青き星、悠遠の星 1
恒星がこの星の空を闇から解き放ち始める。陽の光は雲間から幾つもの放射状の筋を描く。閉じたまぶたの向こう側で展開される幻の朝の風景。窓のない室内では、眠りの深さが変わってしまう。朝を告げるこの美しい景色は、オグヌイが見せる幻影なのか、それとも今まさに屋外で展開されている自然の息吹なのか。
《おはようございます、大地。出掛けられるようになったら呼んでください》
グランの声がする。
──そうだ、昨夜はあれから……。
夜空をキャンバスにした色彩の饗宴が終わり、ロボットたちが宴の後片付けを始め、マーシと別れ、大地はグランに送られてこの部屋まで戻った。アルスパクで身体をさっぱりとさせた後は、用意してあったローブを羽織って、そのまま深い眠りに落ちてしまったのだった。
マーシに釣られて大分飲んだ気がするのに、酒盛りの翌日の特徴は一切感じない。まるで一滴も飲まないで過ごした日の翌朝のようだ。
身体を清めた後、昨日作ってきた衣服で身支度を整える。Tシャツとジーンズという取り合わせが何だか懐かしいとさえ感じる。タレスターフでの異文化に触れて、全てが目新しく、興味深く、面白い、そういった事柄の一つ一つに心を奪われてしまい、もう長いことここでの時間を共有しているという気にさえなっている。
「グラン」
今ここにはいないグランの名前を呼ぶ。
大地の声がオグヌイを通してグランに伝わるのだろうか。それとも別の方法でグランは呼び掛けを感知するのだろうか。待ったという感覚さえ持たせないタイミングで壁が開く。
「大地、こちらへ」
グランは部屋には入ってこず、大地に手招きをし、移動装置に乗るように促した。大地の着衣を見て、グランが興味深げに微笑んでいる。
「よく眠れましたか」
「とても。爽快だよ。飲んだ翌日とは思えない」
大地はグランに並び、不思議な閉鎖空間の特徴的な浮遊感を意識する。
「ルキロドゥエスは味と香り、摂取による利点だけを残すために加工された酒ですから、もちろん酩酊することもありません」
「加工酒?」
──飲んでも酔わない酒ということか?
大地の目が疑問を投げ掛けたのに対して答を告げるようにグランは続けた。
「本来の製法でできた酒類に、ひと手間。二日酔い、肝臓への負担、人によっては意識の混濁などを防ぐための工程が加えられています。タレスターフでは加工前の酒は、もはや研究の対象という位置付けなのです」
タレスターフではそうなのだろう。
負の業を捨て去り、穏やかでいることを望んだのなら、酒のもたらす結果から悪しき影響を選んで排除するのは自然の流れだろう。
「そうだったのか。仮初か。」
しかし、と大地は思う。
昨夜の充実感は本物だったし、マーシたちとも確かに打ち解けた気もしている。それは真実だったと確信している。地球での苦痛でしかなかった酒の席が嘘のようだ。
昨日のような雰囲気を作り出すことのできる要素を自分は持っていたということなのか。それとも相手がどんな人物であるかによるのだろうか。
「食事をしたらPAを見に行きませんか。進捗も気になるでしょう」
大地の心が安定していることを見てとったのか、グランは大地の意識を別な方へと誘導した。
前日とは違う店で食事を取る。今度は、立体映像と匂いまで載せたメニューの中から、大地が選択を一任された。グランも大地と同じものをたのんだ。シチューのようなたっぷりの野菜を煮込んでとろみをつけた料理と、ナポリ風ピザ生地をこんがりと焼いたようなカリッとした食感の表皮で、中身は口の中でふわりととろけるようなパン。地球での食事のことなどを話しながら、二人は朝食を終えた。大地はカイに書き込むことも忘れない。
再びムイジセブで移動する。着いた所は、部屋中に、いろいろな映像やデータやプログラムのようなものを映し出すモタルドクであふれかえる、研究室とも指令室ともつかない佇まいの一室だった。作業をしていた一人がグランと大地に気が付くと何かを空間から取り出し、二人の方へやってきた。
「おはよう、グラン、大地」
──すでに情報は共有されているってことか。
彼が大地の名前を知っていたということは、グランが大地を伴ってここを訪ねる事はあらかじめ連絡済みだったのだろう。
改めて紹介するまでもなく、マルベレクの情報管理によって必要なところで情報は共有されているということなのか。彼はまるでずっと一緒に仕事をしてきた仲間に対するように、大地に挨拶をした。




