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過ぎ越し方、先往く方 1

《エネ ベネ ニツィ ヴィムロ。 ……イチ、おはようございます》

 どのくらい眠っていたのだろう。目覚めた時、窓のない室内にいながら、大地は地球での野外の美しい夜明けを見たような気がした。声はどこからか聞こえてきたのだが、グラン本人の姿はなく、部屋全体に響くようでもあり、すぐ近く、オグヌイから発せられたような気もした。


 大地は両腕を大きく頭の先に回し、思い切り身体を伸ばした。それから自身の左を下にして、身体を部屋の中央に向ける。横たわったまま、室内をぐるりと見渡す。壁面は白、と単純に言ってしまえない不思議な色合いをしていた。


 前日には気付かなかったが、見る角度によって揺らぎがあるとでもいうのか、実体があるようでないようで、かといって硬質な無機質さも併せ持つ、おそらく大地がかつて目にしたことのない素材なのだろう。


 大地はゆっくりと上半身を起こした。軽く身体を左右にひねってみる。


 ──良し。痛みはもうない。疲れも残っていない。

《バスルームはベッドの左手のドアからどうぞ。中にあるカプセル(アルスパク)を使ってください》

 大地は、声がグランからのメッセージなのだ、と気付いた。オグヌイが大地の脳と信号のやりとりをしていると仮定するなら、大地が目覚めた事に反応してグランの声が聞こえるように設定されていたのではないだろうか。


 ──まあ、そうだろうな。

 入院患者が着るような前で合わせたシンプルな着衣の自分に苦笑して、ベッドの縁に座る。


 大地には昨夜からの出来事が、すんなり自分に受け入れられている事が不思議に思えた。オグヌイのせいなのだろうか、と思う。何故自分はもっとこの状況に置かれた事を驚かないのだろう、全てを受け入れてしまえそうな気持の穏やかさが何によるものなのか。


 それともあまりにも現実離れした状況に、自分はまだ呆けたままなのか。まあ、それもいずれはっきりするだろう、と大地は思った。トンっと弾みをつけて大地はベッドを降りた。


 バスルーム内の鏡に大地の全身が映る。身長一七八センチメートル。褐色に染めたランダムに剥いた髪が顔の輪郭を隠している。どことなく違和感を覚えた。が、すぐに、着せられていた衣服を脱いでその理由が分かった。それは大地の認識する鏡とは違っていたのだ。


 ──これは、反転?

 鏡の向こう側にはこちら側にいる大地を反射させた姿ではなく、第三者から見える大地の姿があった。適度に鍛えられた肉体の、左肩から胸元にかけて残っている大きく爛れた痕は、向かって右側に見えていた。


 ──地球はなんて閉塞的環境にあったんだ……。

 奇禍に紛れ忘れていた、大地自身が自己を否定しかねない不安定な感情が、不意に心に湧き上がった。その感情を無理やり抑え付けてカプセル状の縦型の装置の扉を開いた。


 中に入ると、何も操作せずとも極めて静かな機械音がして、自動的にそれは始動した。大地は目を閉じた。アルスパクは少し熱さを感じるくらいの温度設定で、空間中を満たすなにがしかの分子が肌で分かるくらいに振動しながら身体の老廃物を除去、浄化しているような感覚があった。サウナの一種のような蒸気による息苦しさもなく、この上なく快適だ。毛穴の奥まで、という表現がぴったりだと思った。


 ――不思議だ。

 先ほどの負の感情が、通常ならあり得ないほどの短時間で穏やかに変わっている。肉体だけではなく、精神的にもリラックス効果を持たせているのかもしれなかった。


 ほどなくして自動的にそれは止まり、扉のロックが外れ、プロセスが終わった事を知らせた。アルスパクを出ると、ごく自然に向いた視線の先に着替え一式が用意されていた。昨夜グランが着ていたような衣服だ。


 バスルームに入った時に、着替えがそこに置いてあったかどうかは思い出せなかったが、最後に丈の長い上着をはおると、大地は部屋へ戻った。


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