過ぎ越し方、先往く方 10
「どこの星から来たの?」
通り過ぎようとした時にティニが大地に話し掛けてきた。ティニは大地の外見に興味を示したらしい。ティニの目には大地が明らかに異星人と映るのだろう。グランはそんなティニを見てその好奇心を称えるように微笑んだ。
「地球という星だ」
大地が答えた。
「へえ、地球。初めて聞いた名前だよ。どうやって来たの?」
「原因はまだ分かっていないんだが、気が付いたらこの星域にいて、君たちの仲間に助けてもらった」
「ふうん、舌は沸騰しなかったの?」
モーリとグランがさっそくのマルベレク効果に楽しそうに笑う。
「PAごと飛ばされて来たからな」
大地はにやりと笑って答えた。大地の答を聞いてルディが笑う。大地は早くもティニとモーリの関係がうまく構築されつつあるのを見て取った。まだ何か聞きたげなティニにグランは穏やかに笑い掛け、二人はその場を後にした。
外に出ると、グランはゆっくりとまるで散歩でもするように歩いた。大地もそれに合わせる。街の雰囲気は明るく、生き生きとしていた。花屋の少女も、パン屋の職人も、屈託のない笑顔を向けてくる。そこは自由で、のびやかで、生命力にあふれていた。
「よお、グラン、こいつを見てくれよ」
しばらく行くと、大地とグランの背後から声が掛かった。長い巻き毛を首の後で結わえた男が出入口の扉を開け手を振っている。陽気で意気のいい言葉が、気持ちの高揚を抑えきれないのをよく表していた。
「ワンダ、今度は何を?」
グランは毎度の事らしいワンダの習性をよく理解しているようで、踵を返し、大地に一緒に建物の中へ入るように合図をした。
「どうだい、倍音マリマトラムだぜ」
大地にもそれが地球でいうピアノだと分かった。しかし、その形状が何とも大掛かりとでもいうか、芸術的とでもいうか、ついついじっと見入ってしまう。簡単に言えば、グランドピアノにアップライトピアノの弦を足したような楽器だ。
「まだ試作の段階だがな」
「面白そうですね」
そう言って、グランは楽器に近付いて詳細に見ていく。ワンダは大地を見ても特に何の反応も見せず、見知らぬ来訪者はよくある事、あるいは気にならないのかと思われた。
縦弦の方は、ハープを変形させたような形状で、離れて楽器全体を見ると、まるで蝶が羽を半分閉じているようだ。鍵盤一つで縦と横、二本の弦を鳴らす構造になっている。
ワンダが単純な音階を弾くと、マリマトラムは厚みのある音色を響かせた。しかし、二つの音には微妙なずれがあった。
「問題はここなんだ」
ワンダはマリマトラムの内部を指さした。
ワンダに指し示された場所をグランと大地がのぞき込む。マリマトラムのそれぞれのアクションが、互いに干渉しない構造で弦を叩く役割を担っている。ワンダが一つの鍵盤を押すと、そこから伸びた先にあるフェルト状の柔らかい物で包まれた二つのハンマーが動き、それぞれの弦を鳴らした。ハンマーの動きに構造上の理由によるタイムラグがあり、それが音色のずれの原因となっていた。
「ワンダ、今回は何?」
ちょうどそこへやって来たのは、大地の見立てでは二十歳前後の少年だった。この言い方を聞くと、先ほどのグランの言葉からも推測されるように、ワンダはいつもこういった独創的な物を作っているらしい。
「おっ、マーシ、待ってたぜ。こいつを弾いてみてくれないか」
どうやらワンダが呼び出したらしいその少年は、試作品のマリマトラムの形状に驚きもせず、しげしげと見つめた。それから、近くに行き縦と横の構造を確認する。
「長短二本の横弦を一つの鍵に割り当てるのじゃダメなの?」
マーシはワンダの作ろうとした物の意図をくみ取って、そう尋ねた。
「いや、いや、いや、それだけじゃつまらない。音質の違う二種類を重ねるのが遊び心というもんさ」
少年のように目を輝かせながらワンダは言い切った。
グランドピアノとアップライトピアノとでは、音の出る仕組みが違うという点において、それぞれ演奏時には打鍵技法を変える必要がある。それはマリマトラムにも当てはまると思えた。基音に横弦、倍音に縦弦を設定した理由というのは、そこにあるのか、それとも単純に高さを抑えるためだったのか。
マーシが幾つかの鍵盤を押して音色を確認しているのを見て、皆は少し離れて椅子やソファ、それぞれの居場所を確保した。




