過ぎ越し方、先往く方 15
「今回使用した液状繊維には微細な真核藻類が含まれていて、僅かですが、酸素を作り出し放出する機能を持っています」
「酸素を?」
「ええ、大地が使用している部屋、今着ている服もそうですが、スビニフェニスの大気に慣れていただくための暫定処置です」
──大気中の酸素分圧が地球のそれとは違うのだろうか。低いということか。
しかし、稀にしか訪れない異星人のためだけに開発されたものではないだろう。
「なるほど。でも本来の目的は他にあるのでは?」
「ええ、もちろん、山岳地帯での使用や、医療現場、真空対応などいろいろ研究されています。ここの設備ではハードな環境用のものを作ることはできませんが」
──どの程度のキャパシティかは分からないが、いろいろと応用できそうだ。
話している間にジーンズも下着も完成し、グランはそれらを一緒に入れるように、大地にパッケージを一つ手渡した。
ぱっと見ただけで、デザイン画の全てが再現されているのに、完全シームレスの衣服だった。縫い目や継ぎ目が不自然に肌を刺激する不快さを感じなくて済むだろう。
「大地の部屋へ転送しておきましょう」
そう言って、エレティムを開き、パッケージを送り込んだ。
「今度はもう少し違ったもの、そう、例えば民族衣装のようなものもお願いしたいですね」
そう言ってグランは微笑んだ。
地球の衣服のサンプルとしてのデータ保存を意味するのか、それとも……。ああ、束帯や十二単もそうだが、古代エジプトの衣装やガーグラチョリーのようなドレスもグランは美しく着こなしそうだ、とてもじゃないが自分にはそのデザイン画は描けそうもないが、と大地は思った。
衣料品店を出て、再び歩き出す。ここの住民に限ったことなのかどうか、これまで見た中では特に衣服に流行があるなどといった印象はなかった。それぞれが好むものを着用しているという気がした。デザインは実に多彩で、個性的である。ビジネス街のスーツ姿や祭期間中の装束などといった、属性というものを感じさせない。
グラン自身は飾り気のない、コートほどに長い上衣と裾幅の狭すぎず広すぎない下衣を着用している。大地に用意されていたものは、グランのものよりは丈の短い、しかし似たようなデザインの上下だ。肌に触れている生地は素材の感触に違和感を覚えさせない。まるで皮膚の一部と化しているようで、しなやかなのに、てれんとした頼りなさもない。
タレスターフでは、衣服を機械を使用して水で洗うことも、アスタという装置に入れ、クリーンアップされてくるものを待つことも自由に選べるという。自分で洗濯する人々は、行為そのものや、任意で仕上げに使う香りを試作したりと、どちらかと言えば興味の領域で選択しているらしい。新旧の共存。しかしそこには文化としての何の隔たりも感じなかった。
とはいえ、そこにもマルベレクのある程度の介入はあるはずだ。等しく与えられているわけではない、というグランの言葉を思い出す。
「ここは、どういった政策による国? 領土? 他の何か?」
大地はグランに尋ねた。
「タレスターフは誰の支配下、統制下にもないのです。唯一マルベレクが、膨大な量の情報から導き出した提案と調整をする存在で、しかしそれは人々にとって強制されるものではなく、自由意志による方向性を常に考慮されています。タレスターフ自体は相互扶助による共同体とでも言えるでしょう。今のところそれに不満を持つ者はいません」
歩きながらグランは話す。
「地球ではどうなのです?」
大地は社会の仕組みがそうあるのが当たり前すぎて、今まで誰にどう説明する機会もなく、いざそう聞かれるとすんなり出てこないことに苦笑した。




