青き星、悠遠の星 5
「スビニフェニスにとって、次元層の違う宇宙からの来訪者は、大地が二人目になります」
グランのその言葉に少し重みを感じた。
次元層が違うというのは、あの重なり合った宇宙図の中の、通常であれば相いれない空間一つ一つのことを指すのだろう。本来行き来できるはずのない宇宙空間が、不測の事態によりつながってしまった、そして今はその座標は閉じている。つまり、戻れるか戻れないか分からないことの根拠というわけだ。
「宇宙連合においてスビニフェニス星は、現在消滅した星として登録されています。ですから、外からこの星にやってきて、母星に帰る選択をした人々の記憶領域に介入することをわれわれは躊躇しません」
この星にいる間の記憶のみを消去する、というのだろうか。隠れ里という立場としては必須の事案なのに違いない。
かつての迷える人々は、この話をグラン、あるいは先達から聞いたのだろうか。聞いた上でその記憶を手放すことになったのだろうか。それとも何も知らされないまま、ここで過ごした時間を失うことになってしまったのだろうか。自分はどうなるのだろう。この星を出ると決めたとしたなら、宇宙船を与えられて、そのことを架空の記憶とすり替えられて地球を探す放浪の旅に出ることになるのだろうか。
大地は、両膝の間で組んだ手に力を籠める。記憶を操作されること自体に対する不安や不信によるものではなく、ここでの時間を自分が忘れてしまうかもしれないことを危惧したのだった。忘れたくない、そう大地は思った。
「ここへ転移させられたことは偶然だと思いますか?」
大地のしぐさに何か思うところがあるのか、グランの言葉はとても温かい。
「さあ。俺には分からない。分からないが、きっと必然なんだろうな」
「すぐに答を出す必要はないのですから、どれだけの先にでも大地が納得した上での結論を出してくれればいいのです」
──そうだ、急ぐこともない。今はまだタレスターフでの時間を満喫しよう。
たとえこの先の未来に、ここで得た安らかでいられる自分のことを忘れてしまうかもしれない時が来るとしても。
心のどこかに、大地がこうしてスビニフェニスにいる今が、地球から見たときの現在なのか過去なのか、未来なのかそれすら特定できない不確かさを今更明確にしたくない思いがあったのかもしれない。
カイに書き込もうとして改めて思うことは、大地が地球の星域から姿を消した日時が、ここスビニフェニスの日時と同期しているとは限らないということだ。地球の側に立ってみたときであれば、年月日は確かな意味を持つのだが、このカイに日付を記したとして、果たしてスビニフェニスから見てどういう時間的相関関係があるのだろう。大地の体内時計とスビニフェニスの星の動きとが調和的である確率も未知数だ。
そういえば、と大地はここに来てから時間の感覚がまったくつかめていないことに気付いた。
──地球の環境で定められた「時」を表す基準がここで通じるとも思えない。
自転や公転周期は? 地軸の傾きは? 考えるまでもなく、そこには地球とはまったく別の、時を表すための基準があるはずだ。 そして、これまでのところ、タレスターフでは地球で見る時計の役割を果たすような形状のものが見当たらない。
「地球での時間とはどういう定義なのですか?」
大地が言葉を発する前に、まるで大地の心を読んだかのようにグランが話題を移した。
「時間……。今この瞬間を特定するためのもの。連続した動きや、あるひと時と別なひと時の間の長さ。セシウム原子を使って、一秒という単位を決めている」
「なるほど。その単位を数えるということですね」
日常の中で、今現在ここにいる自分が中心で、すでに数えた時間、これから数える時間、過去から現在、未来へと実際は流れてはいないのだろうが、やはり連続したもののように感じてしまう。
特大のモタルドクに球体の座標が現れた。その中でほのかに判る色の付いた定間隔のグリッド線が内部の空間を細かく区切っている。
「仮に、これが人だとしましょう」
一つの小さなポインタが中心近くで赤く点滅を始めた。中心から、人に例えた赤く光る小さな点を突き抜けるように、半径を示す蛍光色の線が外円に向けて走る。
「そして、こちらが例えば目的地」
球体の表面、蛍光色の線の延長上の一点に青い点が点滅を始めた。
「こちらはある事象のおこる瞬間」
大地寄りの半球側のなかほどに別の緑の点が点滅を始めた。
「ここでの時間とは、座標のようなものです。点在している各点が関わり合ったときに、初めて観測されます」
グランは小さな点同士を、二カ所、三カ所と結んで見せた。




