閃光の白、揺らぎの白 3
「ダイチはゆっくり休んでください。少しあなたの身体に処置を施しました。今日は安静にしていてください。明日また来ます」
大地が考えを巡らせている様子を見て、まるで担当医が患者に話すかのようにグランが言った。
「Got it.(分かった)」
──とにかく頭を整理しよう、それからだ。
微笑んだグランは頷いたようにも見えた。
「そのオグヌイは、ダイチの専用です。常に、左手首に装着したままにしてください」
そう言うとグランは、出入口というものがまるで自由自在に出現させることのできる物だとでもいうように、壁のひと所にぽっかりと開いたような空間を出現させ、そこから部屋を出ていった。押し開かれた空間はすうっと柔らかに閉じ、何事もなかったと言わんばかりだ。
自分はまだ夢の中にいるのだろうか、それとも現実なのだろうか。どちらにしても、数多く見知った異世界の物語のように、どうやら自分の身にもそれが起こったのだという感覚はあった。
─―専用ねえ……。
大地は左手首に装着されたオグヌイをしばし見つめた。
それから物は試しと、オグヌイをゆっくりと外していく。オグヌイはまるで大地の手に沿うようにその径を変化させ、しかも手にかかる抵抗をまったく感じさせない。大地は途中で左手の指を思い切り開いてみた。それにもオグヌイはゴムの伸縮のような反発力を感じさせることもなく、しなやかにというか、指の開きなりにその形状を変えたのだ。
──金属にも思えるが、材質の持つ柔らかさなのか……。
再び手首まで通すと、最終的にオグヌイは厚み二ミリメートル程度、幅五センチメートルほどの、大地の手首にぴったりと巻き付く形で形状変化を完了した。サポーターを装着しているように見えなくもない。
──しかし、オグヌイか。 これをどうやって操作しろと言うんだ。
グランは機能も用途も一切詳細を説明せずに退室したが、大地はグランがやっていたように、指先をモタルドクに向けて押すように動かしてみた。すると一時停止していた先ほどの映像が再生を始めた。
──ほう。取説はいらないってやつか。直感で操作できるのかもしれないな。
モタルドクの映像の中で、収容されたPA-002は丁寧に扱われているようで、格納施設と思しき広大な空間の一区画に置かれていた。
──PAは動かせる状態なんだろうか。それもそうだが、それよりここが宇宙のどこにあるのかだ。せめて座標さえわかれば……。
すると大地の思考に反応したとでもいうように、モタルドクには中央に点滅するポインタが出現し、そこから徐々に周囲が姿を現すように物の形が映し出された。ベッド、部屋、と範囲が広がってくる。
──うん? もしかしてこの場所、なのか?
よく見ようとして、大地が小さく指を動かすとズームが止まった。部屋の形状、ベッドや椅子の配置されている場所、自分の周りを見回すと同じであることが分かる。
──なるほど、じゃあ外を見せてくれ。
もう一度空間を開くように指を動かすと、モタルドクで展開される映像はズームを始めた。建物、街、陸、と映像はどんどん範囲を広げていく。
──地図アプリの一種なのか。どこまで見られるんだろう。せめて地球との位置関係が分かればいいんだが。
急速に星を飛び出した映像は、スビニフェニスを点に変え、さらに星々の中に紛れさせ、それから天の川のような光のまとまり、光のまったくない部分、点在する幾つもの星雲、星団のまとまりと広がっていき、幾つかの点に向かって流れを形成しているような光の束が映し出された。大地は、よく使っていたアプリを思い出す。自由自在に拡縮のできる立体地図だ。
自分の知っている宇宙地図よりはるかに広範囲にわたっている。しかし星の配置や星雲の形状的には、大地の知っている限り地球から観測した結果によって具現化された宇宙の映像とはまったく別物だ。
──別の宇宙だとでも言うのか? 天の川銀河を特定できないってことは、地球に戻るのは難しいということなのか。
モタルドクの中で画像がレイヤーを示す。何層もの宇宙図がどこかしら法則のあることをにおわせる変様を見せて角度を変えながら重なり合い、まるで球体の中でねじれた線を描いているようにも見える。映像はゆっくりと回転する。上下、左右、斜め、と、動く方向もまるで大地の目の動きに合わせてくるかのようだ。
──疲れた。情報量が多すぎる
タレスターフの言語が、大地の脳に直接的イメージとして伝わることを考えると、このオグヌイは大地の脳と連動しているのかもしれない。そうだとしたなら、慣れない所作で疲労を感じるのは当然だと思えた。
──オーバーフローする前にやめておこう。
大地は《《明日》》来ると言ったグランにいろいろ尋ねようと思った。未知の分野に触れて、一度に大量の情報が流れ込んだとき、時として脳がフリーズすることがあるのを大地はすでに一度経験していた。簡単な足し算ですら瞬時に回答を導き出せない、そういったレベルだ。
──どうせ、どうあがいたところで、無理なものは無理。寝るに限る。
気まぐれな神様がパチンと指を鳴らして、大地をどこか他の場所へ送り飛ばすのでもない限り、現状を把握した上でこれからのことを考えるしかないだろう、と大地は思った。
大地は眠りに落ちかける薄れた意識の片隅で、モタルドクが閉じたのを見たような気がした。




