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過ぎ越し方、先往く方 11

 つ──、とトタンを滑り落ちる雨粒が、軒先で溜まりかね、階下の屋根に落ちる。ぽつり、ぽつり、屋根を打つ雨音。ごく弱い雨足が作る雨粒の大きさはほぼ一定で、本物であれば機械でなら検証できそうなくらいのその不規則性を心地良い音に変える。


 ──雨をモチーフにした演奏?

 大地は、マーシが指先を落とした最初の音の響きが、すでに自分の心を奪っている事に気付いた。


 少しずつ、少しずつ雨足は強まり、やがてバラバラと間断なく音が重なる。それからまるで滝のような激しさを見せ始め……


 ──そうだ、全てを洗い流せ。

 まるで滝に打たれるように体中を打ちのめすような音の洪水。しかし自然の猛威も永遠に続くわけではなく、一陣の風は黒雲を吹き払い、遠い宇宙のはるか、光は再び輝きを取り戻す。


 少年の頃、分厚いカーテンのように揺れながら前方に立ちふさがる激しい雨の砦に、こんな雨もあるのかと驚いた日のことを思い出す。


 ──これはオグヌイが見せる景色じゃなく、マーシの感性そのものだ。

 そう、大地は思った。音色のずれさえもその景色に取り込んでしまう、マーシの音楽的センスを感じた。拍手をするという行為さえも意識から奪ってしまうほどの圧倒的な音楽だった。


 雨音の演奏を終えたマーシがまさにそんな余韻に浸っている皆を見て満足そうに、それから大地の目に浮かぶ感動のきらめきに向かって感謝を込めて微笑む。グランはただ静かにそういった様子を見守っていた。


「うん、うん」

 ワンダはどう気持ちを表現したらいいのか分からないらしく、ただただ頷いていた。


 スタジオの中には知らぬ間にマーシの演奏を聴きにやってきた者たちがいた。そしてそれもきっといつもの事なのだろうと思えた。


「ここに、大地が演奏できそうな楽器はありますか?」

 突然グランが大地に向かって言った。いろいろな種類の楽器や、楽器のような物がスタジオ内にはたくさんある。あの、モタルドクで見たギターらしき楽器もある。スビニフェニスの楽器を演奏してみたい、と大地は思った。ギターなら少しは弾ける。


「じゃあ、これを」

 大地が取り上げたのは、地球でいうならアコースティックギターだった。


「ワンダ、アラティクのチューニングは?」

 大地が手にした楽器の調弦についてグランが尋ねると、ワンダは「完璧」というような動作で握りこぶしを胸の前で揺らして見せた。


 大地がアラティクの弦を一本一本つま弾くと、音程も多分地球と同じであると感じた。絶対音感など持ち合わせてはいないが、感性として心地よい周波は耳が覚えている。


 自室でよく聴いていたアルバムの中のフレーズを弾いているうちに、ふと思い出す。地球では今頃皆どうしているだろう。突然宇宙空間から信号を途絶えさせた大地の乗ったPAを、プロジェクトチームは《《どう》》と判断したのだろうか。


 天の川銀河から押し出された大地の代わりに、大地とは違う別の空間から送り出された大地がそこにいるのだろうか。いや、しかしスビニフェニスからいなくなった者がいないらしいということは、入れ代わりなどではなく、大地が地球の宙域から姿を消した、ただそれだけのことなのかもしれない。


 曲の歌詞を思い出す。自分ではそうと気付かないうちにその曲を大地はアラティクを弾きながら歌っていた。自分の置かれた環境が、こんなにも突拍子もない、にわかに信じられないようなものであっても、事実に変わりはない。しかも何故かそれをすんなり受け入れている自分がいる。


 地球のことが気にならないわけじゃない。それよりも生来の好奇心の方が優っているのだろうと思われる。抗いようのない現実なら、いっそ抗うより吸収した方が心安らかだ。


 地球に帰れるのかどうかも分からない。帰れるとしてもいったいいつになるのだろうか。それよりも今を覚えておこうと思う。


 ──いつかまた会える日が来るのなら。


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