過ぎ越し方、先往く方 16
「地球には二百ほどの国があって、といっても『国』として認めるかはそれぞれで違っていて、『日本』という小さな島国に俺の国籍があって……」
少しずつ思い出せる範囲で、大地は説明し始めた。グランは公園に差し掛かるとベンチの方を指し示し、座ろうと促す。
「議会制による民主主義国家で、税制を採用している」
グランは大地に、カイにも書き込むようにと身ぶりで伝えた。
大地はカイを取り出し、話しながら単語、箇条書きを加えていく。書き込んだ文字や文章が増えるに従い、単語だけを記入した部分が短文に変化している箇所があることに気付いた。そして、それはあたかも大地が書き込んだような文体だった。まるで大地の代わりにマルベレクがカイを大地の筆跡そのままに清書でもしているように思えた。
──情報量が増えると、俺の特徴を割り出せるということか。
「地球人の寿命は平均でどのくらいです?」
グランが人の寿命に興味を持ったらしい。
「男女合わせた大体の平均で五十から九十歳だな」
「割と幅があるのですね」
興味深そうにグランが言った。地域差が出るのは当然として、言われて開きの大きさに気付いた。倍に近い差があると、さすがにその理由を知りたくなる。
「文明の差か、生活環境か……」
「そうですか……。日本ではどのくらいです?」
グランなら寿命だけではなく、世界のどの位置にいるのかも知りたいだろう。
「八十歳台で世界の長寿ランキングのトップ争いをしている感じだ」
「なるほど、とても興味深いです」
長寿国にはそれなりの問題も山積みで、人口や何やらのちょうどいい割合はどうすれば維持できるのだろうと思う。生活環境か、収入か。何も危惧せず子供を産める環境はどうすれば得られるのだろう。新しい生命が、消えていく生命と同じ以上でなければ、種のゆるやかな淘汰を待つばかりなのか。あるいは健康でとてつもなく長い生命力を得るか。
向こうでは小さな子供たちが遊んでいる。花冠を編む子供や、浮力を持った球体でサッカーのようなゲームに興じる子供たち。そして一緒に遊んだりケアしたりする女性や、その場にそぐわないようにも思えるインテリ風の男性の姿も見える。
グランによると、保育士や研究者が子供たちを見守っているのだそうだ。研究室の中という閉鎖空間だけではなく、あらゆる場所で自然体の子供たちを見ているという。傍目にも微笑ましい光景だった。
「グラン、産まれたよ。男の子だ」
通り掛かりの女性に声を掛けられた。競歩のトレーニングでもしているのだろうか、特徴的な急ぎ足はそのまま、汗をかいたその顔には笑みがあふれている。
「行ってみますか」
グランの言葉に大地は頷くと、カイを仕舞い、公園を後にした。
「声も出さずに、よく頑張ったね」
出産を終えたばかりのタリアを、介助していた女性がねぎらっている。タリアは新生児を抱きかかえ初乳を与えていた。幸せに満ちあふれた想いを周りに分け与えながら、タリアは愛おしそうに新しい生命を見つめている。
「すごく、ものすごく痛かったけど、この子が出て来た瞬間に痛みが消えたの。まるで何もなかったみたいに。そして、とっても幸せな気持ちになれたわ。生まれて来てくれて、ありがとうって思えたの」
無痛でより安全に分娩できる手段をあえて選択肢から外し、自然分娩を選んだというタリアの、本音を聞いた。大地はひどく眩しそうにその様子を見ていた。
「名前が決まったら登録を忘れないでください」
グランはモタルドクに何かを入力すると、そう、タリアに告げた。
「ええ、分かったわ。グラン、部屋の追加と配置換えの手配をお願いしてもいいかしら」
タリアが自分のモタルドクを開いた。
──グランはタレスターフでどういう立場にいるんだろう。誰もがグランを信頼し、頼っているようで……
何か図面のような画像が見える。この家の間取りらしい。ユニット住宅なのか、構成単位で自由に加減、入れ替え、組み換えができるようになっているらしい。
タレスターフには家族という概念がない、とグランは言っていたが、仮にそうでなかったとしても、共に暮らす者の構成が変化したり、居住者の身体的な変化に伴って、部屋の場所を二階から一階に変えたり、部屋数を増減するなど、部屋単位で積み木を組み上げるように自由に変更できるというのは、なるほど理にかなっていると思えた。
「完了です」
モタルドクを操作していたグランはデータを転送した後、授乳が終わりすやすやと眠る我が子を見守る聖母のようなタリアに向かって静かに言った。
──そういえばタレスターフの人々は、顔つきもどことなく皆似ている気がする。
グランはそんな大地の思いに気付いているのかいないのか、微笑むだけだ。




