諸賢との遭逢、諸賢からの涵養8
食事が終わり、ルキロドゥエスが運ばれる。タレスターフではこれらは雰囲気を楽しむためのものであり、酔う感覚を得るためのものではないのかもしれない。翌日の業務に影響などするはずがないのだから、きっと会話に花を添えるものとかそういう感覚で飲まれるのかもしれなかった。
ずっとホールにはマリマトラムの音色が流れている。曲調が変わった。
「行こう」
そう言ってフィンがクリスの手を通り、ホールへ出た。二人で踊りだす。社交ダンスの類いだと思えた。
「トニア?」
マークがトニアを誘う。
「もちろん」
マークとトニアもためらうことなく出て行く。残された大地はしばらく二組の舞踏を眺めていた。彼らには普通のことなのだ、と思った。きっとこういった形式以外のダンスだってなんということなく楽しむのだろう。
曲がそろそろ終わりかな、という時になってグランが言った。
「誘ってくれないのですか?」
「こういう類いのは踊ったことがないんだ」
大地は素直にそう答えた。
「じゃあ、行きましょう」
グランにしては珍しく積極的な言葉だった。淑女のように手を差し伸べるグランの表情を見ると、断ることなどできそうにない。こうなったらチークダンスでも構わない、成るようになれという半ばやけくそで立ち上がり、グランの手を取った。
「タエブ スビルト」
ホールに出るとグランはクロネにそう告げると、何の説明もなくダンスの基本姿勢を取った。合わせた腕の高さ、伸ばした手の角度、反る背筋さえ、グランの動きに大地の身体が勝手に同調させられた、という感覚だった。曲はワルツだ。
クロネには大地が初心者であることはすぐに分かったのだろう。ゆっくりとしたテンポの演奏に合わせて、グランは基本のステップらしい動きを始める。グランの手や鼠径部のコンタクトポイントがダンスを何も知らない大地に、迷うことなき姿勢や動作へと誘導している。
──すごいな、なんとかなってる。
少しして、曲のテンポが上がった。前に、後ろに、横に、回転、と様々な動きが大地の意思とは別にグランによって引き起こされる。次第に演奏が変わってきたのが分かった。それまではシンプルにリズムを与える感じだったのが、今度はスイングだとかライズだとかフォールだとか、そういう動きに対するきっかけを生み出しやすい演奏になった。
これが、クロネの持ち味なのだろう、と大地は思った。踊っている皆を見渡せる位置で彼はマリマトラムを弾いている。美しく踊れるように、タイミングを取りやすいように、クロネは弾いているのだろう。
自分がこれほど踊れるとは思ってはいなかった。もちろん、グランのリードがなければ次はまったく踊れないだろうことは百も承知だ。せいぜい基本のステップを幾つか記憶できるくらいだろう。
そして、曲が終わり、グランは膝を曲げ、腰を落とし淑女のようなあいさつをした。
意識とは無関係に、大地は片膝を突きグランの手を取ってその甲に唇を軽く触れさせた。自分がこれまで生きてきた中で、学芸会でするような寸劇も含めて、かつてしたことも頭の片隅に置いたこともない動作だった。無意識下の行動。しかしそれはあたかも大地の深層から湧きあがった紛れもない本意だとでもいうような高貴な姫君への礼節、疑いようもない衝動的な行為、あるいは誰か未知の人格に身体を奪われての行為、という気がした。
──俺は、一体?
大地が自分の意識と行動との乖離に戸惑っているうちに、外からではそこにそれだけの力が掛かっているとは誰が想像するだろう、少しも分からない手の動きで、グランは大地を立ち上がらせた。他の者の目にはごく自然な振舞で大地が自ら立ったように見えただろう。
何事もなかったかのようにグランは大地に手を預けたまま、エスコートされているようにテーブルに戻る。
「初めてであれだけ踊れるってのは反則だぜ」
「どうだい、グランは踊りやすい相手だろ」
クリスとマークが言った。フィンとトニアはそれに同意するように頷きながら笑顔を見せた。
「おかげでなんとかなったよ」
大地は顔だけグランの方に向けて言った。
「楽しんでいただけたのなら何よりです」




