながら大地は答えた。


「当たりです。さあ、付き合ってください」

 そう言ってグランは大地の背中を押すようにムイジセブへ送り込んだ。


 扉が開く。そこは建物の最上階にある扁球状の部屋という印象を与えた。中心から上下に広がるほんのりとした青のグラデーションの壁は透過率が高く、それを支える何本かの細い枠、大きめのソファベッドや、敷物など全てが幻想的な青の濃淡で統一されている。


 グランが何か操作したのか、室内を仕切る透明な壁の向こう側の天井が開く。透過率が増して、空の色がヴェールを剥ぎ取ったかのように見える。


「どうぞ、心ゆくまま」

「ここは……」

 誘われるままそちらへ進むと、そこにあったのはまるで屋上の露天風呂だった。やはり大地が考えていた事はグランに筒抜けだったのだろうか。ここに運び込まれたものなのだろうか、見た目に雰囲気のある大きい岩が配置されている。


「たまには、ゆったり過ごしましょう」

「俺の考えていることが分かった?」

「ええ」

 説明はせずにグランは肯定した。


 少し拍子抜けした。大地はグランが言葉を濁すか、話題を別に振るかと思ったのだ。こうもあっさりと答えられては、グランの能力についてあれこれ想像するどころか、逆に冗談と受け取れてしまう。


 とても強い香りを放つ花が咲いている。強いけれどどこか懐かしい、心に残る香りだ。大地はどこかで嗅いだことのある香りだと思った。記憶をたどる。


 ──ああ、そうだ、ドラセナの花の香りに似ている。

 夜に咲く花。先端に向かって細くなる花びらが放射状に開く白い花の香りは、大地の心をまた地球へと向かわせる。


 頭だけ出して浮かんでいるような状態でいられる網目状のシートに身体を預けて、空を見上げながらお湯に漬かる。天然の岩風呂かそれを模したものなのか、絶えず上の方から流れてくるお湯が耳障りのいい音を立てている。湧き上がったそのままの熱なのか、それとも沸かせているのかは分からないが、天然の温泉のようにお湯の熱さは身体の芯まで届く。振動が加えられているせいか、お湯は揺らぎの波を作っている。その波に揺られて静かな時を過ごす。



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