錯落の青、幻想の青 4
グランが向かったのは、マーシのスタジオだった。
「待ってたよ、大地!」
マーシは喜びを身体中で表して、あいさつ代わりのハグで大地に飛びついてくる。子供が大好きな大人の姿を見つけて駆け寄る姿を彷彿とさせる。
「嬉しいよ」
苦笑いしながら、大地はマーシを自分の身体から引き離しその手を握る。もはや儀式のようだ。
「一緒に演奏したいそうですよ」
グランはそう言うと、部屋の隅のほど良い弾力のクッションのゆったりとした一人掛けの椅子に身を沈めた。
「そうなんだ、ワンダに言って作ってもらった」
大地に差し出された楽器は、優美な曲線を持つオリジナルのアコースティックのアラティクだった。大地はそれを抱えて、幾つかのコードを鳴らしてみた。よく響く音色が耳に心地良い。大地の手に丁度いいネックの幅や弦高が、ワンオフであることを物語っている。コード進行の途中で指が引っ掛かる感じもない。
──弾きやすい。
どうだい? と言わんばかりに目を輝かせて大地の反応を見ているマーシは、大地のひと言で今すぐにでもマリマトラムに向かいそうだ。大地は頷きかけると、マリマトラムの横の椅子に座った。
「じゃあ、合わせていくから大地が自由に歌って。悲しい歌とか楽しい歌とか、励ます歌とか……、とにかくたくさん」
──悲しい歌、ね。
マーシは一体自分の何に興味を持ったというのだろう。まあ、いいか。ここでなら全てをさらけ出したって構わない。ここの人たちはちゃんと受け止めてくれる。
悲しい歌。というより悲劇を綴った歌だろうか。それを選ぶ以外に方法はなかったのかという慟哭を表現した歌を歌った。状況がありありと浮かんできて、心が震える。短調の旋律にマーシがマリマトラムの音を重ねてくる。空間を揺らし、澄んだ音が広がる。ぞくぞくと身体を走るこの震えは、間違いなく大地を虜にしている。
そして、音は変化し次第に深さと激しさを増す。今更ながら大地はマーシがこの若さでこの感情を自在に表現できることに驚いていた。引き上げられるように、歌が変わっていくのが分かる。内在した感情が余すことなく吐き出されていく感じがする。
まるで魂の浄化だ。余韻までもがどこまでも澄んだ美しい響きで彩られている。次の曲に移るタイミングを計るのが難しい。
「大地」
マーシは大地に笑い掛けると、長調の短い旋律を幾つか紡ぎ出した。音色の変化が、何かの曲を引き出すきっかけになりそうだ。
乞われるままに好きだった歌を歌う。悲しい歌も、陽気な歌も、辛さも希望も、曲から曲へ、曲を作った者の伝えたい思いが変化するたびに、その都度その世界にのめり込んでいく、引き込まれていく自分を感じて、大地はマーシの感性のまったくもって底知れない魔法のような力を讃えずにはいられない。
二人が紡ぎ出す音を、グランはじっと耳を澄まして聴いていた。時々腕を手で押さえるようなしぐさも見える。表情からうかがえるのは、グランにも大地が感じているような音が届いているらしいということだった。
自分の好きだった歌たちは、それらを聴いていた当時の自分の心の在り方を痛いほどはっきりと思い起こさせる。希望にあふれた輝きなど、片手でも余るくらいにしかない。打ちのめされ、切り刻まれるような思いの方が断然多かったが、歌っているうちに大地は今ここにこうしている自分を大事にしたいと思い始めていた。
ある日突然、異世界へ転送されました。そこに住む人々の世界はこれまでの自分の概念を完全に覆す、まさに理想のような世界でした。むしろ自分にとってはこれ以上ない歓迎すべき展開でした。だからそこに骨を埋めることを決意しました。とはいかないのだ、と大地は思った。
自分が本当に望むからこそ、地球へ帰還できる可能性を無視してまでここにいてはいけないのだと。帰ることができなかった事実か、それでなければいったん戻り、完全に決別した上でここにいるのでなければ、きっと大地自身が自分を許せないだろうと思ったのだ。
マーシと共に作り上げていく音楽が、自分が自分でいるためにはどうするべきなのかを決意させた。
休憩と談笑を交えながら、演奏は夕刻まで続けられた。




