青き星、悠遠の星 18
「走れ!」
「助けて!」
遠くへ、ただひたすらに遠くへ。
逃げ惑う人々。火山の噴火はその予兆を誰も知ることができなかった。草原を駆ける人々の後方から降り注ぐ火山灰、噴石。息を切らし衣服の長い裾に足を取られながら懸命に走る女性の姿。はるか前方を駆けていく馬上の人は目で追うにはすでに遠い。
突然に大地はその場にいた。その様子を見ていた。それから他の者同様に走っていた。自分の前にも横にも後ろにも、火山の噴火から逃げる人々がいた。いったい何故自分がここにいるのかなど考える余裕もなく、自然がもたらした大きな災害を目の当たりにしていた。
──できるだけ遠くへ!
からまる裾をたぐりながら、ただそれだけだった。
馬上の騎士二人が何か親しげに話している。完全に武装したその二人は精悍で自信にもあふれたような堂々とした姿だった。凱旋の軍将を讃えるといった態で、周囲には歓喜に沸き立つ兵士や民衆が集っている。それを見ていたはずの大地は、気が付くと白馬に騎乗した白い鎧兜に身を包んだ男に話し掛けていた。
「此度の勝利はそなたの策あってこそ」
「何をおっしゃいます。あなたがいるからこそ可能だったのですよ」
漆黒の馬に跨った感触がまだ消えないうちに、大地はまた二人の姿を外側から見ている自分を感じた。
大地は突然にその場にいた。それまで何をしていたか、自分が誰でそれがいつで、など一切の情報がなく、ただ自分という意識が何かの拍子にそこに現れたという感覚だった。
未舗装の道の真ん中で男が刃物を両手に持ち、振り回している。周囲に倒れている幾人かはおびただしい量の血だまりで喚き、喘ぎ、あるいは意識を失っているようだった。何かを叫びながらの男のそれはまるで狂気に憑り付かれた無差別攻撃に見える。その場にいた者たちは安全な距離を保ちながら男の動きに合わせて移動する。
目が合ったと思った瞬間、男は大地の目の前にいた。男の手に握られた、刃先が上を向いた包丁が大地の腹部に根元まで突き刺さった。
とても高い塔の上にいた。眼下には湖なのか、豊かにたたえられた水が見える。鮮やかに青く、深い。大地は不意に風に押されたような気がした。そして、落下の瞬間、重力から解き放たれたような不思議な心地良さを感じた後、途中で意識が遠のいた。
ヘルメットのシールドをほんの少しだけ開けて、大地は二輪を走らせながらちょっとした解放感を味わっていた。青い空に浮かぶ雲の形や、陽の光が海面をきらめかせるのや、打ち寄せられた波が岸壁で砕ける飛沫で小さな虹ができるのを堪能していた。
山側から浜沿いへとカーブが続く。緩くはない下りの右コーナー。対向してきたタクシーが大きくふくらんでセンターラインを越えてきた。コーナリングのライン上で深くバンク角を取っていた二輪にかわせる範囲はなかった。正面衝突後、空中に放り出されたその瞬間で大地の意識は止まった。
ハッと目が覚めた。同時に室内がほんのり明るくなる。揺らぎを見せる不思議な色合いは、すぐには明度を上げず、まるで次に大地がどうするのかを待っているかのようだった。
──夢か。
夢にしては生々しいと思った。思考も行動も感覚も、実際のことのように感じた。過去に生きていた人の意識の中に入り込んだとでもいうのか、それとも輪廻転生の記憶の欠片なのだろうか。
それらの夢には何の関連性もないように思える。ただの夢なのか。それとも何か意味があるのだろうか。こんな風に脈絡のない「不連続的」なオムニバスのような夢を見るなど、初めてのことだった。
大地は目を閉じて、もう一度それらの夢を思い出そうとした。どれもみな、その場面ごとにその人物の人生の中での大きな出来事だということは感じられた。結末は知る由もないが、その中のいくばくかを大地が共有したのは確かだと思える。そう。確かにその時どきを大地は自分の心で、感触で感じ取ったのだ。
不思議にいくら悲観的状況であっても、恐怖感だけはなかった。受けた感触は実際の出来事のようにリアルだったのだが。
──スビニフェニスの歴史を見たせいだろうか。
夢の中の世界の舞台がスビニフェニスなのか地球なのか、それともそこかしこごちゃ混ぜになっているのかはともかくとして、何か人の想い──思念とでもいおうか──が肉体とは別に存在していることを感じさせるのだった。
目を閉じたまま、ふうっと大地は一つ息を吐いた。
ここには時計らしきものはない。窓のない室内で時刻を知る手掛かりもない。どれだけの時間眠ったのか、夢を見ていたのか見当すら付けられなかったが、なんとなく、まだ朝ではないのだろうと思った。
まぶたの外側はぼんやりと明るいままだ。この後、果たして自分は再び眠りにつくことができるのだろうかと思う。夢の内容の割には自分の神経が砥がれた感覚はなかった。仮に眠れなかったとしてもそれが問題になることもないだろう。眠れない夜には慣れている。
──こんな夢を見たと言ったらグランは何て言うのだろう。
ふとそう思った。大地は自分の口元がかすかに緩んだのを意識した。




